第5話 語られる岩山の日々
兄たちもまた、彼らの長い年月について語る。
「長くはあるけど、代わり映えしない日々だから特別なことは少ない」
「そう平坦すぎて……三人じゃなかったら到底無理だったよ」
苦笑するアドランにキャメオンも同意する。その脇からリーディルが、にやりと笑って謎かけをした。
「ロディーヌ覚えているかな? 倒れた時、僕らは一番高級な花を押しつぶしてしまっただろう? あのいくつかがね、僕らの洋服のポケットに紛れ込んでいたんだ」
「?」
「父上は随分腹が立っただろうね。でもおかげで僕たちは救われた」
アドランの言葉にロディーヌが再び首をひねれば、キャメオンが嬉しそうに答えた。
「一番高品質だった、すなわち一番力を持ってたってことなんだ。女神さまの力が凝縮されていて、この災いから少しでも僕らを守ってくれたんだよ。僕らは夜になれば姿を取り戻せ、さらに記憶をなくさなかった。あの花があれだけ高いのには意味があったんだよ」
「まあ」
驚くロディーヌの傍らでリーディルが盛大に肩をすくめてみせる。
「無断外出の上、大いに遅れた帰宅時間。さらには揃いも揃って、浪費癖のある放蕩息子みたいに一番高い花をこれでもかと犠牲にしたなんて、本当重罪だよね。父上が忘れてくれるよう祈るばかりだよ」
その言葉を受けて、今後は一つだって傷つけたりはしないさとアドランが約束しながら話を続けた。
「呪いを弱められたのは、もちろん三人だったってことも大きい」
「うん、記憶の欠けてしまった部分もみんなで補えば、完全なものを取り戻せたんだ。アドランの恐るべき野生の感と、リーディルの類いまれなる頭脳に、僕は救われたよ」
キャメオンが笑いながら言うものだから、どこまで本気なのかわからなかったけれど、リーディルは満更でもなさそうな顔でふふんと笑い、ロディーヌに向きなおった。
「花は残念ながら枯れてしまったけど、あとは忘れないように、毎日、繰り返しみんなで話し合ったんだ。ロディーヌのこと、家のこと、事件のこと、そうそう、読みかけだった古代語の本のことだって……」
天空草の花に秘められた力。それはロディーヌにとっても大いに納得できるものだった。この旅は女神の想いあってのもの、自分もあらゆる場所で助けられたけれど、兄たちも同じだったのだ。やはり泉に落ちた時からすべては始まっていたのだとロディーヌは思った。
「それからしばらくして、僕らは夢で古代の災いを知ったんだ。もちろん、朝起きた時にはカラスで、そんなこと話し合う暇もなかったけど、夜になってみんなが同じことを言った時に確信した。これはただの夢なんかじゃない、紛れもなく本当のことなんだって」
キャメオンの真剣な瞳に、ロディーヌはその当時を追体験するような感覚を覚えた。そんなおとぎ話のようなこと、あの砂漠を渡らなければ受け入れられなかっただろう……この世界の中には、人知を超えたものが存在するのだとロディーヌは改めて感じさせられた。
夢のおかげで、呪いについて書かれた王子のノートがどこかにあるはずだとわかり、三人は探した。王子が使っていたと思われる場所を重点的に、夜毎岩の間を丁寧に探ったのだ。けれどなかなか見つからず、さすがの三人も疲れてやる気をなくした。
諦めかけた時、「でも、やることがあるっていうのはいいな」とアドランが言い、「ああ、いつか伝記が書けるかも」とキャメオンが笑った。「その話、盛り上がるシーンは巧妙じゃないとね、こういうありえない隙間とかに……」とリーディルが小枝を差し込んだ先でかさりと音がした。
顔を見合わせた三人は我先にと岩を崩していった。そして、奥にある空間に押し込められていたものを発見したのだ。
しかしそれを見た瞬間、三人は落胆を隠せなかった。紙らしい何かに書きつけられた言葉は古代語だったのだ。まだ勉強していない言葉も多く、さらに紙の質もインクの質も悪くて、解読は不可能かと思われた。
それでも三人だったからそれを乗り越えられた。僕らならやれる、だって三倍の力だ! そう励ましあって彼らは幾晩も幾晩も解読に取り組んだ。見た夢や自分たちの上に起きた事件、様々なことを三人で照らし合わせ……そしてついにおぼろげながらも意味を掴んだ。「呪いを解く言葉」がある!
「その時アドランが言ったんだ! 秘密の言葉は簡単に口にしちゃいけないんだって! だから見つけても声には出すなって!」
「だってそうだろ、だからこその秘密だ。キャメオン、忘れちゃったのか? 冒険談の中ではお決まりじゃないか!」
「僕らはアドランほど冒険ものを読んでないからね。でも僕の大好きだった詩の中でも、大切な言葉は胸の内に秘めろって、そう書いてあったよ。だから僕らは見つけた時に声には出さなかった。ねえ、キャメオン」
「ああ、それで頑張って読み進めれば、案の定。それは特別なもの、一度きりの約束だったんだ」
「うん、僕の記憶は正しかった。口に出していたらすべては台無しだった」
「まあ、なんてこと! じゃあ、私がいなかったらどうなっていたの!」
悲鳴をあげるロディーヌに、アドランは豪快に笑った。
「いたからいいじゃないか」
「素敵なロケットをもう一度見せられて、僕らが間違うとでも? あれは僕らが相談して作った最高傑作なんだよ、できあがった時は嬉しかったなあ」
リーディルが遠い目をして微笑めば、キャメオンも懐かしそうに相槌を打つ。
「ああ、そうだったね。そしてそんなロケットはこの世界に一つしかない。何よりの証拠だよ。それに、それを持つにふさわしい僕らの妹は勇気があって賢い。僕らが伝えたいことをきっとわかってくれると信じてたよ」
「呪いを解く言葉、の存在ね。それが何で、いつ言うべきなのか、どきどきしたわ……」
「僕らもだ。心臓が口から飛び出すかと思った」
アドランの言葉に笑いつつ、ロディーヌも三つ子たちも、改めて自分たちの幸運を噛みしめた。
誰も自分のことなど覚えていない、忘れてしまったのだ、自分は愛されていないのだ。そう思って絶望の中で嘆き悲しんでいた王子が最後に見た風景は、愛する人が青い花が揺れる中でいつまでも自分を愛し続けると言ってくれるものだった。
その言葉に王子は目が覚める思いだったのだ。わずかではあるけれど、失っていたものを取り戻し、それ以上の幸せはなかった。そして最後の時を前に、混沌とする意識の中で、王子はそれこそが呪いを解く言葉なのだと知った。
打ち破られなかった負の力は新たなる犠牲者を呼ぶだろう。それを今度こそ断ち切らなくてはいけない。そのためにも、愛する人が告げてくれる言葉の力が必要だった。しかしそれを闇に知られてはいけない。だから王子は「それは声に出してはいけない、一度きりのものだ」と書き残したのだ。
その言葉を手に入れた後、ロディーヌならいつか来てくれるかもしれないとアドランが言い出した時、他の二人はまったく同意見だった。「まあ、随分と買ってくれたのね」とロディーヌが目を見張れば、「自分だったら絶対そうするからだ」とアドランが胸を張って答えた。なんと言う自信だろうか、ロディーヌは思わず笑ってしまった。
「でも納得だろう? 二人の性格は似ているからね」とキャメオンが真面目な顔で問えば、「まったくキャメオンは単純すぎるよ。でもロディーヌが、アドランばりの勢いだけじゃなく、危機回避とか、ちゃんとわかる賢い子に育っていてくれてよかった」とリーディルが大きな息を洩らした。
「だけどなんというか……まあ、その輝かしい笑顔があれば大概なことは切り抜けられる。だって僕らの妹は妖精さえも見間違うほどに美しいんだよ。きっと運命さえも味方してくれるはずだって、そう思ったんだ」
他者に影響を与える魅力という点では一番のキャメオンが、またまた能天気なことを言ってリーディルに白い目で見られたけれど、「それもまた一理ありますよ」とポルカが擁護し、アドランもその脇でうんうんと頷くものだから、彼らはまたひとしきり笑いあった。
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