011 凶弾

 倒壊の轟音にアルティが耳を押さえて蹲り、千明も少女を瓦礫から庇うように立つ。やがて土煙の向こうにちらつく、巨大な影。


「アイギス!」


 咄嗟に叫んだ千明の処へ、ビークルからアダマスティアが推進器を吹かせて飛翔する。


 第1兵装〈アイギス〉。装備コンテナの装甲をそのまま盾として扱う、アダマスティアの真骨頂だ。


 ハンドルを手に取った千明はそれを正面に構えてアルティの前に立つ。表面に霊素を纏わせた直後――衝撃。


「ぐっ!」


 粉塵を貫いて襲いくる奔流に、必死に抗う。


 光が銀盾の表面で弾け、建物の外壁を、並び立つ木々を、街灯や石畳を灼いてゆく。背後からアルティの悲鳴が聞こえるが、今の千明にはそれにかまける余裕がない。


 やがて熱線が止んだ後には、さながら地獄のような光景が広がっていた。背後にいたアルティ、キリア、ルチルに被害がなかったのは、不幸中の幸いだ。


 千明は少女の前にアダマスティアを残して前へと飛び出し、


「ラスター、レイド!」


 と銃剣を呼び出して構え、巨大な影と対峙する。


 粉塵が晴れ、ようやく相手の全貌を知り得た千明は、


「……4脚のロボット、なのか?」


 相手は、マガツキでも黒い異形でもない。金属の装甲で覆われた、巨大な機動兵器だ。


 四本の頑強な逆関節の脚部が石畳を砕く。上半身はサブカルチャー作品に出てくる人型兵器そのものだ。銃を構えるように突き出された二本の腕の他に、背部から伸びる翼のような一対の腕。


 全高八メルナ程のそれはまさしく、四腕四脚の機動兵器だった。その上、千明たちに害意を持っているのは、先程の攻撃で明らかだ。


「……冗談じゃない、何だよこれ」


 道中に撃破してきた黒い異形よりも強敵。想定外の事態に千明は毒付き、無意識に一歩後退りそうになる。


 だが、背後に守るべき人たちがいる事を思い出した。引きかけた足を強引に前へと踏み出して。


「……けど、やるしかないんだろ!」


 自らを奮い立たせ、千明は敵の動きに集中しながら低い姿勢で近接。


 相手はこちらを迎撃すべく両の翼腕を振りかざし――交差する薙ぎ払い。翼腕が接合部で蛇腹剣のように伸び、間合いの外から襲いかかる。


「――遅いっ!」


 しかしその動きは、千明から見ると些か緩慢なものだ。


 知覚加速。肉体の枷に囚われない千明は、常人よりも高い反応速度を持つに至っている。義体のスペック、順応も相まって、もはやキリアに遅れを取ることはない。


 初撃の下を掻い潜り、第二波を飛び越えた千明は身を捻って兵器の眼前に飛び出し、


っ!」


 全力で刀身を叩きつける。霊刃が三日月を描いて装甲と接触するも、


「ッ! 硬い!」


 硬質な音と共に弾かれた。


 機動兵器は、宙空の千明を再度翼腕で迎撃する。


 辛うじて身を傾け、翼腕を蹴り付けた千明は勢いそのままにバク宙。一旦相手から距離を取って着地する。


 装甲に一筋の傷がついているが、戦果はそれだけだ。


「だったらっ!」


 即座に狙いを切り替えて、千明は低姿勢で兵器の周囲を疾走。


 そんなセレムレス目がけ、機動兵器の銃腕が照準される。


 光弾、氷散弾、熱線、雷網、岩石弾。


 放たれることごとくを回避迎撃し、千明はなお加速する。


 倒壊した学舎の壁面に鋭い跳躍で足をかけ、勢いそのままに五歩を稼ぐ。追尾した術が建物の壁を穿ち、破片と砕け散る。


 千明は機動兵器より高所に出た地点で足場を蹴りつけ、相手の頭上を取った。飛びかかりざま頭部に剣閃――弾かれる。


「まだっ!」


 敵装甲を足場に背後へと回り込み、翼腕の根本を攻撃するも効果がない。


 密着状態を嫌ったのか機動兵器が暴れ、千明を振り落としにかかる。


 ならばと石畳目がけて真下に跳躍し、着地の衝撃を殺して身を翻す。脚部の関節を狙って銃弾と剣撃を見舞うも、小さな傷のみで目立った損傷は見られない。


 そのまま前方へと駆け抜けたセレムレス目がけ、三度みたび翼腕が振るわれる。

 舌打ちまじりの側宙エアリアル、着地と同時に連続でバク宙。元の位置まで後退した千明は攻めあぐねていた、と――


「――クリムゾンカノン!」


 後方から少女の唱句しょうくが響き、直径一メルナほどの炎球が千明の隣を擦過。機動兵器の正面装甲へと吸い込まれるが、


「うっそ、効いてないっ⁉」


 霊奏術は装甲に当たる前に減衰し、表面に焦げ跡しか残せない。


「キリア!!」


 機動兵器を注視したまま、術者の少女へと叫びかける。


「母さんは避難させてきた!! 父さんにも連絡したからすぐ来るよ!」

「分かった! あの装甲は術耐性が高い! その上であの硬さだ、気を付けろ!」

「了解!」


 キリアと情報共有し、千明は機動兵器の動きを観察する。速度自体は大したことはないものの、こちらにも有効打がない。


 対策を迷っていると、機動兵器が銃口を千明たちへと向け、


「ちっ!」


 直後、先ほどと同様の術式が殺到した。


 白銀の迅雷が瞬き、迫る霊奏術を悉く迎撃する。


 背後にいるキリアとアルティの方へ、凶撃を通さない。ある意味キリアにしごかれた訓練の賜物である。


 防戦一方の中、千明は機動兵器の銃腕に注視した。先ほどから多彩な術を間断なく放ち続けるそれは、つまり。


 回避の合間、霊奏障壁で守りを固めるキリアへと通信を飛ばして。


「キリア、正面装甲じゃなくて手前の腕を狙えるか?」

〖あの術を放つ腕のこと?〗

「ああ、あれだけバカスカ撃ってくるんだ。多分中には個別にジェネレーターがある」

〖そっかなるほど、やってみる〗

「先に仕掛けるからそこを狙ってくれ」


 言い終えると同時、千明は術式の間隙を縫って再接近を図る。術を片っ端から打ち払い、翼腕を足場に跳躍。


 銃腕目標へと剣閃を二度閃かせ、傷口目がけて霊奏弾をゼロ距離で連射した。

 

 先程よりも大きな亀裂の入った腕を蹴って背後に転がり、


「――バーストランス!」


 深紅の槍が直撃――轟音とともに紅蓮の炎が散る。


 目論見通り、どうやら兵器周りは正面に比べると強度が低かったようだ。爆発後、無残に千切れた腕が脱落してゆく。


 動揺を見せる起動兵器の破損箇所を狙い、千明は追撃の霊奏弾を連射。弾丸が破損部位を蹂躙し、内部でさらなる誘爆を引き起こした。


 そのまま仰け反るように暴れ出した機動兵器は、やがて頭を垂れて沈黙。


「やったの?」

「おいそれフラグだぞ」

「……終わった、の?」


 音が止み、戦いが終結したと思ったのだろう。後方、アダマスティアの後ろに隠れていたアルティが顔を出した。


「アルティ、まだ出てきちゃダメ⁉」


 慌てて飛び出し、幼馴染に駆け寄るキリア。


 切羽詰まったような叫びに、千明は一瞬意識を奪われる。


 その僅かな綻びを縫うように、突如機動兵器が再動した。無事な方の銃腕が軋みながら持ち上がり、黒い弾丸が幾筋も撃ち出される。


 射線上には――


「――アルティ!」

「……え?」


 咄嗟に反応できず、弾丸を見ることしかできない少女を突き飛ばし、



 ――無防備なキリアの脇腹を、黒い弾丸が抉り取った。



 ビクリと仰け反る背中から前に抜けたそれは、目を見開くアルティの横を通過。尻餅をつく少女の頬にかかる、赤いしずく


 アルティが振るえる指で恐々触れると、それは仄かに熱を持ち、手にこびりついた。


 血の吐息を吐いたキリアが力なく頽れ、傷口から深紅の染みが広がってゆく。


「……キリ、ア?」


 目の前の状況を理解できず、呆然と呟くアルティ。


「キリアッ! ……クソっ!」


 一方千明は己の迂闊さを呪い、再度兵器に向き直る。


「キリアを盾の影に移動させて、早くっ!」

「……え、ええ!」


 背を向けたままアルティに指示を出し、時間稼ぎを開始した。



§



 アルティはどうにかしてキリアを銀盾の後ろへと連れてゆき、石畳へと寝かせる。手が血に塗れるのも構わずに傷口を押さえ、しかし出血は止まらない。キリアの顔色はみるみる悪くなってゆく。


 アルティは涙ながらの表情で、


「キリア! どうしてわたしを庇ったりなんかしたのっ⁉」

「……アル、ティ……大丈夫? 怪我は、無い……?」

「ええ、わたしは大丈夫! 貴女は自分の心配をしなさい!」

「……そっか、うん、なら、良かった」


 額に脂汗を浮かせたキリアはしかし、青褪めた唇で精一杯の笑みを浮かべ、気を失った。


「キリア、キリア! ……嘘、しっかりしてっ!」


 必死の形相でキリアを揺さぶるアルティだが、幼馴染は目を覚まさない。


「そんな……。いや、こんなの、こんなのいやぁっ!」


 やがて少女の喉から悲痛な叫びが迸り、



 ――突如としてアルティの胸の裡から、黒い光が発せられた。




§



「な、何だ⁉」


 相手を足止めしていた千明は面食らい、すぐにアルティの異常を察知する。


 浮かぶ困惑から、少女自身も何が起きているのかを理解していないようだ。


 即座に機動兵器に意識を戻す千明だったが、敵の様子がおかしいことに気付く。先ほどまでの霊奏術が止み、敵意すら霧散したように感じられたのだ。


 不気味なまでの静寂に、千明が気を張ることしばし。やがて拡声器らしき部分から、


『なんだ、機体が動かない……? 一体どうしたと言うのだ⁉』


 と、ヒステリックな男の声が聞こえてきた。


『……あ、ああぁ……あああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ⁉ 目の前に、目の前にあの娘がいると言うのにっ⁉』


 意味不明な言葉の羅列を喚く相手に、警戒度を上げる千明。


 しかしそのとき、場にさらなる変化が起こる。空から咆哮が響き渡り、辺り一帯の空気を震わせたのだ。


「今度は一体なんなんだよッ⁉」


 併せて聞こえてくる飛翔音が近づき――その正体を見た千明は、絶句した。


 藍色の空に、機動兵器よりも遥かに大きな体躯を持つ、生ける伝説が佇んでいた。


 硬質な鱗を持つ体躯から長い尾と発達した四肢が伸び、背で2対の翼が大きく羽ばたく。鋭い顎門の上方、隻眼の瞳は紅に輝き、眼下の存在を睥睨するように細められている。全身に金属の具足を纏い、兜と胸甲の中心では赤く大きな結晶体が妖しく煌めく。


「……ドラゴン」


 しかし、何より千明を戦慄させたのは、黒い体の半身を、白い影が覆っていた事だった。


「あれは……半分マガツキ、なのか……?」


 夜闇の中でなお圧倒的存在感を放つそれと対峙した千明は、霊奏機関の体に感謝した。生身の肉体であれば、間違いなく卒倒していたであろう、圧倒的な重圧。


 そんな千明を、そして光放つアルティを見つめ、低く唸る白黒まだらの竜。射竦められた少女の放つ光が弱まり、力無く地面へと倒れ伏す。


 ドラゴンはやがて興味を失ったかのように視線を逸らすと、ゆっくり地上へと降下。いまだ喚き続ける機動兵器を掴んで空へと舞い上がり、どこかへと去ってゆく。


 重圧から解放されてなお、千明はその場を動くことが出来なかった。


「本当に、何なんだよ……」


 思わず漏れたその問いかけは、一体何に対しての言葉なのか。


 それは発した本人すら理解できないままに、空へと溶けて消えるのだった。

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