第8話:合格発表
受験してから1週間が経ち、知らぬうちに受験モードから日常モードに徐々に変わっていた。全体で卒業に向けた話し合いや学年末テスト・月例テストなどのテストがどんどん入ってきて受験したことを忘れてしまうほど忙しく動いていた。
そんなときに健太朗は合格発表までにやりたいことがあった。それは、国際コースに入るともう日本語はめったに使う事は無いため、思う存分日本語を使おうと思ったのだ。もちろん、学年で国際コースを受験したのは彼一人で、他の子たちは日本語と英語が半々で授業が進むため、日本語を使う機会は大きくは減ることはない。そのため、彼らの中にある母国語のベクトルはどんどん遠くなっていく。
そして、合格発表前日になり、受験した子供たちは動揺を隠せなかった。そして、明日には自分たちの進むべき場所が決まるということもあって、彼は心臓が飛び出しそうなくらい胸のドキドキが止まらなかった。同じ学校を受験した他の子たちも同様だったが、他の子たちは滑り止めとして別の学校も受験する予定だったところを単願受験にした子供たちもいたため、お互いの本気度が垣間見えていた。
子供たちにとって合格発表前の最終登校日だったため、受験をした子たちは授業に身が入らなかった。そして、学校が終わると翌日に控えた合格発表の不安におびえながら先生たちに見送られて下校していった。その背中はどこか悲しい旋律を奏でているようだった。その背中を見て先生たちは少し不安になっていた。
もちろん、彼らの合格を心から願っているが、どこか彼らの受験が二極化してしまいそうな一抹の不安があった。
それだけでなく、今年の6年生は学力も二極化していて、公立中学校に進学する子供たちも私立中学校に進学する子供たちも学力にはムラがあるため、無事に合格してもきちんと学校生活が送れるのか分からない子供たちも数人いたため、先生たちとしては不安しかなかったのだ。
そして、合格発表当日の朝を迎えた。今朝は雲ひとつない真っ青な青空が彼らを迎えてくれた。それは、まるで合格を祝福しているようだった。
階段を降りると昨日とは違った世界が広がっているように感じた。彼は朝食を食べて、学校の制服に袖を通し、受験した仲間たちが待つ集合場所に向かった。
そして、約束の時間に集まって一緒に合格発表を見に行ったのだった。
まず、健太朗以外の同級生が受験した普通コースの合格発表が行われた。今年は最大合格者数が140人と例年に比べると増えてはいるが、特選クラスは30名という狭き門だ。そして、受験生の中には含まれていない附属小学校からそのまま進学する人数が40人いることを考えると、かなり熾烈な争いになるのだ。
もちろん、受験した子たちは特進クラスへの合格が目標だが、最低でも進学Bクラスに入る事が出来ると上のクラスを狙うには十分すぎるぐらいの位置に付ける。
そして、時間になり合格者の受験番号が公開されると会場から喜びと悲しみの声が交錯していた。ある人は無事に合格してお友達と抱き合い、ある人は不合格になってしまい、今までの努力の結晶が滴となって地に落ちていった。これが天国と地獄ではないなら神様はその子たちにどのような将来を用意したのだろうか?
健太朗の同級生たちも合格発表を終えて、健太朗が待っている場所に戻ってきた。
なんと、同級生全員が合格していたのだ。しかし、希望だった進学クラスの選抜試験の受験資格を得たのは40人受けて7人だけでその7人も合格Aだったため、ギリギリの合格だった。この学校は合格Sもしくは合格AAでないと選抜試験は免除されない。そのため、進学クラスに入るには合格Aの場合、試験を受けて合格AAの子達の最低点数以上を取らないと入ることが出来ないのだ。今年はまだ分かっていないが、昨年は3科目290点以上だったため、正答率95%以上は取らないと進学クラスには進めないことになる。
次に健太朗が国際コースを受験した友人たちと結果を見に行った。すると、発表ボードが少し大きくなっていた。実は国際コースのみ一般合格と補欠合格で分かれるため、向かって左側に一般合格者の受験番号、右側に補欠合格者の受験番号がそれぞれ記載されているため、受験生たちは一般合格でないとこの時点で入学決定がないのだ。
そして、発表の時間になり、一斉に受験生たちが自分の番号を探し始めた。すると、一般合格で喜ぶ受験生、補欠合格で喜ぶ受験生、不合格で悲しむ受験生とその人の受験戦争の努力の成果が見えてきた。そして、健太朗の順番が近づいてきて恐る恐る掲示板を見た。彼の受験番号は2033だったが、なかなか見つからない。そして、受験コードは20が国際コースのため、あと10人しか一般合格として記載されていないことになる。
ずっと番号を追っていくと、彼の受験番号が書いてあった。一般合格かと思った彼はその番号の上の部分を見てびっくりした。それは“一般特別合格”というものだった。彼は最初「これって何か悪いことなのか?」と思った。そして、他の受験生たちは一般合格だったため、条件付きの合格なのかとも思い始めていた。
早速、先生たちに結果報告をするために学校に連絡をした。すると、電話に出たのは進路指導の田村先生だった。そして、健太朗以外の子たちの報告が終わり、健太朗が「先生。自分は一般特別合格だったのですけど、これってどういう意味ですか?」と聞いた。すると、先生が興奮したような声で「健太朗!すごいな。一般特別合格はテスト成績が優秀でかつ面接で25点以上取っている場合、6年間の学費と定期留学費が免除になる合格者のことだ。」と言うのだ。
彼は最初何のことか分かってなかったが、先生の話を聞いて納得した。
そして、先生が「健太朗!その合格者何人だか分かるか?」と聞かれて掲示板を再び見に行くと“特別合格:2015・2033・2075 以上”と書いてあった。先生に「3人です。」と答えると「その学校の一般特別合格はこのエリアの先生にとっては一生に1度巡り会えるか会えないかというくらい名誉なことだから今回健太朗が合格してくれて嬉しかったよ」と感謝の言葉を担任の先生からもらっていた。
この春からは晴れて東山国際学園中学校に進学することになり、おまけに学費も留学費も免除になる。どこか親孝行をしたような気分になった。
後日、合格通知書と必要書類の入った封筒が家に届いた。その中に払い込まなくてはいけないお金のリストが入っていたが、彼は特別合格入学生なので、支払うのは入学金だけだった。ただ、入学金は30万円と決して安くはない。しかし、特別合格の人以外は70万円納めなくてはいけないことを考えるとまだ親孝行をしているのだろう。
合格発表後初めての登校はどこか世界が変わっていた。そして、周囲の子たちもそのことを察していて、受験に関しては何も聞いてこなかった。そして、みんなとお別れするまで今月を含めてあと2ヶ月に迫っていた。
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