010 合流、そして……

 やがて学園が見えてきた頃、一行はさらに気を引き締めることとなる。


「ここにも大量にいますね……」


 学園の門前に存在する広場は、人通りの絶えない街一番の賑やかな場所だ。だが、荒らされた無残な広場には、先ほどの異形たちが一面にひしめいていた。


 奥には門前にバリケードを張った学園と、死守する人影が辛うじて見えるのみ。街の入り口にこそ備えはあるものの、内部への侵入は想定されていない。


 故に今回の迎撃は、セレムレスやバリケード越しに、人が霊奏術を使うしかないのだ。


「流石に全部は相手にできない。何か手段を考えないと」


 状況の悪さに表情を険しくしたヒューゴが策を練り始めた。千明は一旦無事な建物の影へとビークルを停車させ、周囲の警戒に入る。


 ややあってヒューゴが顔を上げた。


「よし、ルチルは道としてありったけの力で術を構築。千明はそれを伝って連中を飛び越える。あとは僕が何とかするよ」


 指示にそれぞれ頷き、ルチルは術の詠唱に、千明は発進の準備を整える。


「――今だ!」


 言葉と共に車体を急加速させた千明は高度を少し上げ、群れへと突っ込ませ、


「ルチル!」

「――グラキエスピラー!」


 十分な詠唱時間を確保したルチルが力を解放させる。


 広場を割って顕現するのは、見上げるほどに巨大な傾いた氷柱。


 千明はそれをカタパルトとして敵の直上へと飛び上がって。


「しっかり捕まって! ――フレイムバースト!」


 瞬間にヒューゴが放った術で、真下から車体が大きく揺さぶられる。取られそうになるハンドルを、千明が必死に押さえ込む。


 大ジャンプした車体を辛うじて学園の庭へと着地させるのだった。



§



「ヒューゴ。そこまで無茶をするなら、先に言いなさい……」


 大々的な着地の後、夫を睨んで苦言を漏らすルチル。しかし、先の術式の消耗が大きいのか、口調には勢いがない。


「いや、ごめんね。先に言うと文句を言われると思って」


 そんな妻に詫びるヒューゴの口調には、悪びれた様子は一切なかった。


「……と、派手に登場したし、お出迎えかな?」


 彼の言葉通り、車外がにわかにざわめき出して一角が開き、


「――父さん、母さん! それと千明に、アルティも!」


 ファルスマイアー家の娘、キリアが顔を出した。どうやらバリケード上で迎撃していた面子の中にいたらしい。


「やぁ、直接来たよ。怪我は無いかい?」

「え、うん、大丈夫だけど……。ちょっと派手過ぎない?」

「――少々よろしいですかな?」


 呆れを浮かべるキリアの横から顔を出す、教員と思われる男性。ヒューゴは下車して彼と向き合って。


「これは失礼。僕はこの子の親でヒューゴ・ファルスマイアーと言います。この度は乱暴な登場になってしまい申し訳ありません」

「おお、貴方がファルスマイアー博士ですか。お噂はかねがね」


 どうやら教員はヒューゴを知っているようで、得心した表情を浮かべた。そのまま二言三言と言葉を交わして。


「責任者に話を通して来るよ。許可を貰ったから、君たちは先に避難しておいて欲しい」

「分かりました。先に行っています」

「――う、ん。ここは……?」


 ヒューゴがビークルから離れた段階で、アルティが目を覚ました。少女は目をこすって周囲を見渡して。


「――アルティ!」

「――きゃッ⁉ ちょ、ちょっとキリアっ!?」


 親友に抱き着かれて素っ頓狂な声を上げる。


「無事で良かったよ。危ない目に遭ったんだって? どこか怪我とかは無い?」

「え、ええ、怪我は無いわ。大丈夫よ」


 母親に事情を聞いたのか、矢継ぎ早に質問するキリアに、目を白黒させるアルティ。


「キリア、少し落ち着きなさい」

「だってでも、アルティが大変な目にあったんだよ。心配するのが普通でしょ⁉」


 ルチルの制止もそこそこに、キリアはアルティをギュッと抱き締める。そして何かに気付いたのか、ハッとした表情を浮かべた後に千明を睨みつけて。


「そういえば千明に何か変なことされなかった⁉ あいつはケダモノだから気をつけて!」

「変なことって何だよキリア⁉ オレはアルティさんを助けただけじゃないか!」

「どーだか。一昨日のことを考えたら、鼻の下を伸ばしていても不思議じゃないでしょ?」

「何だとっ⁉」


 会話の意味が分からずに、首を傾げるアルティ。

 その横で、千明とキリアがああだこうだ言い争っていると、


「いい加減にしなさい2人とも……。今は異常事態なのよ」


 揃ってルチルから小言を貰うことになるのだった。



  §



「――うん、そこの角を右に曲がって。そしたら臨時の避難施設に出るから」

「了解」


 ゆっくりとビークルを移動させる千明に、敷地を熟知しているキリアが道を示す。案内に従ってハンドルを操作しながら、千明は周囲の建物を見渡していた。


 この学園は地球で言うところの小中高一貫校らしく、敷地も相応に広い。現在それらを一般向けの避難所として解放しており、至る所に人だかりができていた。


「それにしても、皆無事で本当に良かったぁ。他の地区では所属不明の大きな機動兵器が暴れ回ったらしいから、巻き込まれたんじゃないかって心配してたんだよ」


 横で話を聞いていたルチルの眉が、微かに顰められ、


「……機動兵器? 黒いマガツキじゃなくて?」

「うーん、私も直接見たわけじゃないけど、金属で覆われていたって話だから、多分違うと思う。……聞いただけでも、かなり大きな被害が出たんだって」


 語るキリアの表情も、暗いままだ。

 過去に立ち上がった、マガツキ被害防止目的の巨大機動兵器開発計画。しかし、最終的にそのプロジェクトは頓挫してしまう。


 何故なら、その機動兵器に利用された動力が問題だったからだ。


 戦闘機動に求められるそれは、小型かつ大容量の霊素を賄える事が条件となる。既存技術では到底なし得ないその動力源として選ばれたのは――人の、霊奏核。


 事が露見した後、人道的観点から計画凍結が発表されたのは、当然の帰結だった。


 以降同様の計画が持ち上がっても、過去の事例が尾を引き、成就しない。人々の心に、大きな禍根を残す負の遺産となってしまったのだ。


 暗くなった空気を誤魔化すように、キリアはアルティに抱きついたまま頬を寄せている。くすぐったそうに目を細めるアルティだが、しかし嫌がる様子はない。


 やがて千明は、避難所からの灯りを頼りに停車させた。周囲に人影がまばらなことから、この辺りはまだそれほど避難者がいないと推測する。


「到着っと。……ルチルさん、大丈夫ですか?」

「……まだちょっと怠い。少し休んでから行くわ」


 霊素枯渇状態は意識が朦朧とするという話を聞いたことがある。今のルチルがまさにその状態のようで、しばらく安静にしていたほうがいいはずだ。


「父さんたら、母さんにこんな無茶をさせて。私がついているから、千明はアルティをエスコートしてあげて。……くれぐれも変なことはしないように!」


 ジト目のキリアへと手を振り、千明はビークルを降りて後部座席のドアを開けて。


「わかってるよ、全く……。さ、アルティさん。足元に気を付けてください」

「え、ええ……。ありがとう」


 おずおずと千明の手をとり、少女が車外へと出る。千明は街灯の下でアルティへと改めて向き直った。


 整った顔から覗くワインレッドの瞳は微かに潤んでおり、眦には涙の痕が残っている。桃に色づく唇から漏れる呼吸は、先ほどよりも些か落ち着いた様子だ。


 不謹慎ながらも、見目麗しい少女に、千明はしばし見惚れていた。


「えっと……」

「……あっと、すいません。行きましょう」


 やがて我に返った千明は、背中に避難の視線を感じながら建物へと歩み出す。


 しかしそのとき、遠くで建物が崩壊する地鳴りが響いた。少し遅れて、施設備え付けの拡声器からノイズが鳴り、


『緊急警報!! 緊急警報!! 学園内に所属不明の大型機動兵器が侵入しました!! 皆様は最寄の建物へと避難して下さい!! 繰り返します――』

「機動兵器って、キリアの話にあった奴か⁉」

「そんなっ、学園内に現れるなんて⁉」


 彼らの会話を裏付けるように、周囲に甲高い霊奏機関の駆動音が響き渡る。段々と大きくなるその音に、周囲を警戒する千明たちの前で、

 

――入ろうとしていた建物の一角が、突如内側から吹き飛んだ。

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