第7話 清河八郎の企み

 俺としては初めて見る清河八郎は、鷲のような男だった。鋭い目をしていて、この浪士組を利用してやろうという意気込みが外に漏れ出ている感じだ。

 その清河は全員が自分に注目したことを確認すると

「まずはここまでの長旅ご苦労であった」

 と、ここまでのことを労った。それに誰もが軽く頷いて、大丈夫であることを示す。国のために働ける。その熱量が表れる頷きだった。

「さて、こうして早速集まってもらったのは他でもない。我らが目指すべきは勤王、そして攘夷である。このことはまず間違いないことを確認したい」

 清河の言葉に

「そのとおりだ」

 と大声で同意を示したのはあの芹沢である。清河はそれに大きく頷くと

「ありがとう。そこで一つ提案がある。我らは別に正式に幕命を受けて京の治安を守るわけではない。ならば、我らがなしたいことをなすべきではないか」

 と本題を切り出した。

「なんだって」

「幕府が金を出しているんじゃないのか」

 それに藤堂と、横にいた背の高い永倉新八ながくらしんぱちが不可解だと小さく声に出す。しかし、清河の耳には届かない程度の小声だ。二人もまだ様子見というところか。とはいえ、その横にいる原田も難しい顔をしているから、何を言っているんだと思っているのは彼らだけではない。

「そこで、我らは尊王攘夷の活動を行いたいということを、御所の修学院に上書しようと考えている」

「なっ」

 しかし、清河の次の発言で、あちこちからどよめきが生まれた。わざわざ天皇に知らせると言っているのだ。その驚きは当然だろう。俺も展開は知っていたが、こんなにあっさり切り出すのかよと驚いてしまう。

「ここにいる諸君にはぜひ、連名にて署名してもらいたい」

 清河は驚く浪士組のメンバーをものともせず、そう言い放った。途端に堂内はしんっと静まり返る。

 天皇に、朝廷に提出する書類に署名する。それはすなわち、自分は尊王攘夷の志であると宣言するようなものだ。そこまでの覚悟があるかと、集まった人々の視線があちこちを彷徨っている。

「もちろんだとも。ただ、全員で名前を書き連ねては先方にも迷惑。ここは代表者だけが書名してはどうですかな」

 そんな中、真っ先に声を上げたのは芹沢であり、その芹沢は近藤の肩を叩いてそう言った。自分の意見に乗っかってくれる奴と見なしているのだ。

「そ、そうですな。あまりに急なことで驚きましたが、私も勤王の志を持つ者。ぜひとも、署名させてください」

 それに近藤は大いに頷いている。おかげで横にいる土方が舌打ちしていることに気づいていないようだ。

 と、ここで俺は試衛館の中でも勤王や攘夷の考え方がそれぞれ違うことを思い出した。

 そもそも、近藤や土方の出身地である多摩は大部分が天領で、幕府への忠誠心が強い。だから、佐幕派なのは当然だった。しかし、天皇に対してどう考えているかはそれぞれであり、また、急に開国してやって来た外国人に対する反応も様々なのである。

 清河の過激に天皇を中心に、外国人は夷狄いてきとして総て排除という考えは、全員に当てはまるとはいえないのだ。

 ここまでの反応から近藤は間違いなく勤王派でもあることは間違いないだろう。幕府を大事にしつつも天皇も立てるべき。それは旧来通りのやり方であり、多くはそう考えているだろう。

 しかし、土方はどうなのだろう。そこまで過激には考えていないから、舌打ちという反応になったのだろうとは思う。

「では、江戸を立つ時に組んでもらったように組に分かれ、その代表者に署名していただこう。よろしいかな」

 清河はしっかり芹沢の意見に乗っかり、渋っている人々を押し切ってしまった。




「なんだろうな。あの清河って野郎、どうにも胡散臭いぞ」

 八木邸に戻ると、土方はそう零した。ふすまを開けて大きく空間を取った場所に、俺たちは固まって先ほどのことを話し合うことになる。

「だよな。いきなり尊皇攘夷だと言い出して、御所に訴え出るなんて。何を考えているんだ」

 その土方に同意したのは永倉だ。あそこでも不快感を露わにしていたことから、この件に関して色々と思ったことがあるらしい。

「浪士組の編成には幕府が関わっているはずです。それを無視するような発言は、さすがに見過ごせませんね」

 山南も何を考えているんだというのは同感のご様子。ふむ、と俺も頷いておく。

「でも、近藤さんは嬉々として署名しちゃいましたよ。まあ、京の都のことを思って天皇にお伺いを立てるくらいのことだから、書名そのものには問題ないんだろうけど」

 どうするんだと、原田が腹をぽりぽりと掻きながら訊く。しんしんと冷え込んできているというのに、この男は胸元を大きくはだけさせたままだ。江戸っ子ではないはずだが、どうにも江戸っ子っぽい。

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