014 翌日の悲劇

 翌朝、アルティはファルスマイアー邸でもどもぞと目を覚ました。


 キリアの付き添いにルチルを残し、研究所へと引き上げた一行。道中、ヒューゴの言葉通り黒いマガツキは消滅していた。


 しかし、街に残された傷は深く、そこかしこに瓦礫や臨時キャンプが見受けられた。無残に変わり果てたモントサフィールの惨状に、アルティは改めて心を痛めたのだった。


 数多の精神的疲労も相まって、幼い頃からよく利用していた部屋に入る。手早く着替えたアルティはベッドへと倒れ込み、深い眠りに就いていたのだ。


 十分に休息を取ったためか、心労もある程度回復したのだろう。思い詰めていた昨日に比べると、幾分晴れやかな気分だった。


 寝起きのよろしくない少女がそのまましばらく惚けていると、ドアがノックされて。


『アルティさん、起きていらっしゃいますか?』

「……ええ、起きているわ」

『食事を持ってきました』

「ありがとう。ちょっと待ってもらえる?」


 アルティはのそりと寝台から起き上がり、軽く伸びをしてドアを開ける。部屋の前で待っていた霊奏鎧に、


「中へ運んでもらってもいいかしら」

「分かりました」


 千明は頷き、カートに乗せた食事を運び入れて。


「……良く休めましたか?」


 霊奏機関にまで気を遣われる。そんな絵面に、アルティは思わず苦笑を浮かべてしまう。


「ええ、まだ少し眠いけど、疲れはほとんど残っていないわ。ありがとう」

「いえ、またあとで取りに来ます。では、自分はこれで」

「あ、ちょっと待ちなさい」


 アルティはとあることに思い至り、退出しようとする千明を呼び止めた。


「あの、何か?」

「いえ、別に大した用ではないのだけれど」


 セレムレスには、用途に分かれて様々なタイプがある。


 家事全般を担当するタイプや、飲食店などで接客をするタイプ。建築現場などで重労働に勤しむタイプや、マガツキとの戦闘で前に出るタイプだ。恐らくこの千明と呼ばれるセレムレスは、ヒューゴの護衛として開発されたのだろう。


「ふむふむ、どのセレムレスとも形状が違うのね。珍しい形だけど、これはこれですごく洗練されている。博士はいいセンスをしているわね」


 困惑する千明を他所に、トロンとした視線でその全身を眺める。色々あって詳しく話を聞けなかったが、今ならと自身の護衛役を観察する事にしたのだ。


「……アルティさん?」

「動かないで」


 千明から困惑したような声が掛けられるも、アルティは一切頓着しない。仕方なく観察対象に徹する千明だったが、どことなく居心地が悪そうにしている。


 やがてアルティは千明から数歩離れて。



 視線を動かさずにワンピースの寝間着の裾に手をかけ――一気に頭から脱ぎ去った。



 室内照明の中、アルティが瞳を閉じて首を振る。少女の動き合わせて、しゃらしゃらと流れる深蒼の長髪。


 今のアルティは、黒い下着のみを身にまとった姿だった。


 ほっそりとした腕に、白い首筋から続く鎖骨。その下の、黒い下着に包まれた、程よく膨らんだ実り。


 対照的に腹部から腰回りに関しては、すっきりと綺麗なくびれを描いている。下肢を覆う下着から覗く太ももは健康的で、すらりとした足が続く。


 白い肌は、残された下着と相まって見事なコントラストを描き、少女の体を幽玄のように浮かび上がらせていた。


 肌が部屋の空気に晒されて、残っていた眠気が幾分か吹き飛ぶ。ゆっくりと目を開けたアルティは、ほうと息を一つ吐いて。


「――な、何を⁉」


 狼狽えるような千明の声に、ワインレッドの瞳を向ける。


「何って、着替えよ」


 硬直する千明にくすりと笑みを浮かべ、


「それにしても、口調といい、思春期の男の子みたいな反応といい、本当に博士は面白い自律設定を組んだのね。キリアも友人みたいに接していたし」


 寝起きの働ききらない頭と、昨日の反動からか、軽い悪戯心が湧いて出る。アルティは自身の胸を寄せ、見せつけるように千明の眼前に突き出した。


 固まったままのセレムレスに気を良くした少女は、やがて下着にも手をかけ、


「――ッ⁉ はい⁉」

「きゃっ⁉」


 急に畏まった声を上げる千明に悲鳴を上げた。


「い、いえ! 何も問題は有りません! 直ぐに戻ります!」


 どうやらヒューゴから通信が入ったらしく、後ろを向いて二言三言と言葉を交わして。


「博士から指示がありましたので戻ります! 失礼しました!」


 と慌てて部屋を出て行く。


「……何だったのかしら?」


 ひとり残されたアルティは、訝しみながらも着替えを続けるのだった。



 ……後ほど発覚する悲劇を、知る由もないままに。

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