第16話 そして次の日

 目覚ましの音が聞こえた。その音で僕は眠りから叩き起こされた。


 まだ眠りの世界に取り残されつつある両目をこすりながら目覚ましを止める。

 部屋を出てリビングに向かうと、朝ご飯はとうに出来上がっていて湯気を立てていた。冷たいお茶を一口飲み、朝食を食べる。

 別に誰も見てはいなけど垂れ流しにされている朝のニュース番組に目をやりつつ朝ご飯を口に運んでいく。起きるのが遅かったせいであまりのんびりしてはいられない。朝食を食べ終えれば、すぐに洗面台に向かって歯を磨く。そして、家を出る直前にチラリとテレビ画面に映る星座占いを見る。

 魚座は、十二位。最下位だ。


「プラシ……じゃなくてバーナム効果、バーナム効果。気にしない気にしない……」

 

 口の中でそう呟いてから、「行ってきます」と家を出た。

 家を出てすぐの横断歩道。昨日、藤崎が言ったこともあり多少気を張って渡ることにしたが、何てことはなく無事に渡ることができた。それから学校に着く。

 教室に入って席に着く。藤崎の姿はまだ教室になかった。


「よお」


 一時間目の授業の用意をしていると、そう言って中野が近寄ってきた。


「おはよう」


 そう言って中野を見る。中野はなぜか、ニヤニヤと口の端を上げて僕を見ていた。


「なんだよ?」


 こいつがこんな顔を見せるときは、大抵ろくでもない話があるときだ。言ってみろと促すと、待ってましたと言わんばかりに中野は口を開いた。


「聞いたぜ~」

「何を」

「誤魔化すなよ。お前昨日……」


 中野がそう言いかけて、視界の端に教室に入ってくる藤崎の姿が映った。彼女も僕に気づいたみたいだった。


「おはよう、藤崎!」


 目の前で何かを言っている友人を無視して、藤崎に声を掛ける。良かった、あれから藤崎も無事に家に着いたんだ。昨日、あれから家に帰っても彼女は無事に家に帰れたのかと心配だった。そのせいで今日は目覚ましに起こされることになった。

 藤崎も同じ事を心配していたのか、僕を見ると頬を綻ばせた。それから彼女は僕たちの方へと近づいてくると、


「おはよう……俊」

「しゅ、俊!?」


 藤崎はあろうことか僕の下の名前を呼び捨てにして呼んだ。確かに昨日呼び捨てでいいとは言ったけど……まさか名字じゃなくて名前のほうを呼ぶなんて!


「……なんてね」


 そう言って笑うと、藤崎はさっさと自分の席に向かって去っていった。残された僕と中野は、二人して唖然としていた。冗談、なのか……?


「お、おい!! どういうことだよ!?」


 ようやく正気を取り戻したのか、中野が僕に唾を飛ばしてくる。


「い、今、藤崎さんがお前の事を名前で呼んだよな!? しかも、呼び捨て!」

「いやほら、冗談でしょ。最後に、『なんてね』って言ったし」

「冗談にしても、だ!」


 中野がグッと近づいてくる。


「昨日、お前と藤崎さんが二人で一緒に帰ったっていうネタはもう上がってるんだ!」

「いつのまに!?」


 中学生の噂の広まる速度は恐ろしい。今、そのことも身をもって感じた。


「これまで全くそんな気配はなかったのに、それだけで驚きだってのに! 今の会話。たった一日でどれだけ距離を詰めてるんだお前! そこまで進んだ中だなんて聞いてないぞ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着けって」


 中野は口を開く度にどんどん声が大きくなっていく。おかげで、周りのクラスメイト達も「なんだなんだ」と僕たち二人に目を向けつつある。


「僕だって、昨日の今日で驚いてるっていうか……」

「嘘つけ!お前も藤崎さんのことを呼び捨てで呼んだだろ! ほんのちょっと前までは『藤崎さん』って呼んでたくせに! 白々しい!」


 ヒートアップする中野に、僕は助けを求めて席に座る藤崎に顔を向けた。すると、こちらの様子を窺っていたのか藤崎と目が合い、彼女はフフッと小さく笑った。助けてくれる気はないようだ。それどころか、なんだか愉快そうだ。


 ――さては、藤崎のやつわざとだな!? こうなることを見越して、わざと中野の前であんな風に僕のことを呼んだんだな!


「おい、昨日一体何があったんだよ!」


 中野はしつこく聞いてくる。おまけに、近くにいたクラスメイト達もそれに便乗して「何があったの~?」と口々に聞いてくる。

 僕は家を出る前に見た朝の星座占いを思い出す。

『魚座。最下位。秘密がバレてピンチかも?』

 テレビはそんなことを言っていた。その場合の回避方法は……聞いていなかった。

 離れた位置で傍観者を気取ってこちらを見て笑う藤崎を見て、あることを思いつき僕は言った。


「……それは、僕の口からは言えないな。藤崎に聞いてみないとなんとも」


 それを聞くと、僕の周りに集まった野次馬たちは一斉に藤崎の方を見て、彼女の席へと詰め寄った。


「えっ、え?」


 藤崎の戸惑うような声が聞こえてきた。

 けれど、人の隙間から見える藤崎は笑っているように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きじょうの空論 雨野 優拓 @black_09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ