第6話 E① 忍び寄る脅威

 エルマー・ブラームスは王国の大公爵ブラームス家の5人兄妹の末の息子として生まれる。


 歳を取ってからできた末っ子だからか兄や姉、両親に溺愛されて何不自由無く育ってきた。


 ブラームス家は王国の東に広大な領土を持ち、当主の人の良さもあってか領民からは慕われ、城に仕える使用人や騎士もいつも笑顔が絶えない。


 「坊っちゃん!廊下を走るのは危ないですよ!」


元気に城の廊下を走り回るエルマーにメイド長が心配して呼び止める。


 「大丈夫だよ!ちょっとお兄様のところ行ってくるよ。」


城を抜けてそのまま庭園で待つ兄のところまで走っていく。久しぶりに王都から帰ってきたという兄に会える事に思わず笑みが溢れる。


 階段を降りた先の噴水の前に兄の姿を確認して流行る気持ちを抑えられずに駆け足で階段を降りていく。


 「あぁっ!エルマーそんなに慌てて降りたら、、、っ」


遠くから兄がエルマーを心配しているのが聞こえる。だが、その心配も遅すぎたのか階段の中ほどを降りたところで脚と脚が絡んで転びそうになる。


 ーーやばっ、、!落ちる⁈


 フッと体が浮き遥か下の階段の一段目まで転げ落ちるという最悪の想像が浮かぶ。


 体が宙で回転して頭から階段に突っ込みそうになる瞬間、階段の左右に植えられている茂みからシュッと黒い影のようなものが出てきて地を這いながらエルマーに向かっていく。


 影はエルマーが頭をぶつける前に包み込み、衝撃を吸収してその場で転げ落ちるのを止める。


 「エルマー!大丈夫か?転んだようにみえたんだが、、、。」


エルマーの兄が魔法を使って急いで階段まで駆けつけると、そこには何事も無かったようにエルマーが階段に座り込んでいた。


 「危なかったぁ。また助けられちゃった。でも、誰なんだろう?」


 ーーいつからだろう?なんだかずっと前から誰かに見られている気がする。皆に言っても信じてもらえなかったけど。


 エルマーがちょうど物心がつくころ、4歳くらいの時から常に誰かに見られているという感覚が付き纏っていた。


 それは悪意のあるものではなく、むしろその逆で妙な温かさを感じるような視線でエルマーがどこに行くにしても付いて来ていた。


 そしてエルマーが怪我をしそうになるような場面では必ず不可思議な力が働いて守られてきた。


 妙なことはそれだけではなく、時折自室のエルマーの私物や服、果ては下着までごっそりと消えていくがあり、これには両親含め使用人たちも皆が頭を悩ませていた。


奇妙な独り言を言うエルマーを他所に兄は体の隅々まで見て怪我が無いことを確認する。


 「ホントにエルマーは危なっかしいな。帰って早々にびっくりさせるなよ。」


エルマーと同じ長い金髪を手で掻き上げて、急いで来たからか額にかいた汗を拭う。


  9歳のエルマーよりも一回りは高い背丈で宮廷魔法騎士団の制服を着こなす兄は輝いて見えて遠い存在に思える。


 「アルフォンス兄様約束覚えてますか?」


やっと会えた兄にエルマーは目を輝かせて問い掛ける。

 アルフォンスは微笑みながらエルマーの頭に手を置き、優しく撫でながら最後に会ったときの約束に応える。


 「ああ、覚えてるとも。今日はエルマーの魔法の特訓に付き合うよ。」


  期待していた答えが返ってきてエルマーは満面の笑みを浮かべてアルフォンスの手を引く。


 「じゃあ、早くやろう!アルフォンス兄様みたいに色んな魔法を使えるようになりたいんだ!」


「ん〜、そうだね。エルマーは闇魔法を極めた方がいいと思うんだけど、そっちはどれくらい上達したんだい?」


可愛らしく兄の手を引いてせがむ弟を優しい眼差しで見ながらアルフォンスは弟の成長が気になり問い掛ける。


 「闇魔法ならもう上級まで使えるよ!でも僕は兄様達みたいになりたいんだ!炎魔法だって使えるようになりたいよ。」


「良いかい?エルマー。僕に憧れてくれるのは嬉しいけど我がブラームス家は代々強力な闇魔法を得意としてきた家だ。誰よりもその血を色濃く受け継いだエルマーはそのことに誇りを持つべきだよ。」


ニッコリと笑いかけると、エルマーは頰を膨らませてそっぽを向く。

 その様子にアルフォンスは苦笑しながら頭を掻く。


 「アルフォンス帰ってきたのね。こっちにいらっしゃい、積もる話もあるでしょう。」


  二人が城の前の階段で話していると、階段の上から声がする。いつからいたのか母が帰還した兄を手招きしていた。


 5人の子をもつ母とは思えないほど若々しく、色白の肌にブラームス家の証である長い金髪を風に靡かせるその姿はまるで女神のようだ。



 「でも母上!アルフォンス兄様とは僕と魔法の特訓をする約束が、、!」


母に抗議の声を上げるエルマーに、碧い瞳を向けて慈母のように優しく諭すように語りかける。


 「アルフォンスは明日もここにいるんだから、今は休ませてあげなさい。魔法の特訓は明日でもできるわ。」


 正論を言われてエルマーはむっと頰を膨らませて拗ねる。

母親と同じ碧眼には寂しさが過ぎる。


 父親は姉と共に領地を離れて王都におり、兄達は宮廷で魔法騎士団に入って激務に追われている。残るもう一人の姉も他家に嫁いでほとんど会うことができていなかった。


 「炎魔法の稽古は明日だな。ちょっと母上と話があるから食事の後にまた話そう。」


子供らしく拗ねるエルマーにアルフォンスは再び頭を撫でて誤魔化した。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


自室で魔法の書籍を読んでいると隣の部屋から母と兄が話してるのが聞こえてくる。


 先程済ました夕食での和やかな会話とは違い重苦しい雰囲気が伝わってきてつい聞き耳をたててしまう。




 「ん、よく聞こえないな。王様が死んじゃったからその話かな?」


壁に身体を密着させて耳を澄ますと王都に関係する話が聞こえてくる。


 王族が倒れた今魔水晶によう王の選定が始まるのは子供のエルマーですら知っている。


 まして王国の中枢を占めるブラームス家は次代の王候補の有力な候補だ。


 好奇心を抑えられずエルマーは話を盗み聞きすることに決める。


 「盗み聞きなら闇魔法の得意分野さ。」


魔力を練り上げ掌を壁に当てて魔法陣を展開する。発動すると闇が掌から広がりそのまま壁の中に入っていく。


 その闇は隣の部屋を囲むように全ての壁の中に侵入していき、振動を拾って壁伝いにエルマーの元まで2人の会話内容を運び届ける。


 「すでにこちらの勢力は切り崩し工作を受けています。おそらくフンメル家、ヨードル家は敵に取り込まれたかと、、。」


兄が苦しい表情で話しているのが想像できる。言葉は重たく空気は張り詰めている。


 確かフンメル家もヨードル家も長年ブラームス家に仕えてきた諸侯達だ。

 一度父上が催した宴に両家の当主達も招かれていて挨拶した記憶がある。


 その諸侯達が敵に取り込まれたと聞いては子どもにも事態の深刻さが伝わる。


 「そうですか、、。もう戦争は避けられないの、、、?」


悲哀に満ちた声で母が兄アルフォンスに縋るよううに問いかける。

 ずっと一緒に生きてきてこんな母の震える声を聞いたことがないエルマーは動揺する。


 「ええ、、。今は水面下での小競り合いですが、選定の儀が始まる頃には必ずこの国は内戦を迎えます。どの家の者が王に選ばれようとそれは避けられないでしょう。退くことは死を意味します。」


 アルフォンスの容赦の無い言葉に場は静まり返る。母は俯き顔を手で覆って沈黙する。


「今まさに父上と姉上は王都で評議会の勢力図を塗り替えようと戦っています。当分こちらには戻ってこれないでしょう。」


「ええ、貴方達が戻って来るまでは私がこの家を守ります。エルマーにも傷一つつけさせないわ。」


 母の悲痛な覚悟を孕んだ言葉を隣の部屋で聞いてエルマーは強く決意する。


 ーー僕がこの家を、母を守らなきゃ


 闇魔法を解いてスッと壁から離れてこれからどうするべきか思案する。


 9歳ながらもエルマーはかなり賢い方だ。元々持って生まれた魔力も膨大で魔力量だけなら兄姉達にも負けない。


 それに加えて国の歴史、地理、貴族家の名前も全て頭に入っている。家庭教師の授業が終われば自らの修練に日夜励んで闇魔法なら上級レベルまで扱える。


 「あと一年、、、。選定の儀までに母と家を守れるくらいに強くならなくちゃ。」


蝋燭の光で照らされる机の上に積まされている本の中からふと召喚魔法についての分厚い本が目に入る。


 結局一度も読まなかったその本を手に取りふと考えが浮かぶ。


 ーー今までやろうと思ったことも無かったけど、もしかしたら闇魔法しか使えない僕でも召喚魔法は使えるんじゃないか⁈


 召喚魔法とは悪魔や精霊を異界から呼び出し使役する魔法だ。しかし誰にでも使える訳でも無く、精霊は仕える相手を選り好みするし全くその素質の無い人間の方が多い。


 上位の精霊使いともなればその数は世界でも数えるくらいしか居ない。


 対して悪魔はこの国では禁忌とされていて忌み嫌われるものだ。なによりも召喚に不備があれば契約の穴を突いて悪魔にとって食われるリスクが常に付き纏う。


 「精霊使いの素質は、、たぶん僕には無い。でも低位の悪魔くらいなら使役できるかも。」


ーーとにかく自分の手数を増やすんだ。闇魔法以外使えない僕にはこれしか無い。


 埃を払い、分厚い本を開き蝋燭の灯りを頼りに読み始める。


 ーーこんなこと母上に知られたら怒られてしまうかも。


読みながら普段微笑みを絶やすことない穏やかな母が静かに怒る様子を思い浮かべて一人苦笑する。


 「まずは、、魔法陣の描き方からか、、。難しいな。」


エルマーの部屋の窓からは蝋燭の光が漏れ、それは朝まで途絶えることは無かった。


 そしてエルマーは内に眠る新しい才能を自覚することになる。

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