第4話 試練の三日目

 とはいえ、回避する方法があったとして、それをどうやって近藤に伝えればいいのか、という疑問はある。

 自分は転生して昨日の沖田総司と今日の沖田総司は違うのだと言ったところで、頭をどこかにぶつけたのかと思われるだろう。そもそも、それを証明する手段がない。

「いや」

 あるにはあるか。これから起こることを次々と言い当てれば、近藤は信じてくれると思う。が、その近藤をクリアしても問題がある。そう、土方歳三だ。

 後に鬼の副長となるこの男が、俺の言い分をどう捉えるかが解らない。ひょっとしたら総司に成り代わった不届き者として、ばっさり斬り捨てられるかもしれない。もしくは内通者として、あの有名な拷問をされちゃうかも。

 危ねえ。死ぬより危険なことがあるぜ。

 それに、歴史を変更するようなことをしていいのか、という謎もある。俺がこの時代に飛ばされた理由は不明だが、異物であることは間違いないのだ。下手な変更は後々大きな流れを変えてしまうことになる。ということは、過去に散々小説や漫画、そして映画で描かれてきたことだ。

 ううむ、まさか人生においてタイムトラベルに関して真剣に悩む日が来ようとは。もっと真剣に『Back・To・○・Future』を見ておくんだったぜ。この間、思いっきりテレビでやっていたのにさ。昔の映画じゃんと馬鹿にしていた。

 と、どうでもいい後悔までしてしまう。

 それはともかく、この三日目、夕方に試練があることは間違いない。俺はごくっと唾を飲み込むと、その問題になる芹沢鴨はどこにいるんだろうときょろきょろしてしまう。

「今度はどうしました?」

 しかし、そのきょろきょろを山南に見咎められ

「い、いやあ、長閑ですね」

 と誤魔化すしかない俺なのだった。





「も、申し訳ございませぬ」

 そして夕方。本庄宿に着いたところで、俺が知っているとおりの光景が繰り広げられていた。必死に謝る近藤の前にいるのは、鉄扇を手ににやにや笑う芹沢鴨せりざわかも。そんな芹沢の取り巻きたちもにやにやと笑っている。

「ヤバいなあ」

 小説に書かれているとおりの筋骨隆々な大男である芹沢に、俺はもうその姿だけでビビってしまう。しかし、この後の展開がヤバいんだと、俺はきょろきょろ。ともかく、アレを阻止するのは無理だろうから、先回りして水を確保しておきたいところだ。

 さて、状況はというと、今、近藤が芹沢の宿を取り忘れていたとして、詫びを入れさせられているところだ。だが、芹沢はこの浪士組に関して色々と気に食わないことがあったようで、この件を利用して憂さ晴らしをしてやろうとしている。それがまあ、周囲に多大な迷惑を掛けるものなのだ。

 渋い顔をして見つめる土方や山南は、この後をどうすべきかで頭がいっぱいで、俺の動きを気に留める余裕はなさそうだ。というわけで、遠巻きに騒ぎを見ている野次馬の中から俺は離脱し、近くの宿に入った。

「すみません」

「はい、何でしょう」

 声を掛けると、仲居と思われる二十代くらいの女性が出てきた。なかなか可愛らしいその子に一瞬目を奪われたが

「井戸をお借りしたいんですけど」

 と用事を述べる。今は女の子に興味を奪われている場合ではない。

「井戸、ですか。たらいでお水をお持ちしましょうか」

 すると、足を洗いたいとでも思われたのだろう。水を持って来ようかと訊ねられる。まあ、そうか。旅装なのだから当然である。見ると一日歩いてきた自分の足は泥だらけだ。

 が、これは使えそうだと閃く。

「外に連れもいるから、多めに用意して貰えますか」

 俺がそう言うと、解っていますとばかりに女性は頷く。

「何やら外で揉めているようですけど、皆さま、この本庄宿にお泊まりなんですよね」

「ええ。俺は他の宿の人にも声を掛けて来ますので、できるだけ多く、用意しておいて貰えますか」

「解りました」

 こうして最初の宿で妙案が浮かんだ俺は、次々に近くの宿に入り、水を用意してもらうように触れ回った。

 と、その間にも事態は俺の知っている方向へと動いていき

「我々の宿がないと言うのならば、野宿をいたそう。おい、薪を持って来い」

 芹沢が取り巻きたちにそう命じる声がする。

 ヤバい、拙い。もうすぐあの瞬間が来ちゃう。俺は最後に入った宿で今度こそ井戸の位置を聞き出す。

「すみません。井戸を貸してください。今すぐ!」

 俺の怒号にビックリしたのだろう

「こ、こちらです」

 番頭と思われる白髪頭の男性がすぐに奥に案内してくれた。そこには、最初に声を掛けた宿にいた女性がいた。どうやら井戸は何軒かずつ共同で使っているようだ。他にも盥を持った女性の姿がある。

「あら、お侍さん」

 その女性は驚いたようだったが

「すみません。俺も手伝いに」

 と言うと、年下だから使い走りにされているのだろうと納得される。

「まあまあ、大変ですね」

 そう笑われて俺は苦笑いを浮かべてしまうが、思えば、総司になったことで何才か若返っているのだ。今の自分って二十歳くらいか。使い走りにされていると思われても仕方がない。

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