第3章  浮石地帯編

017 引きずる関係

 無数の星々と青い光が天上から見下ろす、白く荒れ果てた大地が広がる。巨大な岩が険しい山となって連なり、徒歩では移動すらままならない。周囲には水や食料も存在せず、常は静寂に包まれているその場所。


 しかし今は、数多の音が響いていた。


〖千明、八時方向! 数一〇!〗

「了解、迎撃します!」


 操縦席でレーダーを見守るヒューゴから入った通信に従い、千明は双銃剣を構える。視線の先には、回遊するように宙を泳ぐ翅を持つ魚のマガツキ。それらは群れをなして、移動するホバーシップへと躍りかかってくる。


 まだ距離のある敵へと、千明は狙いを定めてトリガー。双銃剣が火を吹き、霊素の弾丸が白い尾を曳く。狙い違わずマガツキへと直撃し、その都度に敵の数を減じてゆく。


〖アルティは三時方向! 数は二!〗

「わかりました」


 他方向からも襲撃を受けているらしく、千明同様にアルティが霊奏術で迎撃している。少女の術は威力精度共に凄まじく、肩を並べた千明は舌を巻いていた。


 やがて半数以上を撃墜した千明は残りのマガツキへと狙いをつけて。


「――グリッターレイ」


 背後から奔る閃光が千明の頭部を掠めて、残敵を纏めて貫いた。


 振り返ると、冷めた視線を向けるワインレッドの瞳。


「こちらが先に終わったので『援護』しただけです。何か?」

「……いえ、なんでもないです。ありがとうございます」


 千明の返答に何も言わず、アルティは踵を返して船内へと戻ってゆき、


〖……またなのかい〗


 やり取りを聞いていたであろうヒューゴから通信が入った。


「……はい、またです」

〖流石にそろそろなんとかしてもらわないと、こっちの心労もきついんだけど〗

「……前向きに検討します」

〖……それって前に言っていた、千明の世界でのダメなやつの典型例だよね。まぁ、詳しい話はあとからだ、引き続き周囲の警戒をよろしく〗

「分かりました」


 通信を切った千明は、思わず甲板の手摺てすりに凭れ掛かり、


「……はぁ、気が重い」


 頑なな少女の態度に、千明は心底疲労したかのようにズルズルとへたり込む。


 なにもアルティの行き過ぎた援護は、今回に限った話ではない。今まで幾度も、同じようなやり取りが繰り返されている。


 とはいえ、こうなってしまった原因は千明にあるので、強く言い返せない。


 ふたりの関係は修復できないまま、五日間が経過していた。



  §



 惑星ケイオスと明陽ヘリオス・へメーラ宵月ニュクス・セレーネは両天体との公転関係で、一地点の日照時間が地球の月と同様に二週間ある。日の出から日の入までと、日の入から翌日の出までが二週間で入れ替わるようなものだ。


 その中で、日照期間を〈めいの週〉、非日照期間を〈よいの週〉と呼んでいる。現時点は明の週で、薄墨の空には蒼星と寄り添うように明陽が浮かんでいた。


 この日もドラゴンの痕跡を発見できなかった一行は休憩ポイントを定め、準備に入る。その最中、アルティはひとり船体に体を預けて。


「また、やってしまった……」


 移動中の出来事を思い出し、盛大に頭を抱えていた。


 今回の道行には、キリアを始めとした大勢の命が掛かっているといっても過言ではない。そんな状況下での諍いが、致命的な破綻を招きかねない事は理解している。理解しては、いるのだ。


 無論アルティとて、千明との今の関係を改善させたいとは思っていた。


 だが何故か顔を合わせる度に頑なな態度になってしまい、関係改善の目処は立たない。しかも理由が理由なだけに、ヒューゴに相談する訳にもいかないのだ。


「どうしちゃったんだろ、わたし」


 独白するアルティは、何度も頭をよぎったその問いに、まだ答えを出せないでいた。

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