第2章 藍月都市編②
006 新装備
翌々日の休み明け、キリアが慌てて学園へと登校してゆく。
世間一般の休日だった昨日は、しかし少女に恩恵をもたらさなかった。迷惑行為の罰として、外出禁止と研究施設を含む家の清掃を言い渡されていたのだ。正直、監視役に任命された千明にとってもいい迷惑だった。
連日の折檻が効いているのか、キリアの眼下には薄っすらとした隈が残っている。だが、少女が「ちこく~!!」と叫び、家を飛び出すのは平常運転。
呆れを含んだ視線で見送った千明とヒューゴは、研究所の〈工作室〉へと移動する。
千明が初めて立ち入る部屋だ。見たことのない工具や、ロボットアームを備え付けた作業台。診察室とは
そして、その中央に鎮座するのが、
「これが、その装備ですか……」
「うん、名付けて〈アダマスティア〉。君の要望に合わせて設計してみた。個人的にもなかなかいい出来になっていると思うよ」
パッと見た目は、角を補強されたガンケースといったところか。
各部からは持ち手と思わしきハンドルが幾つか突き出ている。表面を覆うのは、千明の銀鎧同様にミスリルの装甲。全高二メルナ、全幅〇・八メルナ、厚さ〇・六メルナのそれは、正に銀色の壁だった。
千明は恐る恐る表面中央のハンドルに手をかけて、
「……まずは、持てますね」
霊奏機関の体を持つ今の千明は、常人を凌駕する膂力を持っている。故に、こんな超重量兵装ですらも運用可能なのだ。
取り回しを確認するように動かして。
「大丈夫そうです。次の試験をお願いします」
「……みたいだね。わかった、そうしよう」
様子を見ていたヒューゴに応えつつ、千明は装備を手に部屋の空きスペースへと向かう。
ちらりと振り返った先、ヒューゴが頷いて測定機器を起動。それを確認した千明は、ゆっくりとアダマスティアの表面に霊素をまとわせる。霊奏術を使用できない千明だが、リハビリの過程で霊素操作は習得済みだ。
時間を置き、アダマスティアの表面に白い粒子が浮かび、波紋のように広がる。やがてアダマスティアの表面を完全に覆ったことを確認した2人は首肯して向き直って。
「さて、行くよ千明。まずは〈盾〉としての機能試験だ」
「大丈夫です」
千明の返事を聞いたヒューゴは制御陣を展開し、
「――ファイアボルト」
千明に向けて小さな火矢を飛ばした。それはアダマスティアの表面に衝突する間際、白い霊素によって散らされ、消滅する。
以降も幾度か属性や威力を変えて試すも、結果は同様。ある程度の攻撃であれば完全に打ち消すことを実証できた。
「……うん、今のところはいい感じだね」
「はい。衝撃もなくて、当たっている実感が全然ないです」
「今のところは必要スペックを満たしているみたいだね。じゃあこのまま残りの機能も試してしまおう。君からの依頼通り、音声認証で動作するように設定してあるよ」
「了解です!」
ヒューゴに促され、千明はアダマスティアを床に立てて数歩程距離を開けて。
「ラスター、レイド」
直後、銀盾にスリットが展開し、そこからふたつの物体が射出された。千明はそれらを掴み取り、自身の前に翳す。
自動拳銃に似た矩形バレルから、フリントロック式拳銃じみた細いグリップが伸びる。接続された半円形のアームガードと、その先端から伸びた厚みある片刃の短剣。
第二兵装〈ラスター〉、第三兵装〈レイド〉。それらは銃撃と剣撃双方に対応した、一対の
「どうかな、気になる点があれば遠慮なく言ってくれていいよ」
「……いえ、凄くオレ好みのデザインです」
ヒューゴに応えた千明は双銃剣を構え、軽く素振りする。最初こそ剣の差異に戸惑ったものの、その動きは少しずつ滑らかになってゆく。
「次は刀身の方に霊素を通してみてくれるかい」
ある程度様になってきた頃、ヒューゴが千明に指示を出す。
首肯したセレムレスは刀身に霊素を這わせるべく、精神を集中。徐々に放たれる白い光が短剣先端部に収束し、長剣ほど刀身と化す。両の剣がその場で五度瞬き、白刃が弧を描いた。
「おお……。これはこれで魔術っぽい」
自身の起こした現象に、感動する千明。横でデータを取っていたヒューゴは鷹揚に頷いて。
「使い方は大丈夫みたいだね。他の試験は……〈実験室〉に移動してから試そうか」
「わかりました」
千明はアダマスティアへと双銃剣を戻し、実験室へ足を向ける。以前、千明とキリアの模擬戦が繰り広げられた部屋だ。試作機器稼働実験のための空間は、金属の床壁で補強され、術式で強度を高めている。
千明はヒューゴの指示に従って部屋の中で次々と装備を展開し、使用感を確認してゆく。
一通りの装備の動作確認が終わった頃、実験室にルチルがやってきた。
「ヒューゴ、昼食の用意ができたわよ」
「ありがとうルチル。千明、僕は休憩に入るけど」
「オレはこの部屋で装備の確認をしています」
分かり切った千明の返答に苦笑したヒューゴは、ルチルと連れ立って部屋を後にする。
ひとり残された千明は、いきいきと装備の試験を続けるのだった。
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