東京の座敷童
桐谷はる
東京の座敷童
スクラップアンドビルド激しい都内には、住処を追われ居場所をなくした哀れな座敷童がたくさんいる。
新宿、原宿、丸の内といった、大きな駅に住んでいるやつらは徒党を組んで生きのびている。ねずみを飼いならし、カラスを乗りこなし、野武士みたいにたくましい。大きな駅の周りでは見つけても触らないほうがいい。小さいくせにやたらと喧嘩っ早くて、うっかり捕まえようとしようものなら安全ピンを改造した剣や吹き矢で容赦なく手のひらを刺してくる。大抵は仲間も近くにいて、こちらが諦めるまで四方八方から攻撃してくる。
捕まえるならひとりぽっちで生きているやつだ。
繁華街から少し離れた住宅街などに住んでいる。大きさは子供の手のひらに乗るくらい。古びた着物におかっぱ頭。駅の構内や自動販売機など、明るくて人が集まる場所に居つく。そのつもりで探さないとなかなか見つけられないが、慣れてくればそう難しいことじゃない。池袋から沿線で5駅、最近古い家屋の取り壊しがあった土地(八百屋だったらしい)に目星をつけて、付近のコンビニや駅まわりを探した。
目で探そうとしてもあまりうまくいかない。彼らはとても小さいし、保護色の着物をまとっている。
人によってやり方は違うそうだが、僕の場合は耳だ。聴覚に頼る。
風に枯れ葉が鳴るような、じっくり耳をそばだててようやく聞こえる、しくしくすすり泣く声を探す。猫やカラスがいそうなところにはいない。人の目線よりちょっと高いところに意外といる。街灯、駅の壁、電線――、いた。
タバコ屋の店先の自動販売機のガラスに、うんとちいさいのがしがみついていた。
襟首をつまんでそっと引きはがす。手足をぱたぱたさせて暴れる。用意していたニッキ飴を与えてやると、両手で持ってなめ始めた。なめながらまだ泣いている。乾いたきれいなタオルにくるんで、カバンの中にそっと入れた。
新しい美術館や寺社仏閣など、「雰囲気を出したい」建物の持ち主に最近はこういうものが売れる。けっこういい値段で買ってもらえる。
座敷童はニッキ飴のにおいをさせながら、小さな手でタオルをかきわけかきわけ、カバンの隙間から顔を出した。
――吾はどこに行くのじゃ、と小さな声で言う。
言葉が喋れるのは、長く人の家で暮らした証拠だ。もしかしたら100年くらい生きているのかもしれない。座敷童集めを営む人は、会話ができるタイプとはあまり話をしないほうがいいと言う。年寄りは特にそうだ。御年七十五歳の海苔屋の権蔵さんは、捕まえた座敷童が喋るやつだと、大抵そのまま逃がしてしまう。理由は聞いても教えてくれない。僕はむしろ喋れるやつを優先して捕まえるし、権蔵さんが逃がしたやつも追っかけていって捕まえる。なぜならそのほうが高く売れるからだ。
きれいなお屋敷に行くんだよ、と僕は答える。
北にある大きなレンガのお屋敷だよ。昔は林檎のお酒の工場だったんだけど、いろんな珍しいものやきれいなものを入れて、建物もうんときれいにして、美術館にしたんだって。そこに君はいくんだよ。長く幸せに暮らすんだ。
広くてきれいな建物に放すと、座敷童はいつの間にか見えなくなって、代わりに部屋の空気になんとも言えない味が出る。普通なら何年も経たなければそういう空気は出てこないらしいが、最近は特にアート系の建物に「雰囲気」をつけたがる客が多い。僕は「れんがとは何じゃ」ともしょもしょ喋る座敷童を問答無用でタオルにくるみなおし、カバンの奥深くにそっと押し込んだ。今夜のノルマはあと四匹だ。
東京の座敷童 桐谷はる @kiriyaharu
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