第9話:新生活

 健太朗は中学生に、優希は小学4年生に、慎太朗は小学2年生にそれぞれ進級して新たなメンバーでスタートした。


 健太朗は今年からは日本語の全く聞こえてこない環境に身を置くことになり、彼は少し不安だった。ただ、自分の英語力を評価してもらえたことで彼の持っている英語力には自信が持てたのだろう。


 そして、健太朗は中学校の入学式に参加した。今年は国際コースの新入生は逸材が多く、今年の合格ラインは285点以上と例年と比べると若干低くはなったが、点差は昨年よりも5点低いだけだ。それだけこのコースに入ってくる子供たちのレベルが高いのだ。そのため、周囲を見渡すと勉強が出来そうな顔をしている人、メガネを掛けている人が多かったのだ。実は少し前に小学校の英語の先生に聞いたところここの中学校に入学するためには学校によっては受験する為に必要な基準値を提示されてその基準値を目指して学校の勉強と受験勉強を並行して学習していくこともあるため、ほとんどの子は“人生をかけた受験”という認識を持っている場合もあるのだ。そして、受かるために周囲と競争することでモチベーションを高めてきた部分もあり、少し話しにくいオーラが出ていたのだ。


 入学式も順調に進み、各コースの学科長からの入学の祝辞の時だった。普通コース長の桑原先生の祝辞が終わり、今度は国際コース長のブラウン・ステファン先生が祝辞を読み始めた。実は毎年事前に英語科の先生が原稿を翻訳してスクリーンに映し出すようになっていた。今年のテーマは“グローバルな人材“というどこか中学生には少し早いかもしれない話だった。


 ただ、毎年コース長のブラウン先生の話は国際コースの生徒には翻訳なしで聞くことがこれまでの慣例になっていた。そのため、健太朗は聞き取れるか不安だったのだ。


 先生が流暢な英語で話している光景を見るとどこか新鮮な気がした。今までは全てが日本語だったこともあり、内容を理解することはそこまで難しくなかった。


 今は日本語を使わずに英語だけでスピーチが進んでいく。そのため、彼にとっては初めての経験であり、これからこのような授業形態で進んでいくと思うとどこか面白そうと思う反面、理解するまでに時間がかなりかかってきた彼にとって少しやりにくかったのかもしれない。


 そして、式典が終わり、教室に戻った。国際コースは基本的に学年で4クラスある。ただし、授業は全て習熟度別のためクラスによっては移動しなくてはいけないのだ。


 彼のホームルームは1年C組だった。これは入学時のテストとは関係なく、各クラスに1人ずつ特別合格の生徒がいるのだ。クラスの仲間も優しそうな子が多く、彼にとってはすごく素敵な仲間に恵まれている。


 今日は初日ということもあり、クラス内で自己紹介をしたり、教科書を受け取ったりとこれから始まる学校生活に必要な物を集める時間になっていた。


 翌日、学年全体で交流プログラムが持たれた。この学校では毎年新中学1年生は系列校からの編入生とそうではない子との壁を作らないようにお互いを知る時間を作っていたのだ。今年の編入者は15人、一般合格者は85人だったため、お互いの事をお互いに知るには多くの時間は必要なかった。


 そして、週が明けると本格的に授業が始まった。彼は最初戸惑っていたが、次第に授業に慣れていき、次第に自分のペースで学習が出来るようになっていた。


 一方で、優希は兄の背中を追って猛勉強していた。というのは、優希は幼少期から「お兄ちゃんみたいに頭良くなりたい」と言って兄の近くからずっと兄の行動を観察しているほど兄のことが小さいときから好きだった。だからこそ、東山国際学園の制服を着たいと思ったのだ。しかし、東山国際学園の女子生徒は学年の3割程度で、ほとんどが学区外から来る生徒のため、大手塾などに通っていない彼女にとっては大きな壁になってしまう可能性があるのだ。


 しかし、彼女には受験に勝つための秘策があった。それは、友達のお母さんに海外出身の友人がいると聞いて時間のあるときに教えて欲しいと懇願したのだ。なぜなら、彼女は兄と違って英語は得意だが、コミュニケーションが少し苦手だった。そのため、週に何回かでもそういう人と交流を持つことで少しは改善されていくのではないかと思ったのだ。そして、お母さんの友人に連絡を取ってもらい、無事にアポイントを取ることが出来た。その報告を聞いて彼女はホッと安心した。


実は二人が通っている小学校は英語のクラスが1年生から盛り込まれていて、本格的にクラスが始まるのが3年生からなのだが、その時点で子供英会話教室などに通っている同級生はアドバンスクラスといって授業から全て英語で始まる。つまり、この時点で英語力に差が出来てしまうことで彼女なりに焦りが出てきたのだろう。彼女は友達とも遊ぶことは少なくなり、毎日兄が使っていた英語の教材や参考書をひたすら勉強していて、来学期はアドバンスクラスに行って、受験に備えたいと思っていた。


 一方の慎太朗も2年生になり少しずつお兄さんらしくなってきたこともあり、行動も以前のように自分勝手に動くことも、勉強も以前は「やりたくない!」と家中を逃げ回っていたが、今となっては別人のように宿題や塾の課題などをやるようになり、学校でも塾でも文系科目は常に上位にいるほど頭は良かった。ただ、彼は集中し始めてしまうと周りが見えなくなるという難点はあったが、それも個性だと思った両親は彼に対して特段注意することなく過ごしていたのだった。


 そして、上3人が年度初めの定期テストと月間テストとその結果を持って家に帰ってきた。一番先に慎太朗が得意げな顔で母親に見せた。なんと全科目で95点以上を取っていたのだ。母親は一瞬「まさかカンニングしたりしてないよね・・・?」と心配になった。


 実は彼は1年生の時にテストでカンニングして先生に怒られそうになったことがあった。その時は彼が隣の席の男の子をカンニングしたのではなく、机の中からカンニングペーパーを作ってカンニングしていたため、先生も終わるまで気がつかなかったのだ。


 そして、彼が帰ってきてから1時間後に優希が帰ってきた。もちろん、彼女も成績は良く、慎太朗と同じように点数も一定の基準を満たしていて、母親は安堵したのだった。


 しかし、健太朗に関してはちょっと不安があった。というのは、今回の定期テストは上位20番までに入らないと来年度のクラス編成でAクラスには入れないのだ。彼は現時点で学年25位と少し出遅れている感じがあった。そのため、彼にとっては少しでも良い成績で試験を終えたかったのだろう。


 彼は部活を終えて帰宅すると、がっくりと肩を落とし、笑顔のない顔で母親と兄弟がいるリビングに入ってきた。


「母さん。これ結果。」


 彼はこう言って母親に結果を渡すと急ぎ足で部屋に行ってしまった。


 母親が彼の置いていった紙を見ると「総合順位45位」と書いてあった。前回は25位だったが、一気に45位まで下がってしまった。しかも、学年順位は普通コースと国際コースで一緒の統計に入っているが、国際コースは100人ほどしかいない。その結果、下位クラスで学ぶことになると来年度もCクラスからスタートになるか、Dクラスの1位とCクラスの25位が入れ替えということも十分に考えられるのだ。


 母親は父親が帰宅してから夫婦で話し合うことにした。なぜなら、彼の入学から今までの行動を見ていると不安な部分が多かったからだ。ただ、幸いなことにいじめなどは確認されていないため、彼がこれまでの学校生活で苦しんできた人間関係や交友関係の拡大は今のところは大丈夫だと思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隠る心 NOTTI @masa_notti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ