渡河

 しゃんしゃらと、遠くに澄んだ鈴音が聞こえている。目の塞がった今となっても、見送りに来た後輩や、巫女たちの舞うたおやかな所作が、ぼんやりと意識されていた。

 河を取り巻く霧の冷たさが、肌から滑りこんで染みとおってくる。いつか見たように、銀の水面が朝日に輝いているのだろうと思った。

 後輩の謹製である香り灯篭が、僕という存在を静かに剥ぎ取っていく。灯にはわずかに山椒が濃く、松の油が爆ぜる音が小気味よく響いた。どんどんと体が軽くなって、先刻まで違和感しかなかった翅がぴんと伸び、馴染んでくるのがわかった。

 ああ、僕も渡っていくんだ。憧れたティル・ナ・ヌォーグへ。

 ふいにそんな思いが強く胸をついて、それから、河向こうを臨む彼女の姿を思い出した。呼ばれているような気がして、そんなわけないと思った。僕は何も知らないし、何もわかっていないのだから。

 ここにはない、蜂蜜酒の香りを思い出す。好きでなかったはずのそれも、悪くないのかもしれないと思った。

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蜂蜜色のないしょごと 八枝ひいろ @yae_hiiro

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