第7話 E② 報告会

 王国の東部一帯を治めるブラームス家の居城、その一室の窓から妖しい赤い光が漏れる。


 その部屋の床には魔法陣が描かれていてエルマーの詠唱とともにその光が増していきついに最大限の輝きを放ち、異形の者が姿を表す。


 黒々とした太い角を生やした山羊頭の醜悪な怪物、レッサーデーモンが魔法陣の中心で膝を折り頭を下げて服従のポーズをとっている。


 「レッサーデーモン。王都に行って情報を集めろ。捕らえられないようにな。」


「御意」


 レッサーデーモンは面を上げることなく主の言葉に頷き、霊体化してその場を離れる。


 ーー本当はもっと低位の悪魔でもいいけどこれも練習だ。


 魔力が体から抜けていくのを感じながら自らの思惑を正当化する。


 エルマーが悪魔の召喚と使役を始めてから遂に一年が経ち、随分と手際も良くなってきた。


 「まだまだ上位の悪魔は召喚できないけど、中級以下の悪魔なら何体も扱えるようになったしきっと十分な戦力になる。」


 ここ一年で悪魔達を使役して常に新しい情報を仕入れるようにしている。そのおかげで今の王国の状況も10歳の少年が知り得ないような重大な事まで把握している。


 「北のダールベルク家が勢力を伸ばして父上の勢力とぶつかっている。西のアーベルハルト家の爺さんは静観しているが油断ならない人だ。南のフェルスター家は強大な軍事力を持っている。」


 机に広げた王国の地図と悪魔達からの情報を併せて頭から煙が出そうになるほど考える。


 王国は代々5大貴族家の中から王が輩出されて来た。ここ数十年はその一角のキルステン家の統治が続いていたがそれも一年前に王が倒れ魔水晶による王の選定を行うことになった。


 力を無くしたキルステン家に代わり、有力な王候補となるのは北のダールベルク家と西のアーベルハルト家、南のフェルスター家と東のブラームス家だ。


 今ではキルステン家を除いて4大貴族家と呼ばれている。


 ーー中でもダールベルク家は黒い噂しか聞かない。王が存命中の時から暗躍していて帝国と繋がっているという噂だ。


 「それが最近では隠すこともせずに力を強め続けている。」


 ーーもし、きっと父上が王に選定されることがあればダールベルク家は強硬な手段に出るかもしれない。


 ダールベルク家の領地にも悪魔を送って何度も情報を探ろうとしたが強力な結界に阻まれて低位の悪魔では手も足も出なかった。


 「人が多く集まる王都ならきっと何か得られる情報があるはずだ。母上のためにも、、、!」


隣の部屋で眠る母の事を思い出して唇を強く噛み、血が滲み出る。


 ここ数ヶ月で母は急に体調を崩し始めて容体はますます悪くなっていく一方だ。


 ーー呪術の類かと。


 すぐに自然な病ではない事に気づいた。真っ先に他家からの攻撃であることを疑い、悪魔に調べさせたところおそらく呪術による攻撃だということが分かった。


 ーー推測でしか無いが、おそらくダールベルク家だ。


 ダールベルク家の当主には広い闇の人脈もあるしブラームス家を敵視している。呪術師を雇って攻撃したに違いないとエルマーは睨んでいる。


 「必ず治してみせる、、!母上に呪いをかけた奴は必ず殺す。」


机を拳で叩き決意を固める。呪術師からかけられる呪いを解くにはかけた本人を殺すのが一番確実な方法だ。


 怒りの形相で地図を睨みつけていると、先刻放ったレッサーデーモンが戻ってきて実体化して跪いているのに気づく。


 「報告しろ。」


「は。呪術師の情報は掴めませんでした。何せ手掛かりが殆どありませんので。しかし、いくつか耳に入れるべき情報も持って参りました。」


期待していた答えが帰って来ずにエルマーは不満に顔を歪めて顔を逸らす。


 「話せ。」


「は。ダールベルク家の領地で一騒動あったようです。ダールベルク家の当主の弟に当たる公爵が召喚した悪魔に殺されて宮廷魔法騎士団が救援に。交戦むなしく悪魔を捕らえることはできず公爵の領地は焼け野原になったとのことです。」


敵の不祥事に思わずニッと笑みが溢れるのをエルマーは自覚する。


 ーー損害は微々たるものだろうが、足を引っ張るには十分な出来事だ。禁忌とされる悪魔を召喚してましてや殺されるなんてダールベルク家の評判は確実に地に落ちるはず。


 「それで、当主の弟を殺した悪魔はそんなに上位の悪魔だったのか?それとも弱すぎてレッサーデーモンに殺されたのか?」


エルマーは上機嫌になりつい笑い転げそうになるのを堪えて跪いているレッサーデーモンにことの次第を聞く。


 「強力な悪魔です。我ら下位の悪魔にとっては王にも等しいお方。この国にもその名は轟いているはずです。」


 何となしに聞いたくらいだったのにレッサーデーモンから想定外の答えを聞いて固まる。


 それに、妙に持ち上げるような言い方をするのも気になる。悪魔には階級があるのは知っているがこいつらにも尊敬するという気持ちがあるのだろうか?


 エルマーの訝しむような表情を読みたったのか、レッサーデーモンは感情の無い声で話を続ける。


 「尊敬とは少し違うやもしれませぬ。畏怖です。」


低位の悪魔にここまで言わせるその悪魔とは何者か純粋に興味が沸いてきたエルマーは話の続きを促す。


 「まさか公爵級の悪魔か?そんなレベルの悪魔が人間界に召喚された話などこの数百年で一度も無いはずだ。」


「血染めの花嫁です。伯爵級ですがその力は公爵にも匹敵すると言われています。ご存知では?」


その名を聞いてピタリと体を止めてレッサーデーモンに振り返る。


 王国の子供なら誰もが幼い頃から聞かされる話だ。悪い子は血染めの花嫁に攫われると。


 「本当に実在するのか?血染めの花嫁は」


 この100年で王国を始め、帝国、都市連合国家など世界中で暴れ回り伝説を残してきた有名な悪魔で誰もが知っているが、伝え聞く話でしか知らない御伽話に出てくる登場人物のような存在だ。


 というのも、彼女を見た者のほとんどが殺されているからだ。子供には手を出さないという変わった悪魔らしいが恐ろしい悪魔であることは間違いない。


 必ず純白のドレスで現れ召喚した者を殺すだけじゃ飽き足らず、破壊の限りを尽くし返り血でドレスを真っ赤に染めるという。


 「は。実在します。王侯貴族の大悪魔達でさえ彼女と戦うことは避ける程です。もしエルマー様が彼女と相見えることがあるのなら真っ先に逃げるのが得策でしょう。」


 レッサーデーモンの生真面目な返答にエルマーは少し肩透かしを喰らう。一年程この個体を使役して付き合いも長いがどうも堅物で面白くない。


 「わかったよ。会うことなんて無いと思うけど気をつけるさ。それで他に報告は無いのか?」


エルマーの投げやりな言葉にレッサーデーモンは少し不満げな顔をしつつ次の報告を上げる。


 「ダールベルク家について大きな情報を得ました。一月後の選定の儀を控えた今何やら大掛かりな準備をしているようです。」


レッサーデーモンの回りくどい言い方に少し苛つきながらエルマーは話の続きを催促する。


 「帝国から何やら物資を運んできているそうです。それも大量に。おそらく武器か何かだと推測されます。」


  「ここにきて帝国か、、、。」


レッサーデーモンからの報告にエルマーは頭を悩ませる。


 王国の隣に位置する帝国はちょうど10年程前に一度滅亡している。自らの属国であった小国に滅ぼされて飲み込まれたのだ。


 それから生まれ変わった帝国は力を増していき王国とも小競り合いだが、しばしば戦争になっている。


 だが、問題はそこではなく、生まれ変わった帝国の軍事力だ。ワームテールと呼ばれる男が帝国を統べるようになってからは未知の強力な武器を使うようになり軍事力を拡大し日に日に版図を広げている。


 ーー帝国にも悪魔を放って情報を集めるべきだったか。


 「父上達は?」


帝国の事は問題が大きすぎて今のエルマーにはどうする事もできずに、父の状況を聞く。


 「父君ヴィルマー様と姉君アメリア様も王都でダールベルク家を探っているようです。選定の儀で評議会の皆が集まる時にダールベルク家の悪事と不正を告発するようです。」


 不穏な返答にエルマーの心臓は鼓動を早める。額からは汗が流れて動揺を隠せない。


 「戦争になるな。」


「そうなるかと思います。父君も諸侯達に命じて戦力を整えているご様子です。」


ーーあと1ヶ月、誰が王になろうと戦争は起きる。


 「わかった。報告ご苦労だった。」


エルマーの言葉に返事は返さずにレッサーデーモンは頭を下げて霊体化してその場を去る。


 窓を開けて淀んだ空気を入れ替えると、そとにはブラームス家の城の回りを徘徊し警備する悪魔達が見える。


 この一年従える低位の悪魔の数は30を超えた。闇魔法を得意とするエルマーに相性が良かったのか覚えは早く、我流で学び続け着実に成長した。


 「父上、姉上どうかご無事でありますよう。」


悪魔を使役しながら神に祈るという矛盾を孕んだままエルマーは家族の無事を祈った。

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