お姉ちゃん

@Black555

お姉ちゃん


 玄関の外で雀の鳴き声が聞こえる。


「香奈! 行くよ!」


 靴を履き終えた米村薫は制服に汚れが無いか確認する。


「待って! お姉ちゃん!」


 奥からランドセルを背負った米村香奈が走ってくる。

 制服姿の薫に対して香奈は私服姿だ。

 香奈は靴を履こうと玄関に腰掛ける。

 長い黒髪が床に付きそうになる。


(私も伸ばそうかな……)


 薫は自分の短い黒髪を触る。


「良し!」


 靴を履き終えた香奈は立ち上がり、薫の隣に立つ。


「忘れ物はない?」

「うん」

「じゃあ、行こうか」


 薫は近くに置いてある学生鞄を肩にかける。


「二人とも気をつけて行くのよ!」


 奥から母親の声が聞こえる。


「はーい。行ってきます」


 二人は声を揃えると扉を開け、外に出て行った。


「お姉ちゃん! 早く!」

「こら! 走らないの!」


 元気良く走っている香奈を後ろから薫が注意する。

 辺りは住宅街が並んでおり、上には鴉や雀が電線に止まっていた。

 二人は学校が近い事もあり、いつも一緒に登校をしている。

 最初は恥ずかしいと言う思いの方が強く、お互い話をせずに学校まで登校していた。

 しかし、今はそんな思いは薄れ、こうして二人だけの時間を楽しんでいた。

 やがて、二人は緩やかな坂に差し掛かる。


「あっ」


 突然、香奈が立ち止まる。


「どうしたの?」


 薫も隣で立ち止まる。

 坂は道幅が広く、両側には電柱が一定の距離を保って、立っている。

 そんな坂を香奈は浮かない顔で見つめている。


「どうしたの? 早く行こ」


 薫が呼びかけるが香奈は答えない。

 二人の間に沈黙が流れる。


「……お姉ちゃん」


 香奈が重苦しそうに口を開く。


「何?」

「遠回りしよう。ここ、通りたくない」


 香奈が薫の方に顔を向ける。

 その表情から必死さが窺える。


「どうして?」

「それは……」


 香奈は再び黙ってしまう。


「香奈。お姉ちゃんに隠し事は無しよ」

「……分かった」


 香奈は真剣な顔で話し始める。


「お姉ちゃんはリカちゃんって知ってる?」

「リカちゃん?」


 香奈の言葉に薫は首を傾げる。


「うん。友達から聞いたの。この坂にリカちゃんって言う人形のお化けが出るんだって」

「それで?」

「リカちゃんは坂を通る人から自分の気に入った人を見つけるんだって」

「見つけてどうするの?」


 薫が聞くと香奈は静かに答える。


「……仲間にしようと襲うんだって」


 二人の間に沈黙が流れる。

 それと同時に鴉が飛び去る音が聞こえる。


「迷信だって!」


 薫が元気よく言う。

 しかし、香奈の表情は晴れない。


「でも……」

「大丈夫!」


 薫はそう言って香奈の手を握ると坂を登り始める。


「お姉ちゃん!」

「大丈夫! お姉ちゃんを信じなさい!」


 二人は坂をどんどんと進む。

 その時、薫の目にゴミ捨て場が目に入る。

 ゴミ捨て場にはゴミ袋が無造作に置いてある。

 薫は顔をしかめながら通り過ぎようとした時だった。


キイ。


 薫の耳に乾いた音が聞こえる。

 薫は立ち止まり、辺りを見渡す。

 しかし、そんな音が出る物は見当たらない。 

 その時、ゴミ捨て場から視線を感じる。

 薫は勢い良く振り返る。

 そこには黒いゴシック&ロリータを着た一体の球体人形が座っていた。 

 長い黒髪と端正な女顔が一瞬、少女を思わせる。

 しかし、袖から覗く腕には艶と関節があり、それが人形だと確認できる。

 その人形には汚れは無く、最近捨てられた物だと分かる。 

 人形は吸い込まれそうな青い瞳で薫を見つめている。


(あんな人形…… 置いてあった?)


 薫は背中に寒いものを感じる。


「お姉ちゃん?」


 薫は香奈の方を向く。

 香奈は心配そうに見つめている。


「大丈夫?」

「……うん。大丈夫だよ」

 

 二人はそのままゴミ捨て場を後にした。


 太陽が西に傾き、少し薄暗くなった道を薫が歩いている。

 普段は部活もないので早く帰る事が出来るのだが今日は違った。

 先生に用事を頼まれてしまったからだ。


(遅くなっちゃたな……)


 道を歩きながら薫は溜息をつく。

 やがて、電柱に付いている照明器具が点き始める。


(早く帰ろう)


 薫は足を早める。

 やがて、あの坂に差し掛かる。


「あれ?」


 薫は立ち止まる。

 電柱の明かりの下に一人の少女が立っていた。

 少女は泣いているのか顔を手に覆っている。


(こんな時間に女の子?)


 薫はゆっくりと近づく。

 冷たい風が吹き抜け、少女の長い髪が揺れる。 


「どうしたの?」


 薫は少女に声をかける。少女は静かな声で答える。


「お家に帰れないの」

「どうして?」

「辺りは暗いし。それに……」


 少女は顔を上げる。

 端正な顔付きで薫は思わず見惚れてしまう。


「ここにお化けが出るって……」


 少女の言葉で薫は我に帰ると笑顔で少女に言う。


「大丈夫よ。お姉ちゃんと一緒に帰ろう」


 薫は少女に手を差し出す。


「ありがとう。お姉ちゃん」


 少女はニコッと笑い、薫の手を握った。

 少女の手は冷たかった。


 二人は手を繋ぎながら暗い坂を下っていた。 

 電柱の明かりが強くなる。


「名前は何て言うの?」

「……理佳」

「理佳ちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」


 薫は明るい声で言う。


「理佳ちゃんは兄妹とかいるの? 私は妹がいるんだ。ちょうど理佳ちゃんくらいかな」

「知ってる」

「え?」


 薫は少女の方を向く。

 少女は顔を伏せている。


「お姉ちゃん。この坂、通っているよね。いつも」

「え、あ、うん」

「私、見ていたんだ」

「そ、そうなんだ」


 薫は顔を前に向ける。


(この辺りに子供なんていたっけ?)


 薫が思い出そうとするが理佳が話し始める。


「私はね、お姉ちゃんがいたの」

「お姉ちゃんが…… いた?」

「お姉ちゃんは私に服を買ってくれたり色々な場所に連れてってくれたの」

「そうなんだ… 優しいお姉ちゃんだったんだ」


 薫は静かに言う。理佳は構わず続ける。


「でも、お姉ちゃんが誕生日の時に新しい家族ができたんだ」

「新しい家族?」

「やがて、お姉ちゃんは私じゃなくて新しい家族の方を可愛がるようになったの。私はいつも離れた所で見ていたわ」


 薫は段々背筋が寒くなるのを感じた。


「理佳ちゃん。ごめん、話が良く分からないんだけど……」


 薫は理佳の方に顔を向ける。

 すると、理佳が立ち止まる。

 そこはあのゴミ捨て場だった。

 電柱の明かりが少し点滅するがすぐに元に戻った。


「私、ここに捨てられたの」

「え?」

「あの日の事は忘れないわ。ある日、お姉ちゃんが部屋に入ってきてね。私を手に持つと外に出たの」


 理佳は顔を伏せたまま静かな声で話す。

 生暖かい風が吹き抜ける。


「何を言ってるの?」

「私は喜んだわ。久しぶりのお外だったから。でも……」


 理佳はゴミ捨て場の方に顔を向ける。

 長い髪で表情が分からない。


「連れて来られたのはここだった。お姉ちゃんは私を置くとすぐに立ち去ったわ。別れの言葉も無しで……」

「やめて!」


 薫は叫ぶ。理佳は黙ってしまう。


「冗談はよして! 行くよ!」

 

 薫は顔を前に向け、強く引く。

 しかし、理佳は動かない。


「捨てられたとわかるのに時間は掛からなかったわ。それから探していたの。私を裏切らないお姉ちゃんを。私を可愛がってくれるお姉ちゃんを」

「いや! やめて!」


 薫は手を振り解こうとするが強い力で握られているのか振り解けない。


キイ。


 聞き覚えのある音が薫の耳に入る。

 薫の思考が停止する。


「お姉ちゃん……」


 薫は理佳の方にゆっくりと振り返る。

 しかし、そこにいたのは理佳ではなかった。

 足や腕は変な方向にねじ曲がり、長い髪と洋風の服は泥で汚れていた。

 明らかに人間ではないものが薫の手を握っていた。

 何より青い瞳と剥がれかかった顔が薫の顔をじっと見ている。


「ひっ!」


 薫は小さな悲鳴をあげる。


「お姉ちゃん…… 一緒にいよう」


 次の日から薫の姿は見たものはいない。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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