第14話 未来を作り上げる決意

 オワインが王宮に戻った時、王都からのさらなる一団が到着していた。それは科学者たちを乗せたものだった。グレンウッドが気を利かせ、数名を送ってくれたのだ。この場ですべての処理をすることはできないけれど、見るからに怪しいものをすぐに検査すれば、対策のための会議もよりスムースになるのではと考えたようだ。


 ガラス瓶に詰められた泥がすぐさま検査にかけられた。変色した泥から何が見つかるのか。誰もが息をのんでその結果を見つめる。王都での金属反応を元に持ち込まれた検査溶液が染み込んでいけば、そこにはさらに禍々しい色合いが浮かび上がった。それは毒性の高まりを告げていた。川底の泥の中に感染源があるのは疑いようもなかった。


『やはり、未知なるものか……』


 ザハートスの言葉にオワインは苦渋の表情で頷いた。可能性は考えていたけれど、これほどのものとは思わなかった。無残な荒地と化した大地が脳裏に浮かぶ。


 未明の空を焦がした隕石の衝突は砦を破壊し、採掘現場を崩落させ、最後にはオワインの父たちを巻き込んだ大爆発を起こした。残されたのは焼け野原だった。かつてのような雄大な森に戻るには何十年もかかるだろうと誰もが思った。

 しかし、この火災で失われたものは景観だけではなかった。そこに住まう生き物たちもまた大きな被害を受けた。目にする動植物だけではない、微生物に至るまでのありとあらゆるものが、そのバランスを欠くことになった。

 そしてその時出た大量の灰が、この弱り果てた自然体系の中で悲劇の温床おんしょうと成り果てたのだ。


 隕石落下時に飛び散った未知なる物質が、積み重なった灰の奥深くに入り込む。焼け焦げも灰もいたるところにある。それはたやすいことだった。そして、そのまま雨風に押されて大河へと流れ込む。しかし、あまりに大量の灰は流れには乗らず、川底へと堆積していった。

 厚みを増していく川底、そこには灰だけでなく様々なものが取り込まれた。やがて汚泥の中で発酵が始まり、それに反応するかのように未知なる金属は危険物質へと発達していったのだ。それは、わずかな分量でも死に至るような、極めて危険なものとなる。

 さらに、その脅威を抱き込んだ汚泥が、上流の水を濁らせた挙句そろそろと動き始めた。そして下流へと進んでいくうちに、その灰の中から抜け出して本性を現したのだ。やがてそれは王都付近の水路へと侵入した。大いなる疫病の始まりだ。


「しかし! 有史以来、宇宙から飛来したものは多い。その都度何かしらの被害があったことも記録にあります。けれどこのような禍々しいことは起こっていません」


 文官の一人が声を上げれば、科学者たちも同意する。


「その通りです。だとしたら、今までとは違う何かがあった、そう言うことではないでしょうか」

『……大火災だな。ここまでの被害を我々は知らない』

「焼け野原が原因だと?」

 

 ザハートスの言葉にオワインが疑問を投げかければ、ステファンが膝を叩いて立ち上がった。


「閣下! 木です。木が足りないのです。ヴァナンドラです!」

「ヴァナンドラ?」


 目を見張るオワインにステファンが頷けば、ザハートスも大きな溜息を吐き出した。 


 南の海で美しいヴァナンドラになるのは元は森の王国の樹液。成熟した木々から流れ出たものが、大河で冷やされながら結びついて形になっていく時、それは周りの異分子と思われるものをどんどん取り込んでいく。その包有物が独特の色合いを作り出し、時にありえない色彩を引き出して、数年後、数十年後に稀なるヴァナンドラが生まれたりするのだ。

 美しい色、そこには世界を未曾有の災害から救った自然の力が隠されていたというわけだ。今回の隕石の大爆発による物質も、樹液に取り込まれてことなきを得れば、後世に名を残すヴァナンドラを作り上げたかもしれない。けれど、森は想像もできないほどの木々を一度に失い、その力を発揮することができなかったということだ。


「なんと! しかし……」

『いや、間違いないな』

「ジュール!」


 オワインが振り返れば、多くの聖獣たちが一斉に同意の声をあげた。そう、川底で収集活動をしていた聖獣たちは驚くべき証言を持ち帰っていたのだ。それはステファンがオワインに報告した奇形たちからの情報だった。


『森のきらきらした蜜がないの。それがいつもなら悪い奴らをくっつけて退治してくれるのに』

『だから僕らこんなになっちゃった。このべたべたしたものと一緒にいるしかなくて、背中が曲がっちゃったんだ』

『うん、そうだよ、見て、私、片方の爪がないの』

『かわいそうに。けれどよく頑張ったな。して、きらきらとは? 蜜とはなんだ?』

『森から流れてくる綺麗なものだよ。木から生まれるんだ。それで川に入ってきゅうって固まって、砂の中でころころして、少ししたら旅に出ちゃうの』

『汚いものや悪いものを退治してくれて、そしたらもっと綺麗な色になったりするんだよ』


 川底での対話の再現に誰もが息をのんだ。


「閣下! それはヴァナンドラを作る樹液のことでは!」

「ああ、間違いないだろう。そしてそのべたべたとはまさにこの汚泥のこと。中毒症状がここでは奇形を引き起こしていたのだ。それもすべてが樹液の力が弱まったことだったとは……」

『やはり森が失われたことで、自然浄化がなされなかったということだな』

「その通りです、ザハートス殿」


 信じられない面持ちで顔を見合わせる面々に、ジュールがさらなる情報を提供する。川に流れただけではない。同時に、乾燥して風に巻き上げられたものもあったのだ。これも川辺の生き物たちから聞き出せたことだ。

 

 晴天続きの秋を経てつい最近まで、いつになく埃っぽく不快な日々が続いたというのだ。潤う川べりから土埃が立つなど聞いたこともない。それは明らかに山積みにされた汚泥の粉塵だろう。

 どこよりも冬が早い砦付近では、北からの風が初秋には強まってくる。それらは時には小さな竜巻ともなり、多くのものをもぎ取って風景を一変させる。

 秋も深まる中、大河付近まで広がってきた連日の強風が、多少の重さなど気にすることなく、地表付近のものをつかんで一気に上昇気流に乗った。

 大鷲やミミズクがはるか空の彼方で見たものは、それらの集合体だったといえよう。永久凍土内で凍りついて停滞するものや落下するものもあったけれど、それを免れたものが風に乗って東へと移動したに違いない。

 そうして王都へと有害物質は運ばれたのだ。この時期、流れ出したものはまだ微量だろう。けれどそれらは確実に人々に害をもたらしはじめている。寒気が緩めばその量は一気に増える。迎える春に何が起こっていたか……誰もがぞっと身を震わせた。


「閣下、上流の川底をさらって清め、王都の水路に例の石を組み込めばさらなる強化を図れますが、風に乗ったものは……」

『それは私たちがやりましょう!』


 声をあげたのは大鷲たち鳥類だった。確認された帯状の汚れを、永久凍土内に押し込めることができれば、それらの多くは落下するだろう。吹雪に阻まれるそこからは、すぐに物質が漏れ出すこともないはずだ。命を育むことなど到底不可能な環境下で長い時間を経れば、きっとそれらも浄化されるに違いない。


『この翼で! 一族総出で風を起こします。嵐にも匹敵する力を持ちますから、今の薄い状態なら問題ありません。ただ、多少、砦付近には突風や落石等の注意が必要にはなりますが』


 おおっ、と広間にどよめきが走る。穏やかな聖獣たちがそのような力の使い方をすることはない。それはジュールをはじめとするものたちにも驚きを与える発言であったけれど、誰もがその選択に迷いなく同意した。

 あとはすでに大気中に拡散してしまったものだ。それらはまさに塵にも等しい。けれど希望はあった。人には有害であるけれど、聖獣にはまだ煩わしい不快さで済まされる程度。事実、シュトーレアはあの時点ではくしゃみをしただけだったし、ジュールなどは気にもとめていなかった。


『王都にさらなる数を送ろう。できるだけ浄化能力の高いものを。その力を合わせて王都上空に網目のように浄化の膜を張るのだ。微々たるもののうちに絡めとり霧散させる』


 ザハートスの一声に今度こそ聖獣たちが大いなる咆哮をあげた。広間を揺り動かすかと思えるほどのそれも、王都から者のたちを驚かすことはなかった。そこには自分たちに対する熱い想いが満ちていて、明日につながる希望のようにさえ感じたのだ。


 科学者や文官たち、検体を詰め込んだ荷馬車を送り出したオワインは、一人残ってステファンやザハートスたちとさらに計画を詰めていく。王都入りする聖獣たちの選出にオワインは慎重を期した。

 まだまだ聖獣たちにとって快適な環境とは言えない王都。まず、パートナーという関係にあるものが、オワインやエーディアス以外にいなかった。通訳の数も足りていない。そんな中で働かなくてはいけないのだ。心優しい彼らは選ばれれば否とは言わないだろう。けれど、頼れるものがいない異国の地、少しでも不安を抱えた状態で滞在すれば、その心が傷ついたりしないだろうかとオワインは心配したのだ。

 けれどそれは杞憂に終わった。若い世代たちが積極的に申し出てきたのだ。もちろん浄化能力の高さは誰もが認めるようなものたちだ。そんな彼らは一様に、王都に行ってみたい、人と友達になってみたいと瞳を輝せた。


 悩むよりも打って出ろだな、ザハートスの言葉にオワインも苦笑する。交流とはそうした心の結びつきから始まるのだ。亡きレオンハルトの立太子式以来、誰もが聖獣に大きな関心を寄せている。通訳志願者も日々増えているのだ。それは王国民の多くもまた、この類稀なる生き物たちと心を交わし合いたいと思っている証拠だろう。

 言葉の問題はあっても、歩み寄ってくれようとする聖獣側の気持ちと、迎え入れたいと願う王国民の気持ちが結びつけば、きっと難局は乗り越えていけるはずだ。


『我らの神々はずいぶんと手厳しい。飴と鞭。このような苦難に匹敵する、いやそれ以上の喜びを授けてくださるということだろうか?』

「ええ、きっと。人は困難に陥った時ほどその本性が暴かれます。今この時期に手を取り合って立ち上がったものは、決してその友情を覆すことはないでしょう。何よりも強い絆が生まれるはずです」


 オワインはザハートスにそう言うと嬉しそうに笑った。勝負はこれからだ。けれど自分たちならそれをやり遂げるはずだとそう感じた。

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