013 果て無き旅路へ
やがてアルティはルチルから体を離して。
「……みっともないところをお見せしました」
「いいのよ、それだけ貴女がキリアを大切に思ってくれているってことなのだから」
なお啜り泣くアルティの頭を撫で、ルチルが滲んだ瞳で優しく語りかけてくれる。
ファルスマイアー家で生活していたときと何一つ変わらない、温かさ。身勝手な理由で距離を取っていたアルティの心を、何重もの罪悪感が締め付ける。
「さて、そろそろいいかな。今後の行動を話し合いたいんだけど」
横合いから割り入るヒューゴの声。強張って向き直るアルティを安心させるように力なく微笑み。
「ルチルも言ってたけど、君を責める気は一切ないよ。だから思い詰めないで欲しい」
それに、とレクトゥス越しにキリアの頬を撫でる。
「……この子もきっと、それを望まないからね」
コホンと一つ咳払いをし、
「結論から言おう。僕は例の機動兵器、そしてドラゴンを追跡しようと思っている」
ヒューゴの言葉に、室内の一同が絶句した。
「……本気ですか、ヒューゴ博士?」
場を代表して問いかけるのは、セレムレスの千明だ。
「もちろん本気さ。今この場で手を
ヒューゴは「それに」と言葉を切り、
「テオドールも侵食の原因が分かればなんとかなるかもしれないって言ってたじゃないか。だからその原因――機動兵器を追跡するのは妥当だと思うんだけど」
「……あの、少しいいですか?」
おずおずと手を挙げるアルティに頷くヒューゴ。
「機動兵器に
「……ああ、そうか、君は気を失っていたから知らないんだったね」
何かに納得したようにヒューゴが首肯して。
「あの黒い個体は、あのあと全て消滅しだんだ。まるでマガツキが消滅するときみたいな塵になってね。だからあれらのサンプルは入手出来なかったんだ」
「そう、だったんですか……」
元々マガツキという存在も、長年の研究が実を結ばない、正体不明の相手だ。どうやらそれは、黒い方も同じだったらしい。
「うん。だから、今侵食の原因に最も近いのはその機動兵器と、ドラゴンなんだよ」
「……仰りたいことは分かります。でも、危険過ぎます」
「そんなのは百も承知だよ」
千明の反対に、にべも無く言い放つヒューゴは再度キリアへと視線を転じ、
「でも、今この瞬間にもキリアが、大勢の人が苦しんでいるんだ。無力な僕には……これくらいしかできないからね」
そう言われてしまうと、周囲の面々は何も言えなくなる。ヒューゴの言葉は、場の皆が少なからず感じていることなのだから。
「……分かりました。ただし。オレも一緒に行きます」
止めることができないと悟ったのだろう千明が、同行を申し出る。製作者の内心を汲み取ってよく考える自立知能だと、アルティは場違いな感想を抱いた。
「うん、こちらからお願いしたいくらいだね。君の力、あてにさせてもらうよ」
「だったら私も――」
同様に同行を申し出る妻の言葉に、しかしヒューゴは首を振る。
「君は、キリアに付き添っていて欲しい。また次も襲撃が起きないとは限らないからね」
「……そう、ね。わかったわ」
夫のもっともな言葉に、渋々といった体で引き下がるルチル。入れ替わるようにアルティが進み出て。
「――博士。わたしも同行させてもらっていいでしょうか」
ある程度予想していたのだろうヒューゴは息を吐き、
「……本気かい? 僕としては、君にも残っていて欲しんだけど」
ヒューゴの懸念は当然だ。
あてのない旅路には、多くの危険が予測される。ましてやアルティは、今日だけで何度も窮地に立たされたのだ。
決して意地悪というわけではなく、一重にアルティの身を案じてのものに他ならない。それは、重々承知している。
だが、それらを理解してなお、引けない理由があった。
「……はい、本気です。わたしだってキリアの――〈家族〉のために、何かしたい」
責任を感じて、という理由がないとは口が裂けても言えない。だが、内心で渦巻く言葉にできない感情が、猛烈に訴えかけていた。
ここで引いてしまったら、絶対に後悔する、と。
震える口元をキュッと引き結んで。
「庇われただけで、ただ待っているだけなのは……絶対に、嫌なんですっ!」
アルティの言葉にヒューゴは軽く目を見開き、ルチルは口元を押さえて目を潤ませた。
何がなんでもついて行くという、不退転の覚悟。それを理解してくれたのだろうヒューゴは、表情を苦いものに変えて。
「……わかった。君の同行を許可する」
ただし、と隣に立つセレムレスへと視線を向け、
「千明、アルティの護衛を。今日この子は何者かに狙われていた。相手が組織立っている場合、また襲ってこないとも限らない」
アルティへと視線を向けて。
「それに謎の発光現象についても解明できていないからね。診察してもらった限りでは体に問題はないらしいけど、最優先で気にして欲しい」
「――分かりました」
千明が決意を固めたように肯く。今後の方針が決定したところで、ヒューゴが手を叩き、
「さて、今日はもう遅いから休もう。明日の半日を準備と情報収集に充てて、出発はそのあとだ」
時計はすでに遅い時刻を指しており、この場は解散となったのだった。
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