第2話 入社式

 道中トラブルはあったものの、その後は何も問題なく、赤田は入社式に参加していた。

 他の新入社員とともに、社長のありがたい話を真面目ぶった顔で聞いていた。



(お、あの女はなかなかの上玉だな!)



 まぁ、表面上だけだが。

 赤田は社長の話なんて聞かずに、ただひたすらに女性社員の顔を採点していた。


 入学式や卒業式などといった、名前に『式』という文字が入る行事には長い話が付き物ではあるが、入社式も例外ではないらしい。

 開始十秒でそれを悟るとこの無駄な時間に女性社員の顔の出来不出来を確かめることにしたのだ。


 不真面目だと思うだろうか。

 安心してほしい。

 赤田は至って真剣、それでいて正常だった。


 赤田は面食いだ。

 それもただの面食いではない。


 道端で泣いてる──というか泣かせた女の泣き顔を見てブスと呼ぶ。

 あらゆる女性をとりこにする容姿を持ちながら、『自分に釣り合うメスがいない』という理由で未だに童貞。

 そして中学時代、赤田は自分の好みに合わない女性(ついでに自分にとって不都合な人間も)を虐め、不登校に追いやった過去を持つ。


 そう、度し難い面食いである。

 もしも把握していないドブスな女性社員と共に仕事することになれば発狂しかねない。

 中学時代むかしと比べると随分丸くなったとはいえ、何をしでかすかわからない。


 そんな赤田にとって同じ会社に勤める女性社員のツラは、真っ先に知っておかなければならない事柄だった。

 ゆえに、女性社員の顔を検分していき──、



(げっ)



 嫌な偶然というのは存在するらしい。

 席は離れているものの、自分と同じ新入社員用の座席に座る何やら見覚えのある女性の姿を見つけ、赤田は頬を引き攣らせた。


 メイクでなんとかなるものなのか、顔だけ見れば、泣きじゃくっていた時とはまるっきり別人。

 だがスーツが、食べ物でも落としたかのように汚れていたためすぐにわかった。

 あの女は今朝ぶつかった女性だ、と。



(よりによって同じ会社かよ……)



 嫌な偶然に赤田は、思いっきり嫌そうな顔をする。

 だが赤田はある意味で平等主義、そして何より面食いである。



(ま、いっか。そんなことより顔の方はどんな感じかな?)



 相手が誰であろうと関係ない。

 それはそれとして顔の検分はするのが赤田だ。



(ふむ。泣き面ではなければそれなりに美人のようだが……所詮はそれなり止まりその程度か。面倒だし、あの程度の女には関わらないとこ。それよりも他の女は……)



 そうこうしてるうちに入社式が終わったようだ。

 自分が務めることになる担当部署の上司に連れられる形で新入社員が移動をはじめた。

 そんな中、赤田と近くに座っていた他の新入社員の前にスーツをまとった一人の女性がやってきた。



(こりゃまた、なかなかの別嬪。この会社はレベル高いな)



 赤田は心の中で感嘆の息をもらした。

 その女性は、黒髪をサイドテールでまとめており、スーツをきっちり着こなす姿は凛々しく、仕事の出来る女といった雰囲気を漂わせ、なにより人形のように整った顔立ちをしていた。



「あなた達の上司になる柳澤です。では案内をするのでついてきてください」



 どうやら、この柳澤という女性が赤田と、同じ部署に配属されるらしい同期の新入社員たちの上司となるらしい。

 柳澤は最低限の自己紹介をすませると、他に言うことはないと言いたげに移動を開始した。



(ほんと、仕事人間って感じだな)



 赤田たちは急いで、歩きだした柳澤のあとについて行った。

 ちなみに、今朝ぶつかった女性は同じ部署ではないようだ。

 嫌な偶然はそう何度も重ならないものらしい。




 ■ ■ ■




「ここがあなた達が働くことになる職場です」



 柳澤の案内でたどり着いたのはドラマとかに出てきそうな、よくある感じのオフィスだった。

 先輩社員たちがデスクワークに励んでいる。

 いかにも社会人が働いていそうな職場といった雰囲気だ。



(このオフィスが俺の職場か……)



 赤田は仕事をする気なんてないが、気分だけは上がった。



「皆さん、仕事の手を止めてください。こちらにいるのが先ほど入社式を終えたばかりの新入社員です。では新入社員の皆さん、自己紹介を」

「は、はい。自分は──」



 柳澤の呼びかけにより仕事中だった社員たちの目が新入社員に向けられるなか、柳澤に促され新入社員が次々と自己紹介をはじめていく。

 仕事の手を止めて向けられる先輩社員たちの眼差しにみんな緊張した面持ちではあるが自己紹介をし、次の人へと繋いでいく。



「んじゃ、次は俺が」



 そして赤田の番が回ってくる。

 だが赤田は緊張のかけらもなく、

 挫折や悔しさといった失敗談がないのだから当然だ。



「今日からここで働かせてもらう赤田空日です。よろしくお願いします」



 なんせ、笑顔を振りまくだけでいいのだから。



「「「キャー!!!」」」



 笑顔で自己紹介をする。ただそれだけで真っ黄色な歓声が上がるのが赤田クオリティー。

 大半の女性は目をハートにして喜びの声をあげ、先ほどまで凛々しかった柳澤までうっとりとした、メスの表情をしていた。

 いや、それどころではない。挙句の果てにはだらしなくヨダレを垂らす者までいる始末だ。

 ただの自己紹介でこの有様とは恐ろしい限りだ。



(ふぅ、楽勝♪ 俺の人生マジイージー♪)



 赤田は予想通りでいつも通りな結果に達成感や喜びを感じ、愉悦に浸る。


 そんな赤田をよそに自己紹介は続き、横にたっていた人物が言葉を声に出す。



「今日から皆さんとともに働かせてもらいます──」



 横にたっていた人物は女性のようだ。

 赤田の次というのは結構なプレッシャーだろうに、声の主はそんなことを一切感じさせない落ち着いた声で涼やかに話す。



(この声、女か? そのわりには落ち着いているような……まさか俺の笑顔に魅了されず、正気を保っていたというのか?)



 女性の落ち着いた声に、若干かませ犬っぽい感想とともに赤田の意識が現実に引っ張られ、その声に耳を傾け──そこでふと気づく。



(あれ?

 この声、前にどこかで聞いた気が……)



 いつ聞いたのかはわからない。

 しかし、聞き覚えはある声に首を傾げる赤田。

 だが、それも一瞬。



「──中篠なかじょう綾世あやせです」



 その名を聞いて、そして隣に立つ女性の顔をここにきてようやく見ることで思い出した。

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俺の職場が気まずすぎる件について 都市上 博 @31lord

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