第13話 大河に隠された秘密
オワインは、詰所の中の奥まった位置で用意された椅子に座っていた。気温も下がってきているし、王宮で待つようにとジュールに言われたけれど、同行することを自ら申し出たのだ。自分も通訳くらいならできるし、何もせずに待ってなどいられない。調査のために体を張っているみなの近くにいて、少しでも励ますことができたらと思ったのだ。
「閣下、素晴らしいですね。初めてこの地を訪れましたが、王宮といいこの設営地といい、他所からのものたちのために細やかな配慮がなされていて感動いたしました。このような朋友を持つ森の王国の繁栄は間違いありません」
「そうだな、前国王陛下のご尽力の賜物だ。我々はこのまたとない縁を未来永劫、繋いでいかなくてはいけない。みなの働きにかかっているぞ」
「はい、精進いたします。エーディアス殿やシュトーレア殿も王宮入りされて、こんな時期ではありますが、みな非常にやる気を掻き立てられております。通訳の育成が順調に進めば、より一層士気も高まるのではないかと」
「ああ、私もそれを思っている。今回の里での滞在中に、みなが親睦を深めて、何かを掴み取ってくれればと願っている」
風を遮る天蓋は聖獣たちの大きさに合わせられているため、まるで家が一つ移動してきたかのような雰囲気だった。十分に明かり取りもできていて仕事がしやすい。王都からのものたちはみな、聖獣たちの能力や性質に深く感銘を受けずにはいられなかった。
お茶でもお入れしましょうかという文官の声に首を振ったオワインは、隣に座るステファンに向き直った。
「村の様子はどうだ? みな元気にしているか?」
オワインの言葉に、後ろで一つに結んだ髪にずいぶんと白いものが目立つようになってきた村長ステファンは緩やかに頷いた。
「はい、閣下。ありがとうございます。驚くべきことに未だ発症者は出ておりません。みな元気にやっておりますから、いついかなる時でも総力をあげて閣下にお仕えできます。ご遠慮なさらず、なんでもお申し付けください。ただ……」
「ただ、どうした」
「やはり、先の火災で大きな被害が出ましたから、そのあたりの回復は遅れております」
「というと?」
「森林がかなり焼き払われましたので、どうも動植物の生態系が少々おかしくなっているようなのです。私どもの生活にはそれほど支障は出ておりませんが、やはり森があるのとないのとでは大きな違いがあるのだと思い知らされました」
「何か常とは違うことが?」
「はい、森というよりも川辺のものが。魚や昆虫やらが例年よりも圧倒的に少ない気がいたします。捕食と被食の相互作用、その関係が狂ってしまったのかもしれません。さらに、この秋からはなんだか奇妙な形態をしているものも増えてきていて、薄気味悪く感じましたので、子どもたちにも手を出さないように言ったのです」
「うむ、良い判断だと思う。さすがにステファンだ。生態系が崩れるほどの何かが起こっているのだとしたら、十分に気をつける必要がある。あなたたちのように感覚の優れている者が違和感を感じるのならなおさらだ。大河の水からはすでに危険物質が見つかっているのだからな。どの時点で混入したか、それはまだわからないけれど、この上流にも可能性はある」
「はい。今回の疫病が金属による中毒症状と聞きました時、私もあの隕石落下のことを思い浮かべました。とすれば、一番懸念されるのはやはりこの上流です。わが村では聖獣の里からの水路を利用していますし、砦内でも例の岩盤濾過が行われていますから、被害はありませんでしたが、逆にそのために水質汚染に気づくのが遅くなったのだと悔やまれます。奇形の生きものたちを発見した時点で報告すべきでした」
悔しさをにじませるステファンにオワインは柔らかく首を振った。
「良い、ステファン、問題ない。多分、同じくらいの時期に下流からの水質汚染が報告されたように思う。みなが気づき始めたのがその時期だったというわけだ。ただ、私が思うに永久凍土の地表の状態から考えて……あちらでもかなり大きな衝突過去に幾度もあった可能性は高い。それならば、同じような中毒症状が出てもおかしくないはずだ。けれどそのような記録は残されていない。今回だけに限ったこととなると……やはりこの森林火災が関係しているのではないだろうかと思うのだ」
「確かに。この長い歴史の中で、隕石落下というのは多分に起こっていることと私も思います。実際、黒氷石の鉱脈を作り上げたのも、浄化機能を備えた例の鉱脈が使えなくなったのも、隕石の衝突が関係しておりますし」
「ああ、様々なことを結びつけて考えれば、この川で何かが起こったということが一番しっくりくるだろう」
二人はジュールたちが消えた急流に視線を投げかけた。
「聖獣たちが、何か成果を持って帰れればよろしいですね」
「彼らはきっとやってくれる。ここまで彼らを突き動かしているものは、友情だけではないと私は思うのだ。彼らは何かを感じている。それが成果に繋がれば……」
「はい」
「それはそうとステファン、森のことに関してはまた話し合おう。もうじき雪がやってきて身動き取れなくなるが、春には色々と対策を打ち出したほうがいいだろう。森が育つには時間がかかるな。今しばらく苦労をかけるが、何か必要なものがあればすぐに連絡してくるといい。陛下も常に気にかけていらっしゃる。聖獣の里との交流がうまくいくのもひとえに村のみなのおかげだ。心から感謝している」
「ありがとうございます。お心遣い痛み入ります」
ザイルフリードも深い信頼を寄せていたステファン。彼は温厚で義理堅く目立つようなことはしない、しかし秘められたものは熱く、自らの仕事に大きな誇りを持っている。オワインやグレンウッドの頑張りをザハートスと同じように支えてくれる父のような存在だった。
森が減ればやはり色々と……今回の疫病は外から持ち込まれたものの可能性が高いけれど、異常をきたした環境が次なる危険物質を作り出さないとは限らない。焼け野原となった場所を丁寧に再開墾し、早急に植樹を進める必要があるだろう。こういうことは現地に来なければわからない。そこで生活をしているものにしかわからないことがあるのだ。きて良かったとオワインは改めて思った。
その内、川から聖獣たちが上がってき始めた。その首にかけられた壺や箱に、川底の土をさらってきたのだ。それを受け取ったものたちが、どこで採取したものかを聞き書きつけていく。それを確認したのち、聖獣たちは二度三度と川へ戻っていった。
「閣下、これを。わずかではありますが変色しておりますし、通常の泥とは粘度も違うように思います」
「うむ。一日も早く王都に運ばねばならぬな。いいか、みな十分に気をつけて作業をするように。安全が第一だ、無理はするな」
集められた泥を、少量ずつに分けガラス瓶に詰めていく。それを木箱にまとめてラベルを貼り付け、割れぬように梱包して荷馬車に積み込む。現場は急に慌ただしくなってきた。
そこへ空からの一団も降りてくる。通訳たちが走り寄った。採集できるものはないけれど、見たもの聞こえたもの感じたもの、とにかく五感で得たものをすべてこと細やかに書き留めていく。
『閣下、砦の向こう、永久凍土側に黒い雨雲のようなものが見えました。怪しく思って近寄りましたところ、灰の様なものがかなり多量に含まれているようでした。永久凍土上では冷気によって停滞していますが、一部は風によって流失しているかもしれません』
大鷲がそう報告すれば、その脇に戻ってきたミミズクも付け加える。
『閣下、かなり上空に帯状の汚染地帯ができています。多くは灰だと思われますが、中には先ほどの物質の様な反応を感じるものがあります。以前感じたものと同じです。さらに強くなっているようです。濃度が高くなっているのかもしれません。西からの風が強い場合、それが王都へと流れる可能性はあります』
予想を超える内容に衝撃を受けつつも、オワインはまずは彼らの労をねぎらい休ませる。そして傍の文官にそれらを書き留めさせまとめていった。
そうして一日を過ごし、太陽が沈む前に一旦全員が戻ってきた。夜もやろうかとジュールが提案したけれどオワインは首を振った。
「いや、十分だ。あとはこれが何であるかを調査し、この後の対策を練るべきだろう。みな本当にありがとう。聖獣の力無くしてはこの計画は実行できなかった。国王グレンウッドに代わって心から感謝申し上げる。今日は王宮で十分に体を労ってくれ」
聖獣たちを一足早く王宮に戻したオワインは、文官たちを指揮してガラス瓶や紙をまとめ荷を作り上げる。思った以上の検体が集められたことに関わるものたちはみな、安堵の息をついた。大きな収穫があるはずだ。もちろん、それが判明したところでなすすべもない可能性もある。けれど、とにもかくにもこれは大きな前進であると、顔を見合わせて頷きあった。
「みなもありがとう。こんなに寒い中、よくやってくれた。聖獣たちとこれほどまでに密な連絡を取り合えたことは誇るべきことだ。我が森の王国は、素晴らしい人材を日々育成しているのだと嬉しく思う。さあ、今日は温かいものを食べてしっかり休もう」
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