第115話◇番外編◇もう二度と間違わない。きみだけを愛し続けると誓うよ


「行かな……で……」


 ここにはもう二人を引き裂く者はいないというのに、ジェーンは悲しい寝言を繰り返す。午睡のカウチソファーの上でぽろぽろと眠りながら涙を流す。ルイはジェーンを抱きしめながら耳元で囁いた。


「もうどこにも行かない。きみの側にいる」

「……ん、ん……?」


 ジェーンは、その言葉に安心したように涙を流すのを止め、前世のルイの名を呼んだ。そんな彼女が愛おしく思い、髪を梳いてやると、無意識なのだろう。ルイの服の袖を掴んで静かな寝息を立て始めた。


 ルイは、前世の記憶を取り戻してからジェーンが彼女だとすぐに分かった。彼女がこの世界に転生していると言う事は、彼に歓喜をもたらした。もう一度、彼女と一緒に同じ世界で生き直せる。それがどうしようもなく嬉しかった。今度こそ間違えはしない。


 この世界は自分が企画した乙女ゲーム「ときめきジュエルクイーン」に酷似していた。ゲームの中でのヒロインはジェーン・シルバー。銀髪に青い目をした清楚な感じの美しい令嬢。深窓育ちのお姫さま育ちで人を疑うことを知らないヒロインが、周囲の思惑で王位継承争いに巻き込まれる話になっていた。

 このゲームはヒロインがバッドエンドを迎える確立が高い。そのせいで制作サイドがいつもしてやられる悪役令嬢に同情していて、ヒロインを徹底的に追い込むゲームにしたのだとデマが流れた。


 主人公の意識を変えればハッピーエンドになるのに、それに気がつかないゲーマーたちが、なかなかハッピーエンドを迎えられなくてムカついた結果だろう。

 ハッピーエンドを迎えるには、ヒロインが周囲の意見に流されずに自分の考えで動き出せば良いだけなのだ。彼女のように……。

 そう彼女は、ヒロインのモデルだった。しっかり者の彼女は、ハッピーエンドを自ら掴み取るヒロインに相応しかった。


「……側に……て……」

「もちろんだよ」


 まだ夢の中では不安なのだろうか? 手をにぎ締めてやると、口角がわずかにあがったような気がした。少しでも楽しい夢を見てくれていればいいが。

 ルイにとってはジェーンを幸せにする。それが自分の天命だと思っている。このようにまだ涙を流しているということは相当、魂に刻み込まれた傷が深いのだろう。前世の彼女の悲しみの深さを思い切なくなる。


(どうしたらきみの哀しみを癒してやれる?)


 彼女が涙する度に、自分が許されてはいないことを知る。自業自得だとは分かっている。でも、もうこのように悲しい記憶を思い出させたくはないと思う。


「ねぇ、ジェーン。私はきみの願いを何でも叶えるよ。あの時のように」

「……ん」

「私はきみを愛している。ずっと前から。そしてこれから先もね。愛し続けるよ」


 ジェーンは聞いていないだろうけど、ルイの呟きに反応した。ルイはほほ笑み、ジェーンの銀髪を救い上げ、そこに唇を落とす。


「でもきみがギルバードを好きになった時には嫉妬した。馬鹿だよね。自分だってきみを裏切ったくせに……」


 私は自分でも気がついてなかったようだけど、案外嫉妬深かったようだよ。と、寝顔に言えば睫毛がぴくりと反応したような気がした。


「きみとギルバードが共にいるのをよく思わなくて、きみを宮廷にしょっちゅう呼びつけた。彼と共にいる時間が許せなくてね。だけどきみがギルバードと婚約破棄したいと言い出した時には驚いたよ。何があったのかってね」


 ルイは苦笑した。ジェーンが聞いているはずもないのに溢したくて仕方なかった。


「もしかしたらきみが前世の記憶を持っているのではないかってその時、思ったんだ。そんなことあり得ないのにね」


 ルイは呟く。きみがあんなにギルバードのことを好きだったのに、掌返したような態度を取り始めたから。だから秘めていたきみへの想いを我慢出来なくなった。


「愛しているよ。ジェーン」

「……わたしもよ」

「ジェーン? 起きていたの? いつから?」


 寝ていたはずのジェーンが起き上がり、ルイに抱きつく。ルイは驚いた。


「私はきみを愛している。ずっと前から。そしてこれから先もね。愛し続けるよの辺りから」

「聞かれていたのか……、参ったな」


 ルイはジェーンの背に腕を回した。その腕の中でジェーンがこちらを見あげて言った。


「もう一度、言って下さらない? わたしのことをどう思っているの? あなたの誕生日会の時はグレイに邪魔されて聞けなかったし、戦いの前にもキスはされたけどあなたの気持ちをはっきり口にしてくれないと、自分の都合の良いようにしか考えられないわ」

「聡明なきみには私の気持ちなどとうにバレていると思っていたよ。ジェーン。私はきみを愛している。どうしようもないくらいにね」

「ルイ。あなた……だったのね?」


 ジェーンが前世のルイの名前を口にした。彼の告白を聞いたことで、ルイが前世、自分を振った相手だと理解したようだった。


「そうだよ。軽蔑した? きみを長いこと苦しめてきて悪かった。いい訳にしかならないけど、あの日、きみに別れを告げたことは後悔していたんだ。きみに恨まれても仕方ないと思っている」

「軽蔑なんてしてない。わたしあなたに捨てられたと思っていたの。だから……あなたが想っていてくれて嬉しい。この世界であなたに会えて良かった」

「ジェーン」


 あの日のように泣き笑いの表情を浮かべながらも、そこに悲痛な色は見られなかった。ルイは慈しむように口付けを送る。


「もう二度と間違わない。きみだけを愛し続けると誓うよ」

「ルイ……!」


 ジェーンはルイの腕の中で花が綻ぶように笑った。

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💎ヒロインは死にたくないので婚約破棄します! 朝比奈 呈🐣 @Sunlight715

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