愛を独り占めにしたチョコ

しづく

愛を独り占めにしたチョコ

 開いていた参考書から目を離し、硬くなった身体をほぐすようにぐっと大きく伸びをした。

「もう、こんな時間か」

時計は既に12時を過ぎていた。少し休憩でもしよう、そう思って私は勉強机から離れた。いつもなら苦痛である受験勉強も今日はお楽しみがあったから頑張ることが出来た。カバンをあさり、大層な見た目をした小包を取り出した。丁寧に包装を剥がす。それは高級なチョコであった。お菓子に目がない私に取ってこのチョコはずっと憧れであった。しかしその値段から今まで手を出せずにいた。そんな一品が今私の目の前にある。

 私がこのチョコと出会うのはこれで二度目だった。初めてこのチョコを見た日、あのホワイトデーの夜のことがついさっきのことのように思い出される。勉強も疲れてきた。頭を休まるがてら少し昔の日々を振り返ろう。そう思い私はまた椅子に腰掛け目閉じた。

 あれは2年前、高校1年のホワイトデーの放課後のことだった。卓球部の打ち合わせが長引いてしまった私は早く帰ろうと急いで教室に向かった。皆帰ったのだろう、しんと静まり返る廊下を歩き、教室のドアに手をかけた時2人の姿が目に入った。

「あれは。」

目を凝らしてみるとそこには一組の男女がいた。男の方はお金持ちだの御曹司だのクラスで話題になっていた鳥栖君だった。生憎こちらに背を向けているが低い身長と腕にギラつく高そうな時計は間違いなく彼だった。対する女子の方は、彼女を見て私は思わずはっとしてしまった。女子の中でも上位層の持田さんだった。私はなんとなく彼女が苦手だった。美人だと持て囃され、まるで自分が女王であるかのように振る舞う彼女が、男子の前では弱いところを見せる彼女がまるで全て作り物のように見えてしまっていて苦手だった。鳥栖君に向かい合う形で立っている持田さんの位置からはドア付近にいる私が見えていたのかもしれない。一瞬目が合った、気がして私は隠れてしまった。

 完全に入るタイミングを逃してしまった。もう一度、教室の2人のことを考えてみた。何故2人は誰もいない放課後に2人っきりで教室に残っていたのだろう。一度疑問に思うと途端に気になって仕方がない。私は教室の声を聞くため耳をそばだてた。

「これ、受け取って欲しいな」

鳥栖君の声が聞こえてきた。受け取る、その言葉で今日がなんの日だったか気付いた。ホワイトデーのお返しを渡していたのだ。疑問が解決した満足感と同時に自分が想像していたような面白い展開にはならないと分かり少しがっかりした。1年の最初から何かと噂が絶えない2人であった。正直鳥栖君と持田さんはお似合いの2人とは思えなかった。彼氏の影が絶えない持田さんと浮ついた話を一切聞かない鳥栖君。それでも何故か2人は一緒にいることが多かった。心では分かり合っているから?趣味が同じだから?到底私にはそう思えなかった。

「鳥栖は何だろうね、小さいおじさんって感じかな」

クラスの男子と笑いながら話していた持田さんの姿を以前見てしまった私には全くもってこの組み合わせが理解出来なかった。

「ありがとうね、本当に嬉しい」

持田さんが感謝の言葉を伝えているのが聞こえる。一体この甘ったるい声はどこから出ているのだろう。鳥栖君はどこまで彼女のことを知っているのだろう。

「帰ろっか」

持田さんがそういうと教室が少しだけ騒がしくなった。きっと帰宅の準備をしているのだろう。ドアが開き2人とは目が合う。バイバイ、形だけの挨拶をしておく。持田さんの手元に目がいった。その手には、お菓子に詳しくない人でも名前を聞いたことがあるような高級チョコメーカーの包みが握られていた。一体いくらくらいするのだろう、そんな疑問を頭の隅に残しながら帰路につく2人の後ろ姿を見たくて何気なく振り返った。持田さんもこちらを見ていた。鳥栖君に気付かれないように少し後ろを歩きながら静かに口元に人差し指をくっつけ

「内緒だよ」

と言いたそうな表情をしていた。今度こそ私たちは目が合った。視線に負けそうになった私は慌てて目を逸らした。そのまま2人はブラックチョコよりも黒い夜に消えていった。

 私はゆっくりと目を開けた。今でも彼女の表情を思い出すと背筋がぞくりとする。結局あの後特に2人に進展はなく、クラス替えによって私たちは全員離れてしまった。私もあれ以降持田さんと何かあった訳でも無くただ別々の時間を過ごして今まで来てしまった。だが今はこのチョコが数年の時を経て私と持田さんを繋いでいる。一粒摘んで口に入れた。苦かった。とても苦かった。彼女はこんな物を食べていたのか。この苦さも美味しさと思うことが彼女にとっての人生だったのだろうか。

 あの日から時計の針は進み、私も大好きだと胸を張って言える彼氏が出来た。苦いチョコを食べたことで彼と2人で食べた甘いチョコの味が懐かしく感じた。

「私は彼女にはなれない。でも私は私で生きていく」

苦いチョコを呑み込んだ後の口の中にはほんのりと甘みが広がっていった。

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愛を独り占めにしたチョコ しづく @shizuku0429

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