琥珀畑

安良巻祐介

 星明かりの下で、ほんのりと幽かな光を帯びる古い琥珀畑のそばには、どこまでも終わりそうもない長い土手があった。

 一人きりでそこを歩いていると、自分がタバコの先の蛍火になったような心地がする。

 或いは、卓に一つだけ置き去られた酒盃の漣に遊んでいるような心地もする。

 そういうほのかな、胡乱な、頼りのない心地に身を委ねてしまうことが、どんな薬を呑むよりも、魂をふやけさせてくれる。

 それが証拠に、今朝目覚めた時、頭の端に残っていた睡眠薬の薫りは、浮気な主に愛想を尽かして、今はどこかへ去ってしまった。

 琥珀畑にゃ、何が生る…

 遠く、誰かが歌っているそんな詞は、しかし耳にはちっとも聴こえない。鼓膜は一度も震えない。頭の中と、心のうろの隅にしか、響かない歌らしい。

 そう言えば、土手の下に広がる、その透き通った黄金色の絨毯に、誰がどんな種を蒔いたものか、よく知らない。

 大方、古いシャペウを目深にかむった、顔のまるで見えない人が、地平線にその長い足をかけて通りすぎるときに、何かそこらへ落としていった、そんなところだろう。

 だから、そんなものの事を、地べたでつらつら考えたって、仕方がないのだ。

 ゆっくりと、土手の向こうの星花火を眺めて、笑う。

 今はただ、この胡乱な心持ちをそのままに。

 星明かりの下で、どこまで続くか知れない土手を、タバコの燃え尽きるまで、歩いてゆくとしよう。

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琥珀畑 安良巻祐介 @aramaki88

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