愛と恋
千香は昨晩眠れなかったのだろう。帰ってすぐ愛を確かめ合って、終えたら寝てしまった。幼い寝顔を眺め、頬を撫でる。千香はふにゃりと笑い、手に頬をすり寄せてきた。
真奈美の帰る場所は、ここだ。そう実感する。
眠る気にはならなかったのでスマホを開く。笹本からメールが届いていた。昨日の電話に対する謝罪と心配だった。何でもない旨を返すと、すぐに返信が来た。『また今度会いましょうね』と記されている。了承を返してスマホを閉じる。嘲笑が漏れた。
上着のポケットからたばこを取り出し、ベランダに出る。一口吸うと、メンソールの刺激が脳に染みわたる。笹本のたばことは違うメンソールだ。
たばこを吸いながら、今までのできごとをたどる。
好きな男の妻とセックスをした。その妻を好きな男とセックスをした。それを全て知っている彼女とセックスをした。
照川は、真奈美の好きな相手など知らない。
笹本は、好きな女の乱れる姿を知らない。
千香は、真奈美が男の前でする顔を知らない。
『知らない』は降り積もっていく。重なって固まっておもりになる。
愛や恋だという言葉で済ませることができたなら、こんなことにはならなかったのだろうか。否、そんな単純なもので世界が進むなら、セックスなんて必要ないのだ。
スマホが震える。通知を見る。古川だ。久々に食事でも行かないかとある。返事を送る。
すぐにポケットにしまった。程なくしてスマホが再び震えるが、通知を確認することすらしなかった。
黙ってたばこを吸う。じりじりと減っていくたばこと落ちていく灰。俯いてもなお、太陽の光は眩しかった。
「あたしは誰なんだろうな」
小さな声は誰にも届かず潰えた。
秋の扇で風が立つ 燦々東里 @iriacvc64
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