第8話 V① 選定の儀
多くの人々が賑わう王都の通りを歩くその男と一団は傍目から見てもかなり目立つようで行き交う人々が何度も振り返りヒソヒソと話始める。
「あまり気分の良いものではないな。やはり領地にいる方が心休まる。」
長い金髪を風に靡かせて、蓄えた髭をさすりながら厳しい顔をさらに顰めてブラームス家の当主、ヴィルマーは娘に話しかける。
「それはそうですわ。王都の人間など噂好きのくだらない人間ばかり。中枢の貴族達はさらに醜悪よ。」
ヴィルマーの長女、アメリアは母親譲りの美しい顔で毒を吐き周りの視線など気にせずに歩みを進める。
父親譲りの長身と魔力、高い技量の魔法に加えて母親譲りの美しさを持つアメリアは王国でも戦姫として名高い誇りの娘だ。
「しかし、その気の強さは誰から受け継いだのだ?」
ヴィルマーの独り言にアメリアは翡翠の眼を向けて微笑むと、
「それは母上からですわ。父上の前では母上は女ですもの。」
「ぐははは、それは違いない。ヴィルマー様!貴方にも知らぬ面が奥方にはあるということよ!女とは男が理解できぬ生き物よな。」
ヴィルマーとアメリアの後ろを歩く諸侯の1人、まるで熊のように大きな茶髪の男が豪快に笑う。
「長い付き合いだが、変わらんなお前は。これから選定の儀だというのに緊張はせぬのか?」
「無い!ふははは」
ヴィルマーの問いに豪快な笑みのままそのお男は断言する。その様子を見てアメリアは微笑み、父親を見ると、
「レオポルト公にそのような心配など無用ですわ。後ろに続く諸侯達にもね。皆ブラームス家のために戦う準備はできてるはずよ。」
「そうだな、、、。」
気の強い娘に後押しすれてヴィルマーは今一度決意を固めた様子で、目前に迫る王国評議会の議事堂を睨む。
宮廷騎士団にいる2人の息子にも何かあればすぐに動くように言い含めてある。
心残りは領地に残してきた妻と末の息子ヴィルマー、それと他家に嫁いだもう1人の娘のことだ。
負ければ全てを失うことになる。
「今日ここでダールベルク家の不正を暴く。奴は王国の脅威にして政敵、奴だけは王にするわけにはいかん。」
ヴィルマーは後ろに続く諸侯達に振り返り決意を言葉にして伝える。
連れてきたのは諸侯達の中でも長い付き合いの信頼の置ける者達ばかりだ。
「行きましょう。父上。領地に残してきたエルマー達の為にも」
アメリアの言葉に従い、ブラームス家の一団は議事堂の門を潜り入っていく。
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選定の儀を控えた議事堂の中はすでに多くの貴族達で溢れており皆血走った目で入ってきたブラームス家の一団に振り返る。
「誰を見てる?」
アメリアが冷たい目で魔力を少し纏い威圧すると、皆そそくさと目を逸らし話し始める。
「やめておけ。ここで殺し合うわけじゃ無いんだぞ。」
ヴィルマーが手を前に出して遮ると、アメリアは目を閉じて落ち着きを取り戻す。
「そうですわね。つい。」
どこまでも勝気な娘にため息をついてヴィルマーは額を抱える。
ブラームス家の次期当主としてここ数年ヴィルマーの側に控えてるが、どうにも勝気な所は治らなかった。
それさえ落ち着けば当主として実力も人望もあり完璧なのだが、当分は様子見だろう。
「ヴィルマー様、アメリア様。こちらです。皆お待ちしておりました。」
人でごった返しになっている中で、1人の痩せた男がヴィルマー達に近づき声を掛ける。
その男は短い茶髪は癖があり、目の下には隈がある。肌は青白く不健康そうな見た目だが身なりは良く一目で貴族と分かるような格好だ。
「おぅ!バルトルトの野郎来てたのか!また痩せたか?」
大柄なレオポルト公がバルトルトを羽交い締めにしてふざけると、バルトルトは心底嫌そうな顔を隠さずに振り解く。
「ブラームス家の陣営はあちらです。他の諸侯も皆集まっております。」
「ご苦労、ファーバー公。ではそちらに行くとする。」
諸侯の1人、バルトルト・ファーバー公はヴィルマーに頭を下げて人混みを掻き分けて一団を席に案内する。
ヴィルマー達の陣営は半円形の議事堂の端の方、ちょうど4分の1の一角を占める割合で集まっていた。
その先の魔水晶を挟んで向こうの席にはダールベルク家の陣営が陣取っている。
半円形の真ん中、ブラームス家とダールベルク家に挟まれる形で4大貴族家のフェルスター家とアーベルハルト家の陣営も揃っている。
ヴィルマーが席につくとちょうど向かいに陣取るダールベルク家の当主、エルヴィン・ダールベルクと目が合い、険しい顔で睨む。
「遂に始まりますわね。あの古狸が王になる事だけは阻止します。」
アメリアが冷たい目で初老のエルヴィンを睨みながら言い放つ。
「ああ、奴は帝国と通じている。この王国に巣食う癌だ。取り除かねばならん。」
ヴィルマーがアメリアと目配せしながらダールベルク家の陣営を観察すると、エルヴィンの隣には息子と思しき男が座っている。
ダールベルク家の特徴の黒い髪を短く切り揃えた平凡な顔立ち、中肉中背の特徴の無い男だが、その実力は父エルヴィンを凌ぐと言われている。
稀代の天才と呼ばれながらもその悪辣な性格からエルヴィンからも警戒されているという黒い噂の絶えない男だ。
そのエルヴィンの息子、フリッツ・ダールベルクがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらアメリアを舐め回すように見ているのに気づく。
「どうやら奴はお前に気があるらしいな。」
不快に顔を顰めながらヴィルマーはフリッツを威圧すると、フリッツは笑いながら手を振って相手にしない様子だ。
「奴の事は昔から知っています。豚の糞よりも価値の無い男です。私に近く気なら切り落とします。」
「豚の糞はよせ、、、。それに、切り落とすって何をだ、、?」
アメリアのあんまりな言いようにヴィルマーは頭を抱えてため息をつく。幼い頃は天使のように可愛かったのにどこでそんな言葉を覚えたのか。
「ナニをですわ。アーベルハルト家は我関せずといった様子ですね。フェルスター家の当主も何を考えているのやら、ダールベルク家についてるわけではなさそうですが。」
まだ騒つく議事堂の中で西を支配するアーベルハルト家の当主、御歳72というゲラルト・アーベルハルトは手を前で組んで顎を乗せ興味なさそうに周囲を睥睨している。
頭髪は無くなり、顔に無数のシワを刻んでも覇気は失われていないようで目には鋭さが残っている。
隣に立つ歳若い美しい女、アストリットは孫でアメリアとは旧知の仲らしく目が合うと軽く会釈する。
そのアーベルハルト家の隣に陣取るフェルスター家の陣営は国境で頻繁に戦争をしているためか猛者揃いで険しい顔で当主の脇を固めている。
フェルスター家の当主、ジークハルトは王国南部一帯を支配しており4大貴族家の中で最も軍事力を保有する家だ。
ただ彼の行き過ぎた魔法士至上主義という思想により魔力の無い民達から大きな反発があるらしい。
燃えるような赤く長い髪を七三で分けて流した美丈夫だが、4大貴族家で最も若い当主で戦慣れした猛者だ。彼を敵に回す者はいない。
「4大貴族家は癖の強い者だかりだのぅ。ワシらブラームス家の諸侯は幸せよな。ヴィルマー様は誰よりも公平公正、皆から慕われておる。」
ヴィルマーの隣に座るレオポルト公が珍しく茶化さずにしみじみと気恥ずかしいことを言い、ヴィルマーは顔を逸らして隠す。
その様子にアメリアが微笑むと議事堂に木の鎚を叩く音が何度も響き辺りが静まり返る。
祭壇の上に置かれた魔水晶の前に長老の一団が現れ評議会に集まった人々を見渡す。
「静粛に!これより王国の未来を決める選定の儀を始める。慣例に従いこの魔水晶が王を定める!」
4大貴族家とその諸侯達、王国の中枢が集まるこの評議会で停滞していた王国の未来が動き始める。
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