死ぬのは歳の順……

婭麟

第1話

 私のに対する考えは、ちょっと変わっている。

 それは、死というものは年の順にくるものであるべき、という変な先入観を持っている事だ。

 そんな実にヘンテコな偏見を持ったのは、まだ子供だった小学生の高学年か、中学に入りたての頃だ。

 親戚が集まる田舎の葬儀や法事に行くと、お爺さんお婆さん達(その頃は子供だったので、大半の人が年寄りに見えた)は、お酒を飲みながら手作りの巻き寿司や、天ぷら、唐揚げ、煮物に漬物等に箸を付けながら


「歳の順だから仕方ない……」


 とそれは神妙に語っていた。

 私の田舎の爺さん婆さん達は、親戚が亡くなると必ず、そう言って身内同士で慰さめていたのだ。

 そして無念にも、年老いた両親よりも早世した者には


「歳の順なのに早過ぎる……親より先に逝くなんて……親不孝者め」


 と、それは涙ながらに悔しがるのだ。


 ……しかしこれは実に理にかなっている……


 当然の事ながらどんなに歳を取っていても、身内の死は悲しい。

 しかしという、とても平等に加算していくもので、抗う事のできないものに対しては、全てのもの達が諦めを持って、受け入れなくてはならない道理なのだから、となる言葉である。

 子は親を見送ってこそ、が来るのである。

 まだ子供だった私は、えらくその言葉に感銘を受けてしまった。

 だから自然と私の脳に、それはくっきり深くインプットされてしまった。つまり私の中では、三歳四歳の子供が死ぬ事はあってはならなくて、八十、九十歳の老人はそろそろ順番……という事で

 ……決して親より早く死んではいけないし、死ぬのは親しいお爺さんお婆さんを見送ってからする事……なのだ。



 さてそんな私が、何と「あっ!」と思った瞬間に死んでしまった。

 買い物の帰りに信号待ちしていて、変に蛇行して走って来た車に追突されて死んでしまったのだ。

 だが私は「あっ!」と思った瞬間に、側を歩いていた母子を助けて死んだ。

 母は小さな子供の手を取って歩いていたから、子供はまだ小さくて、無論その母親は私より若い。という事は、私は私の拘り通りに、歳の順に死んだという事である。実に満足である。

 こんな私だから、私の子育ての時にはよく思ったものだ。

 いざという時に我が子を助ける為に、この命を差し出せるだろうか?

 子供の代わりに津波にのまれたり、通り魔に刺されたり、車にはねられたり……事件の多い昨今、考え出したらキリがない。

 しかしありがたい事にそんな事は一切起きずに、二人の子供を育て上げる事ができた。実に上々たる子育てであった。

 そして我が子にあれ程考えていた事を、我が子ではないが、全く知らない幼子でもあるが、の命を差し出せた事に満足であるし、その子が必要とする母親をも救えた事は、実に上出来自画自賛である。


 とか非常に気を良く気分も良くしていたが、いざ自分の死というものを目撃すると、何とあれ程険悪に毎日過ごしていた夫が、それは傍目にも哀れな程に潮垂れ、微かに目元に涙など流した跡がある。

 また、成人してからはとんと寄り付かなくなった息子が、私の胸が締め付けられる程に泣いている。

 そして嫁いで、都合のいい時にしか来なくなった娘がさめざめと泣いている。


 ……な、なんと……


 私は家族の姿を見て、ちょっと早まってしまったか……と不安になった。

 六十歳を過ぎれば私の感覚では、〝歳の順〟の範囲である。

 つまり思い残す事は無い……はず……


 ちょっと後悔?未練など持ち始めていると、なんと閻魔の遣いという鬼が、あの事故について聴取したいと言ってやって来た。

 とはいうものの、その鬼の格好の良い様子に、桃太郎の鬼または有名子供アニメの、お◯○◯丸の赤鬼青鬼と黄鬼しか知らない私は吃驚である。

 その鬼が言うには、昨今の鬼ブームに乗って、鬼の格がかなり上がっているのだそうだ。

 かつて神の様に崇められた時代の、再来の勢いだそうだ……。

 だから身形みなりも格好もからの御達しで、かなり洗練されたものとなっている……という。

 そんな鬼達が派遣されて来るとは、一体どういう事だろうか?

 当然だが疑問視していると、何でも八十歳の老人が運転していて事故を起こし、その巻き添えに遭って死んだのだそうだ。何ともとんでもない時代である。

 私の順番の筆頭に上がり始めるお歳の方が、十代二十代三十代の若者や働き盛りのお父さんを蹴散らして死なせたというのだから……。私の観念の世界では〝以てのほか〟である。

 とは言っても、その運転していた老人もお亡くなりになったのだから、私の概念とする歳の順には当てはまっているので、まぁ由とするべきであろうか……。

 そんな人達が亡くなっているのだがどうやら、一人だけ死なずに済む、運びとなったのだ。

 では何故そういう運びとなったのか……をしっかりと知りたい私ではあるが、を上手く誤魔化すのが鬼である。

 如何に鬼が上手く誤魔化してはいても、よわい六十迄生きて来た私である。

 あの世における公的な機関が、ちょっとしたヘマをやらかした、くらいは察しがいくというものだが、〝大人の事情〟にはかなり寛大な私である、は深く突っ込んだりはしないのが、大人の対応というものだ。

 という事で、理由も解らずに


「生きたいですか」


 とか洗練された鬼に聞かれた。


 ……そりゃぁ、生きられるものならもうちょっと……


 とか思い始めていた矢先である。

 思った事は口に出る。


「死ぬのは歳の順だからね……」


 と、思わず勝手に口が動いてしまった。


 ……ヒェェ〜……


 後悔先に立たずである。

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