第4話 黄金の輝きは想いの結晶
ヴェルリーレン城に戻ったオワインは、城のみなへの挨拶もそこそこに自室へと急いだ。外套片手に後ろから追ってくるガデスを振り返り、後で説明するからと言い残してきっちりと扉を閉める。上着を脱ぐこともなくキャビネットに向かい、よく磨き上げられたその上に、胸の隠しから出した小さな箱をそっと置いた。
しばらくそれを見つめていたオワインは、やがてそろそろ手を伸ばし、蓋を開く。そこには一つだけのヴァナンドラが輝いていた。昼間に商人から買い上げたものだ。シャンデリアの明かりを受け、それはさらなる光を放った。
オワインは一つ息を吸って、キャビネットの一番上の引き出しを開けた。そこには上質なビロードの布が敷かれ、大切なものが並べられている。オワインはそこから小さな黒い巾着を摘み上げた。中身はロディーヌから手渡された父のヴァナンドラだ。
片割れを探し続けた輝きが、ついに求める相手にめぐり合う。遠い日に引き離されたものが、また一つになる。
オワインは震えそうになる指を巾着の中に差し入れた。かつんと爪先が触れる。冷たい感触がやがてほんのりと温かくなる。オワインはそっとそれを引き出して箱の中に並べた。
「ああ……」
言葉がなかった。自分が呼吸していたかどうかさえわからなかった。そこにあったのは紛れもなく一対のヴァナンドラだった。
それを認めた瞬間、オワインは父ザイルフリードに声を大にして言わずにはいられなかった。
「父上、母上が言っておられました。父上は時々驚くようなことをするのだと。私もそう思います。あの日、真っ赤なヴァナンガラージュが咲いた。今日、もう一つのヴァナンドラが戻ってきた。父上はもしかしたら、母上以上に魔法が使えたのですか?」
二つのヴァランドラは同じ輝きを放っていた。長く砂漠に抱かれていたというのに、オワインが受けったザイルフリードのヴァナンドラは、何一つ失ってはいなかったのだ。欠けることもくすむこともなく、それはまるで今拭き清めたと言わんばかりだった。
それどころか、求め合った二つの美しさは、探し求めていたその半身に出会って本当の力を取り戻したかのように見えた。輝きが一層増したのではないだろうかと、オワインは目をこすった。
母の国、海の王国がオワインに教えてくれた、混じり合う二つの気持ちが作り上げる形がそこにはあった。ああ、愛なのだとオワインは思った。そして、このような奇跡の石たちを贈る相手は、ロディーヌしかいないと確信したのだ。
しかし、そのままの石を持っていくわけにはいかない。ロディーヌがいつも身につけられるよう、これを自分の思うように加工してくれる者が必要だった。
オワインの脳裏にはもう彼しかいなかった。父と共に鞘を作り上げた男。オワインにヴァナンドラの秘密を教えてくれた革細工職人のジョゼ。父の想いを、自分の苦悩を知る彼ならば、この石をより素晴らしいものにしてくれるはずだとオワインは思った。
翌日の夕刻、目立たないように工房を訪れ、オワインは箱開けて見せた。
「閣下、これは……。ああ、このような奇跡に立ち会えたこと、このジョゼ、感に堪えません。どうか、かつてのように呼ばせてください。殿下は、ザイルフリード殿下は、これを持っていらした時、光を探しに行く自分にぴったりのものだとおっしゃった。この石もまた自分の光を探しているからだと。その時私は思ったのです。ああ、この方はきっと大いなる光を掴むのだと。失ったものを取り戻すことはたやすいことではないけれど、それを夢と掲げて進むことは尊いと。けれど今私は知りました。想いというものは、我々の貧弱な想像など簡単に超えてしまうのですね。同じ手に戻ってこなくても、同じ想いを持つ者に受け継がれていく、悠久の中に生きているのです。なんと美しいことか……この輝きは、まさに想いの結晶です」
二つのヴァナンドラを手にしたジョゼは肩を震わせた。遠い日、ザイルフリードとともに鞘を作り上げたかけがえのない時間が彼の中に蘇り、その全身を駆け巡っているのだとオワインは感じた。
金細工は本職ではないのでお気に召していただけるかどうか、けれど持てる力すべてでこの仕事に携わらせていただきます。そう言ってジョゼはオワインの頼みを引き受けてくれた。
「お父上は本当に多くの可能性を与えてくださったのです。今、私がそれをお返しする時」
最後にはジョゼが涙を拭いて笑い、オワインは父が残してくれた素晴らしさにまた一つ触れることができてたまらなく幸せだった。
その夜、オワインはかつてのザイルフリードのように、工房の小さなテーブルでジョゼと二人、ワインを傾けながら遅くまで話し込んだ。ロディーヌのことを聞いて欲しいと思ったのだ。
身内以外に語るのは恥ずかしい気もしたけれど、すでにロディーヌはヴァナンドラを運んできてくれた人としてジョゼには知られている。だったらなおのこと、ロディーヌに似合うものを作ってもらうためにも、すべてを知ってもらおうと考えたのだ。
ザイルフリードに似て口数が多いわけではない。話が上手いわけでもない。けれどオワインの想いは十二分にジョゼに伝わったようだった。彼は目をつぶってじっと聴いていたけれど、その顔には恍惚とした笑みが浮かび上がっていた。
美を紡ぐ職人なら誰でもきっと、その奇想天外で想像を絶する、けれど清らかでかぐわしい物語に心奪われるだろう。それも自分に関係のある人となればより一層。その頭の中にはもういく通りもの形が生まれ出ているかのようだった。
あとは任せますとオワインが言った時、ジョゼはしっかりとオワインの手を握り力強く頷いてくれた。二人は何度目かになる杯を合わせ、深い夜の中に浮かび上がる柔らかな明かりの下、満足そうに微笑みあった。
それから数日後の昼過ぎ、出来上がったという報告が届き、オワインはジョゼの工房へと急いだ。扉を叩くのももどかしく滑り込めば、いつもなら通りで待っているジュールも体を縮めるようにして一緒に入った。彼もまた、ロディーヌへの贈り物が気になって仕方なかったのだ。
城下に聖獣たちが登場してから久しいけれど、その色、その大きさ、ジュールほど迫力のあるものは少なかった。浄化のための聖獣たちは大小の差はあるものの割と小さめで、白や淡い毛色のものが多く、その姿も優美だ。さらにそんな彼らとて、体の大きさを考えて特別に用意された場所にしか入らない。
それなのに、大人が数人も入ればいっぱいになるような小さな工房に馬以上もある黒豹など、どれほどの迫力か。けれどジュールも今日だけは譲れなかった。オワインの先を行かんばかりの勢いだった。
振り返ったジョゼは目をまん丸にした。これがオワインの噂の聖獣かと息を飲んで見つめてしまう。古今東西の神話や伝承に明るく、想像上の動物なども多く模写してきたジョゼもさすがに圧倒された。
けれどはたと気づくと、それはそれは嬉しそうに笑った。自分が作り出したものは、この美しい生き物がそれほどまでに心酔している方への贈り物になるのだと心が大いに震えたからだ。
彼は落ち着きを取り戻し、奥の部屋から黒いトレイを運んでくる。オワインとジュールは息を殺してそれを見つめた。
吸い寄せられるように四つの瞳が向かった先にあったのは、本来の形や加工を損なわないようにと細心の注意を払って作られた非常に繊細な細工だった。
まるで薄い金色の皮がいくつも重ね合わされたかのような透し彫りの留め具は、華奢で優雅で、神話の世界の妖精たちの持ち物かと思われるほどだった。よく見るとその透し彫りは、オワインの鞘にもある蔓ともう一つの植物が組み合わされたものだ。
「閣下、野薔薇は今どんな風ですか?」
「ずいぶんと大きな株になっているが……それがどうかしたのか?」
「つるを伸ばしていませんか? 私が思うにそれはつる野薔薇です。閣下は髪を束ねてきたとおっしゃった。そのようなことができるしなやかさはつるだけです。ですからここにはそのつるを巻いたのです。結びつく二つの力です」
『なんと! シルバドゥールの蔦に柔らかな野薔薇のつる。ああ、素晴らしい。物語を感じるな、オワイン。ロディーヌにぴったりだ』
ジュールの声はジョゼには聞こえないけれど、彼は職人ならでは敏感な心でその波動を感じ取った。嬉しそうに微笑めば、ジュールも目を細め喉を盛大に鳴らして応えた。
もはや人の手で作られたものとは思えないような緻密な美しさにオワインは溜息を零し、ついには感極まってジョゼの手を握りしめた。さすがは父上の師匠ですと声を震わせば、ジョゼは皺の増えた顔をくしゃくしゃにして笑った。
私でよければ、いつでも閣下のお力になります。そう言った彼に目にはうっすらと涙の膜が張っていた。きっと父もこの結果に頷いてくれているだろうと思えば、オワインの胸も熱くなった。目の前の素晴らしい贈り物には、多くの人の心が込められているのだ。オワインは大きな力をもらえたと心から嬉しく思った。
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