第4話 あたたかな団欒の喜び
いつのまにかポルカが入ってきて笑っていた。いや、笑いながら泣いている。
「ああ、よかった。本当によかった。ついに呪いは解かれたのですね。長い苦しみは消えた。闇は遠ざかったのですよ。こんな嬉しい日が来るなんて……。私も胸がいっぱいです。早く国に戻り、ご家族を安心させてあげてください」
涙に濡れた顔で四人は頷いた。
「ポルカ、ありがとう。今日まで頑張ってこられたのはあなたがいてくれたからだ」
キャメオンが言えばリーディルも感謝の言葉を重ねた。
「温かい励まし、温かい食事、僕らはあなたの与えてくれる熱に助けられたのだよ」
「カラスの僕の悪行も役に立ったのだと思うと救われる思いだ」
「いえいえ、アドランさんに捕らわれて、私も貴重な時間を得られました。食べられることもなく、命拾いして」
おどけるポルカにみんなが笑った。
「私も明日には郷に帰ることにしましょう。ここでの生活はまるで創世記の伝説のようできっと私の家に代々受け継がれていくことでしょう。かつて先祖たちが暮らした森で、このような場面に立ち会えるというのも運命だと思うんです」
「そうだよ、ポルカ! 目と鼻の先に故郷があるというのに、あなたは留まってくれた。あなたこそ、一日も早く帰らなくては!」
「ポルカ、あなた一人なら難なく岩山を出られたはずだ。それなのに……」
「まあ、まあ、キャメオンさんもアドランさんも、今更ですよ。私が選んだこと、後悔なんてあるわけもない」
「ポルカがそういうならこの話はこれでおしまい。でも本当にありがとう。この美味しい食事もこれが最後なんだな」
リーディルが名残惜しげにテーブルに視線を投げかければポルカは明るい声をあげた。
「そうだ! 今日は私も一緒に食事をさせてください。とっておきのものもお出しします!」
ポルカはそそくさと奥へ戻り、すぐに古いワインの瓶を持ってきた。それは? とみなが目で問えば、ポルカは満面の笑みを浮かべた。
「何代か前のカラスが気まぐれに掴んできたのでしょう。台所として使っている部屋の隅で見つけました。運よく割れずに残っていた。悪い気も漂っていませんし、それにこれ、海の王国の古い言葉で書かれたラベルなんです。仕事で滞在中に王宮でも見ました! なんでも幻のワインだとか。まさかこんなところで出合うとは。これを飲みましょう! 呪いが打ち砕かれたお祝い、この不思議な物語の最後にふさわしいものではないでしょうか? すべてを飲みきって、みなでゼロから出発しましょう!」
おおっ、とアドランが歓声をあげた。キャメオンがそれはそれは嬉しそうに切り出した。
「ポルカ、それは素敵なお祝いだね。ありがとう。実は今日はね、もう一つ嬉しいことがあるんだ。ね、ロディーヌ」
「え?」
「僕らの可愛い可愛い妹の誕生日だ! 十八歳! 成人おめでとう! 幻のワインを、勇気と愛にあふれた天空草の花の妖精、僕らのロディーヌに捧げるよ!」
そう言ってリーディルが一番にロディーヌの頬に口づければ、キャメオンもアドランも負けずとロディーヌを抱きしめる。大人気ない三人の、妹争奪戦にポルカも大笑いだ。
なぜ自分の誕生日がわかったのかと訝しがるロディーヌに、リーディルが紙の束を差し出した。そこには日付がびっしりと書かれている。
「ポルカが来た時に教えてもらったのさ。ポルカは旅の途中で、荷物をたくさん背負っていてね、紙とペンとインクを僕らにくれたんだ。だからその日から毎日記録をつけてる。ロディーヌの誕生日だってほら、忘れることはないんだよ」
さあさあ、とポルカがゴブレットにワインを注いで回るのを、ロディーヌはじっと見つめた。揺れる赤はとても美しいと思った。生きている色、心の色みたいだと思った。それをみんなで味わい、温かい食事を囲むことの幸せは格別だった。ロディーヌはようやく心から安心できた。
食事を終え、ワインを片手に彼らはくつろいだ。爽やかな初夏の夜気が窓から流れ込んでくる。森の空気が変わったのではないかというポルカの言葉に三つ子も同意する。
ロディーヌも辺りを見渡した。元々、忌まわしい気はなかったけれど、心なしかこの岩山の館も違って見えた。味気ない無骨さが、今や大冒険の夜の野宿のような、なんだか野性味あふれたもののように感じられるのだ。兄たちが一緒だということももちろん大きい。随分と忘れていた楽しさがロディーヌを包み込んだ。
ほぉと満足げに息を吐き出したロディーヌは、三つ子に促され、今日までのことを話し始めた。あの頃の苦しさも、すべてが解決した今は忘れがたい思い出になろうとしている。傷はもう痛まない。ロディーヌにはそんなことも嬉しかった。
「……綺麗なだけなんてありえないんだよ。汚いものを知っているからこそ、美しいものを理解できるんだ」
自暴自棄になった彼女の孤独な戦いに兄たちは涙し、この世界に戻ってきた強さを口々に褒め称えた。リーディルの言葉がロディーヌの胸を打つ。やはり血を分け合った兄、一番欲しいものをわかってくれる。そう思いつつも、同じように褒めてくれた人の面影をロディーヌは追わずにはいられなかった。
自治区での賑わいに大きく盛り上がったものの、果てしない砂漠に女神との時間、狂気の森と毒の花畑からの脱出、続く旅の話は彼らの想像を絶するものだったらしく、三つ子もポルカも唖然としたまま言葉がなかった。ただ、ロディーヌが女神に愛されていることは間違いない、そう思いながら、壮大な旅を成し遂げた彼女の静かな横顔を見つめた。
けれどその時、ロディーヌは門を開けるに至った話はしなかったのだ。無事にこの岩山についたところまでで話し終えた。先にその下りを聞いていたポルカはかすかに首をかしげた。けれど賢いロディーヌのこと、そこには何か思うことがあるのだろうと感じ黙っていた。
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