第8話 京の町中へ
「確かにあの文書自体には問題ないだろう。だが、どうにもきな臭くなってきた。そもそも、あの清河ってのは何を考えているのかが解らない」
原田の意見に同意しつつ、土方はますます眉間に皺を深く刻む。その顔はまさに鬼の副長そのもの。
新選組が出来ると気苦労の連続である土方は、その前段階からも気苦労の連続ということか。
「総司、お前は何か考えてるのか?」
すると土方を観察していたら、横から藤堂が茶化すように言ってくる。色々と考えてはいるが、その考えを披露できないところが辛いところだ。俺は苦笑すると
「そうですね。清河さんは嫌いかなあ」
なんて言ってお茶を濁しておく。
「そうだな。それは俺も同感。江戸を出る時は幕府のために、みたいだったのに、幕府の目が届かない京にやって来たら勝手なことを言ってんだぜ。面従腹背ってのはこのことだぜ」
その意見に乗ったのは永倉だ。むしゃくしゃするぜと頭を掻き毟っている。まあ、確かにその通り。最初から清河は幕府を騙し、自分の手駒を確保するためにこの浪士組を組織したところがある。
清河という男は
だが、清河はこの浪士組を利用して自らが掲げる尊皇攘夷を貫き、幕府に攘夷を断行するように迫るつもりだったわけである。京都についてすぐに朝廷側と繋がりを持ちたかったのも、攘夷を推し進めるためだ。
「ともかく、この先、警戒すべきということが確実になった。お前ら、余計なことはするなよ」
土方は今は結論が出ないとばかりにそう言うと
「一番土方さんがやりそうだけどね」
と藤堂に茶化されるのだった。
翌日には御所に署名した文書が提出され、浪士組はどうにも尻の座りが悪い状態で過ごすことになった。この文書によって幕府が驚いたのはもちろんだが、朝廷側も驚いたらしい。つまり、浪士組は何やら宙ぶらりんの状態に陥った。
とはいえ、朝廷側としては日々荒れている京の治安維持の手伝いをしてくれるのならばいいか、と思うところもあったようで、二十九日には御所を見学することを許可してくれた。
「トシ、凄いことだと思わないか。帝がおわす御所をこの目で見ることが出来るんだぞ。大変な名誉だ」
これに近藤は大感激して土方の肩をバシバシ力一杯叩いた。それを土方は面倒臭そうな顔で受けつつ
「そうだな」
とだけ短く答えていた。まあ、他に返事の仕様もないというところか。現代のように一般公開もなく普通は見ることが出来ない場所だが、同時にそこは権謀術数渦巻く政治の場でもある。気軽に行っていいことばかりがあるとは思えない。
ともかく午前中なら見学してもいいという言葉は無碍に出来ないので、浪士組の面々はぞろぞろと御所見学へと出掛けた。ここでようやく、俺は江戸時代の京都を目の当たりにする。
「はあ。こういう感じなんだ」
で、出てきたのはそんな一言。やはり現代の京都とは全く違って、整然と区画された道々に町家が並ぶ光景は壮観だ。
「やっぱ、京って江戸とはちょっと違うなあ」
横にいた藤堂も、これが京都かと感心している様子。
それもそのはずで、俺たちは京都に着いて五日ほど経つものの、中心から外れた壬生村にいた。だから田畑広がる長閑な風景しか見ていない。この都会っぷりはさすがだなあと感心させられる。
しかし、呑気にお上りさんをやっている場合でもない。ふと見ると目つきの悪い男たちがあちこちにいて、なるほど、治安が悪くなっているなというのが解る。おそらく彼らは尊皇攘夷を掲げる長州の人たちだろう。
「八月十八日の政変がこの年の八月のことだもんなあ。そりゃあ、緊迫しているか」
俺はそう一人納得するが、同時にその政変に巻き込まれるという事実に気づいて戦いてしまう。
あれは本格的な戦になったはず。果たして自分はちゃんと刀を扱えるのか。未だ桶に張った水で自分の顔を見ただけで、美形なのかも定かではない状況だというのに、戦うことなんて出来るのか。未知数にもほどがある。
「どうした、総司」
自然と歩みが遅くなってしまった俺に、藤堂が怪訝な眼差しだ。やばい、誤魔化さないと。
「あ、あそこの団子、美味しそうですね」
ふと目に付いた団子の文字にそう言って笑うと
「花より団子ってか。まあ、御所を見ても腹は膨れないけどな」
藤堂にしっかり馬鹿にされてしまうのだった。
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