第9話 V② 告発


 長老の鶴の一声により議事堂は静寂に包まれている。その長老の前の祭壇に置かれている魔水晶は妖しい紫色の光をゆらゆらと放って評議会に集まった人々の目を釘付けにする。


 元々は5つに分かれていた小国達が外敵からの猛攻を受けて団結して統一国家になって今に至るのがこの王国だが、その最初の統一を成し遂げた王が魔女に頼んで作らせたのがこの魔水晶だといわれている。


 5つの王家が平等に保たれるように、王は世襲では無く亡くなった時点で魔水晶が5つの王家から新しい王を選出する。


 故に王国は歯車のように5大貴族の中からその時代ごとにふさわしい者が選ばれて王家は変遷を続けて来た。


 しかし、5大貴族家の一つ、キルステン家は王を始めそれに続く子らも亡くし実質家系は途絶えたと言ってもいい状況だ。


 ーー均衡は崩れた。良くも悪くも王国は変わる。


 「これより選定の儀を始める!魔水晶が示す者が王となる。」


長老の宣言に4大貴族家の当主達を始め皆が再び魔水晶の釘付けになる。


 魔水晶はその妖しい紫の光をますます強めていき光り輝くと議事堂の宙に魔法でできた紫色の文字が浮かび上がる。


 浮かび上がった文字は、エルヴィン・ダールベルク。


 ダールベルク家の当主が王に選ばれた。


 「魔水晶はダールベルク家のエルヴィンを王に選ばれた!今日この時よりエルヴィン・ダールベルクが国王となる!」


 エルヴィンの周りを固める諸侯達は歓声を上げ議事堂を揺らす。薄くなった黒い髪を後ろに流す初老の狼のような顔のエルヴィンは薄く笑い勝ち誇る。


 アーベルハルト家当主ゲラルトは静観を決め込み、一切興味が無いように眺め、その隣の孫娘アストリットは困惑した様子で祖父の顔を伺っている。


 フェルスター家当主ジークハルト・フェルスターは脇を屈強な家臣達で固めて場の成り行きを様子見したまま感情を表には出さない。


 「これより戴冠の儀に移る!エルヴィン・ダールベルク国王陛下は祭壇の前へ!」


  長老は続け様にエルヴィン・ダールベルクに王冠を授けようとし儀式の進行を早める。


 エルヴィンは悠然と立ち上がり、祭壇の前へ歩みを進めようとする。


 しかし、それを阻む者がいた。半円形の議事堂の一角を占めるブラームス家の陣営が異を唱える。


 「東部総督ブラームス家はこの選定に異を唱える!エルヴィン・ダールベルクは王になるべきでは無い!」


ヴィルマーが立ち上がり魔水晶の決定に異を唱えると、後ろに続く諸侯達も立ち上がり意思表明する。


 「ブラームス公は我が国の伝統ある魔水晶が誤った選定をしたとそう申されるのか?」


長老は厳しい目で立ち上がって儀式の進行を妨げるヴィルマーを責める。


 エルヴィンは黙ったまま余裕のある態度で正面からヴィルマーを見つめている。


 「その魔水晶は偽物であろう。本物はエルヴィンが隠し持っている筈だ。」


ヴィルマーの確信を持った強い追求に議事堂は騒つく。ダールベルク家の陣営は鬼の形相でヴィルマーを非難し議事堂は混沌の渦となる。


 「言い掛かりだ!自分が王に選ばれない腹いせだろう!」


「神聖な儀式への冒涜だ!」「何の証拠がある⁈」


「国王に対する謀反だ!処刑しろ!」


ダールベルク家の陣営の非難にも臆する事なくブラームス家の陣営は堂々と正面から受けて立つ。


 「もしそれが何の確証も無い告発なら由々しき事態ですぞ。分かっておられるのか?ブラームス公。」


長老が再びヴィルマーに非難の目を向ける。


 「確証はある。王がお隠れになり選定の儀が始まるまでの1年間、魔水晶を管理する神殿には誰も立ち入る事が出来ぬという筈だったな?」


長老はヴィルマーの問いに怪訝な顔をして、


 「その通りです。神殿を守護する魔法騎士団とどの貴族家にも属さない神官達しか立ち入ることは出来ませぬ。4大貴族家の皆様を始め他の者は魔女の古き制約により神殿の結界を通ることは出来ません。」


 議事堂に集まる他家の諸侯達も長老に続き話始める。


「神殿から魔水晶を盗み出したと?」


 「難癖だ。どうやって魔水晶を偽造するというのだ⁈」


「確かにエルヴィン公には黒い噂が絶えないが、それは無いだろう。」


「自分こそが王だとでも?傲慢な奴だ」


議事堂は再びざわつき始めて戴冠の儀は一向に進まなくなる。

 混沌の渦の中心にいるエルヴィンは余裕の態度を崩さずに祭壇の前に立ち静かにヴィルマーを見つめている。


 「証拠ならありますわ。レオポルト公、皆様にお見せしてください。」


 アメリアが透き通るような声で騒ぎを断ち切り話を進める。

 それに応じたレオポルト公は腕を掲げると隷属させているフクロウの使い魔を呼び出し、自らの前腕に停める。


 「長い事神殿前に張っていた甲斐があったなぁ。やっと出番だぜ。」


レオポルト公が使い魔に合図するとフクロウの目から議事堂全体に見えるように記録された映像が大きく出現する。


 「神聖な選定の儀で魔法の行使など許されることではありませぬぞ。」



長老がレオポルト公を睨みながら非難すると、レオポルト公は大柄な体をわざとらしく戯けて見せる。


 「これを観たら長老様の考えも変わるさ。」


 出現した使い魔の記録映像には家臣を連れて神殿に出入りするフリッツ・ダールベルクの姿がある。


 まるで結界など無いかのように神殿に入っていき最後には家臣達と何かを運び出している様子だ。


 ここで初めてエルヴィンが余裕の態度を崩しピクッと表情を変化させ、冷たい目で息子のフリッツを見遣る。


 フリッツ・ダールベルクはニヤニヤとした笑みのままふざけた態度で知らないとジェスチャーする。


 「随分と雑な計画を立てたもんだ。見張られていることにも気付かずに。ダールベルクの嫡子はアホなんだなぁ?ぬははは」


レオポルト公が馬鹿にしたように大声で議事堂全体に響くように言い放つと、他家の陣営も困惑した様子で事の成り行きを注視する。


ーーここで場の空気を掌握する!他家の諸侯達を味方につけるのだ!


 ヴィルマーは機会をここと定めて一気に畳み掛けることに決める。


 「それだけでは無い!貴様は帝国の、、っ、、ワームテールと通じているだろう!南の反魔法士主義のレジスタンスに帝国から得た武器を流している!これは王国に対する裏切りではないか⁈」


重ねてヴィルマーがエルヴィンの闇を暴露する。レジスタンスからの激しい抵抗を受けている南部総督のジークハルトは当事者だが、まるで知っていたかのように涼しい顔をして口を挟まない。


 「つい最近の事だ!貴様らダールベルク家の諸侯が帝国からの武器を受け取るところを押さえたぞ!動かぬ証拠だ!」


 「一月前にはエルヴィンの弟が悪魔を召喚したらしいでは無いか?それもあの<血染めの花嫁>をだ!奴を召喚してどうするつもりだったのだ⁈」


「まだあるぞ!王家の死にはお前が関わっているという疑いもある!あれは呪術による死だった!貴様には都市国家連合の呪術師との広い人脈がある!」


「元より王家を皆殺しにして王位を簒奪するつもりだったのだろう⁈」


ヴィルマーに続きブラームス家に仕える諸侯達も激しい追求をする。場の空気はブラームス家に傾き始めてダールベルク家は劣勢に立たされる。


 ダールベルク家に仕える諸侯達にも何も知らない者達がいたようで狼狽え始める。他家の諸侯達からは非難の目が集中する。


 「言いたい事は終わったか?全て推測の域を出ない事だ。そこの大男が私を嫌っている事だけは確かなようだがな。」


今まで沈黙を貫いてきたフリッツがニヤケながら立ち上がり素知らぬ様子で追求を躱そうとする。


 「すり替えるな。レオポルト公の使い魔の記録映像もあるし、帝国と取引した貴様らの陣営の諸侯の1人もこちらで捕らえてある。王を殺した呪術師の引き渡しも都市国家連合の盟主と確約している。」


アメリアに論破されてフリッツは不気味な笑みを歪めて舌打ちする。


 「今まさに貴方の城でこちらの手勢が本物の魔水晶を探している所よ。どこにあるかも当たりはつけているし遅かれ早かれ貴方は謀反人として裁かれるわ。」


 王国でも戦姫として名高いアメリアが冷たい目でエルヴィンを見据えて彼の詰みを宣言する。議事堂はどよめき他家の諸侯達もついにエルヴィンを非難し始める。


 「エルヴィン・ダールベルク!貴様を弾劾する!今日この評議会に集まった全ての者の前でな。」


ヴィルマーが強い決意でそう宣言すると、評議会の空気は完全にエルヴィンを裏切り者と見做した。


 議事堂に集まる皆の視線がエルヴィンに向けられようやく初老の怪物は口を開く。


 「よく準備してきたな。昔は戦うだけが能の男だったが頭の使い方を学んだようだ。」


歳の割には姿勢が良く真っ直ぐに地に足をつけて装飾の多い黒いローブを見に纏うその姿は覇気を纏っている。


 不敵な笑みを浮かべてヴィルマーを真っ直ぐに見つめ返し口から紡ぐ言葉は強力な毒だ。


 「だが甘い!堅物め。貴様とは立つ土俵がそもそも違うのだ!」


エルヴィンの言葉に隣に立つフリッツは不気味な笑みを深めて、祭壇の前に立つ長老は嫌な気配を感じたり身が強張る。


 「どういうことだ?」


ヴィルマーはエルヴィンの言葉の意味が分からずに疑問符を浮かべて立ち尽くす。


 その瞬間、脇腹に熱を感じて驚いて振り返ると刃物が刺さっている事に気づきようやく痛みにもがく。



 「詰んだのは貴方ということです。ヴィルマー様。」


刃物が脇腹から抜かれて血が噴出し、隣に座るアメリアに父親の血が吹きかけられる。蒼白な顔で刃物の持ち主を辿るとそこには見知った顔があった。


 「ファーバー公、、っ、、な、ぜ、、?」


仕立ての良い生地の袖を主の血で真っ赤に染めながら、主に容赦無くもう一度刃物を刺す。無感情な表情で淡々と主を突き刺しながらバルトルト・ファーバーは主に語りかける。


 「普段闇魔法を身に纏う貴方はナイフで刺されるなんて事は経験が無いのでは?ダールベルク家からの返礼しかと味わって下さい。」


ごぼっと口からも血を吐き出してなされるがままに臣下に滅多刺しにされるヴィルマーを前に隣に立つアメリアも周りの諸侯も気が動転して動けないでいた。


 「なんだ⁈」


他家の諸侯、長老まで非現実的な光景に我が目を疑うばかりで状況を飲み込めずに固まる。


 「ーー貴様っ、、、!一体何を、っ、⁈」


議事堂に一つの死体が出来上がる頃になってようやく長老が何が起きてるか理解し声を荒げる。


  事態を飲み込み怒り狂う諸侯達に取り押さえられるファーバー公、呆然と立ち尽くすアメリア、立ち上がり怒声を上げる他家の諸侯達を尻目にエルヴィンはローブから無線機のような物を取り出し合図する。


 「始めろ。」


議事堂が混沌となる中、轟音が響き激しく地を震わせる。議事堂の外王都の城下町からは爆音とこの世のものとは思えない悲鳴が響き渡る。

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ショタコンな私、悪魔に転生して真実の愛を見つけました。〜悪魔に転生して100年、溺愛する美少年と添い遂げたのでその年代記を書きます〜 中田涼介 @jeremia

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