第6話 終

「ひでえ話だな。よってたかって、ありもしねえものをでっち上げた結果だぞ」


「君がそんなに怒るのは、珍しいね」


「あれを作り出した奴等。全員殺してやりたい気分だよ」


「大臣はどう思う?」


「特に何も」


「おい待て。あんな見た目で。殺してくれって言ってるんだぞ。かわいそうだとは思わねえのか」


「そうでもないわ。死にたいなら死なせてあげたらいいんじゃないかしら」


「人の心はないのか」


「まあまあ。じゃあ、殺してあげようか。三人で」


 ひとりひとり。

 それだと思うものを、思い浮かべる。


 目の前。人を継ぎ接ぎしたような何かが。ぐちゃぐちゃと変化していく。

 少しずつ。

 人の形が消えていって。


 ひとつの、煙草になった。

 ぽとりと、落ちる。


「これが、求めたものか」


「あっけねえな。こんな。こんなもののために。ふざけやがって。存在しないものを勝手に作って、勝手にもてあそびやがって。許さねえ」


「まあまあ。じゃあ、最初は君が吸いなよ」


 彼が、煙草を手に取って。火をつけずに、吸って、吐く。


「いい味だな。喉がすっきりする」


「煙草じゃなくて喉の薬なのかな」


 自分も、吸った。


「ごほっごほっ」


 思いっきり、煙草だった。


「普通に煙草だよ」


 ただ、むせただけで。喉や肺に、痛みはない。煙草のようで、煙草ではない。


「じゃあ、わたしも」


 大臣。煙草を手に取って。


「もぐ」


 食べはじめた。


「おい」


「ちょっと大臣。何してるんですかおい」


「おいしい」


 煙草。シガレットのお菓子みたいに、ぱりぱりと音を立てて。


 なくなった。


「食いやがった。おい。まじかよ」


「大臣。それは殺人ですよ?」


「みてみて」


 大臣。手を差し出してくる。


 煙草。


 そこにあった。


「あれ」


「なんだこれ」


「シガレットを食べるとシガレットがひとつ。もひとつ食べると」


 大臣。その煙草も食べる。


「シガレットがひとつ。無限シガレットね。おいしいわ」


 大臣。どうやら、おなかがすいているらしい。


「法案整備も大詰めで、糖分が足りないのよ」


「まあ、いいか。それぐらいで」


「俺たち三人にとっては、ただの煙草か」


「必要なら、人の姿にして手を借りようかしら。できるわよね?」


 煙草。頷く。


「ただの煙草なのにな。頷いたのが俺にも分かる」


「人なんだから、そりゃあ分かるでしょ」


 煙草。


 もう、水に濡れてはいなかった。


 また、大臣にぽりぽりと食べられている。

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水に濡れた煙草 春嵐 @aiot3110

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