第12話 王宮に集う薔薇色の勇者たち

 疫病が蔓延し始めた初期、被害を拡大させないためにと、森の王国側から聖獣の移動が制限された。感染源も特定できない中、いかにずば抜けた体力や高い身体能力を持つ聖獣とて何が起きるかわからない。大切な友を思って、オワインたちがザハートスを説得したのだ。

 しかし状況は緩やかに変わりつつある。シュトーレアの入城によって調査や浄化の必要性が浮上した。発症率が若干ながらも下がっている現状を鑑み、ザハートスは聖獣の里が精力的に動き出す時だと判断をくだした。

 ジュールたち兄妹は、父の想いに応えるべく迅速な対応で計画を練り上げていった。その手際の良さには経験豊富な文官たちでさえ舌を巻いた。シュトーレアとエーディアスの優秀さがここでもいかんなく発揮されたのだ。


 結果報告から数日後、必要なものを積み込んだ荷馬車の先陣を切って、聖獣の里にジュールが颯爽と戻ってきた。もちろんその背にはオワインを乗せている。

 王宮ではすでに調査団が結成されていて、その時を待っていた。ジュールとシュトーレアが選んだものたちの上に、ザハートスが推すものたちが加わり、さらに志願してきた多くの若い力も集結していたのだ。その顔ぶれに、オワインは感動すら感じた。さすがに選ばれしものたち、醸し出す気が半端ではなかったのだ。

 常には里の奥にいて、あまり王宮にも出入りしない鳥類たちが、今回の空の調査のために集まっていたこともオワインの気持ちを高揚させた。

 人を乗せて飛ぶことも可能だと思われるような大鷲や大鷹。彼らのまとう色は、オワインの知る自然界における鷲や鷹とは全く異なっていた。それは孔雀を思わせるような鮮やかさだった。それはもう、物語の世界のような華麗さだったのだ。


『空には遮るものがない。とにかく目立つからな。これだけ大きくなると暗い色彩では魔物じみて見えてしまう。かつては自然界と同じような色であったけれど、どうやらこの種たちがそれを憂慮したようだ。はるか昔、女神にその身の変化を強く望んだ結果、この美しい色を手にすることができたと言われている。それによって、魔領域に生息する禍々しきものたちとは一線を画するというわけだ』


 ジュールの説明にオワインは大いに納得する。確かに、眼光鋭く巨大な鉤爪を持つものたちが己の上空を飛べば、小動物などは怯えてしまうだろう。けれどこれだけの美しさであれば見間違うはずもない。ここでもまた、聖獣の優しさと細やかさに、オワインは深い感動を覚えた。


「それに比べるとあちらはずいぶんと小さいな。もしかして、自然界のものよりも小さいのではないか?」

『ああ、そうだな、ひとまわりほど小さいかもしれない。けれど彼らはとても優秀なのだよ、オワイン。あの全身で変化を測定する。精巧な探信機のような役割を持っているのだ。わずかなものも見逃さない。それはもう神業に近い。そしてな、そのようにものすごく敏感だというのに、それを切り替えて生活することもできるのだ。どの種よりも特殊なようでいて、実は人の生活に一番馴染むタイプなのだよ。人の世界でいう猛禽類ではあるけれど、その爪は小鳥のようなもので人の肌を傷つけたりもしない。王宮にいる薄物を着た女性の肩に留まることも問題ないはずだ。王都入りする聖獣が増えた今、出番が多くなるかもしれないな』


 見上げるほどに大きな聖獣たちの背に乗ってさえずっているのは、驚くほど小さなフクロウやミミズクたちだった。こちらも暗い色のものは少なく、ふわふわと真っ白なものや、柔らかな麦色の羽をしたものやら、見ているだけで心が癒されるような姿だった。

 そして、その可愛らしいものに満足げな表情を浮かべているのが、ジュールをはじめとする大型の聖獣たちだ。熊、猪、ビーバー、ジャガー、カワウソ、大河に入るものたちも勢ぞろいしていた。

 時期はすでに初冬。永久凍土からの風がかなり冷たくなっている。水温はどこまで下がっているだろうかとオワインは心配したけれどジュールは笑っていた。雪が降ったとしても何の問題もない。氷が張ったとしても、割って進むだけだと豪語して、オワインを大いに驚かせた。


 オワインとジュールが広間に入っていった時、そんな彼らが一斉に振り返った。大きさも色も種も違うものたち、しかしその瞳は一様に美しい薔薇色で、オワインは感動の吐息を再び漏らすことになる。それは遠い日、父ザイルフリードとその侍従アーデルベルトが、初めて訪れたこの王宮で体験したものと同じだったかもしれない。

 誰もが心から、森の王国の力になりたいと思ってくれていることが伝わり、オワインの胸は熱くなった。父がどれだけ聖獣たちに慕われていたか、その死をみながどれほど残念がってくれているか。それがひしひしと伝わってくる。オワインは感謝の気持ちを込めて力強くみなに頷き返した。


『さあ、まずはオワインが持ってきたものを見てくれ』


 ジュールの声に聖獣たちが集まってくる。オワインは手にしていたガラス瓶を慎重に頭上で掲げ持った。そこには感染源と思われる粉末が入っているのだ。

 実際に出すべきかどうか、吸い込む危険性を考えて迷っていたオワインは、感覚の鋭い聖獣たちならガラス越しにもその内容を把握することができるとジュールに説明されてほっとする。


 それを見た聖獣たちの中からいくつかの小さな声が上がった。ビーバーが水底で、ミミズクが砦の上空で、これと非常によく似た気配をすでに感知していたことが明らかになったのだ。

 いずれもその時点では、何かに含まれている状況で、それほど危険だとは思わなかったけれど、そこからは、今まで経験したことのないような感覚がもたらされたと彼らは言った。


『やはり隕石飛来時の副産物か。何らかの物質がこの地上にもたらされたということだな。この異臭を伴う粉塵は、それがこの地の気象や環境の中で変化したものだろう』


 ザハートスの見解に誰もが同意する。この世界のものでないのなら大いに納得できるとミミズクが言い、ビーバーも頷いた。わからなくて当たり前だったのだ。ああ、能力の劣化でなくてよかったとビーバーが言い、みなの笑いを誘った。

 未知なる物質を前に難しい顔をしていたものたちも心がほぐれたような気分になる。問題は解決したわけではなかったけれど、その正体が掴めたとなれば、対応も変わってくる。やはり得体の知れないものと向き合うことは、聖獣たちにとっても気分のいいものではないからだ。

 この地域においては、まだそこまで危険な物質ではないことが判明し、聖獣たちの士気が高まる中、調査の仕方が熱く議論されることとなった。数日をかけ、各自が納得のいくまでガラス瓶内をチェックして、自分の取るべき行動を組み立てていった。

 そうこうしているうちに、王都からの後続も到着する。いよいよ調査開始だ。その翌日、くれぐれも無理をしないようにとオワインが念を押し、調査団は朝早く王宮を出発した。


 大河のほとりに簡易の詰所が設営されていく。巨大なテーブルの上には、王都から運ばれてきた検査物質を入れるためのガラス瓶が並べられ、その脇には大量の紙やインクも用意された。

 大河から砦の少し先までの上空を調査するものたちも、ここから飛び立つことになっている。危険物質を一番含んでいるのは大河だろうと、みなの意見が一致したからだ。

 詰所には、砦からも手の空いているものが駆けつけた。彼らの中には長く聖獣と時間を共にしたおかげで聖獣の気持ちを理解できたり、微かながらにもその言葉を感じられたりするものもいた。もちろん、エーディアスの村からも優秀な通訳たちがやってきた。


 永久凍土の深い裂け目に端を発し、聖獣の里と砦の間を進む世界大河西側の最上流。その川幅はまだ大河と呼べるほどではなかったけれど、永久凍土からの凍えるような水は思った以上に急流で、氷や石なども混じっており、自然の険しさを感じさせた。人の身ではその流れの中に、容易に分け入ることはできないだろう。


『始めよう!』


 ジュールを先頭に続々と大型獣たちがそんな大河へと入っていく。素晴らしい筋肉に覆われた体躯は、危なげなく水をかき分け、大きな体にも関わらず、余分な水しぶきなどあげることなく、彼らは水面下へと姿を消した。

 その脇で、巨大な翼を広げて鷲や鷹が飛び立てば、軽やかな羽ばたきを見せて小さなものたちも続く。王都からの文官たち、砦からの衛兵たち、村からの通訳たち、誰もがその表情を引き締めて、自らの配置についた。

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