第15話
「結菜さんは、私たちの他にも過去からワープした人を預かったことがある、そうですよね?」
そう厳しい口調で尋ねると結菜さんは息を呑んだ。
「どうして……?どうして知ってるの……?」
結菜さんが恐る恐る口にした言葉に私ははっきりと言葉を放つ。
「聞いたんです。美代子さんから」
「美代子……?あ、佐藤さん……?」
割と近所だからか、結菜さんは美代子さんのことを知っているようだった。
まあ、美代子さんの方が結菜さんのことを知っているのだから結菜さんが知らないわけないけれど。
「そうです」
「それについては……ノーコメントで」
結菜さんがそう言いながら俯く。
ここで黙っているわけにもいかない。私たちは元の時代へ戻らなければいけないのだから。
「結菜さんは知ってるんですよね?本当は」
「何を……?」
しらばっくれないで。
私は心の中で毒を吐く。
「過去に戻る方法を」
私が短く簡潔にそう言うと結菜さんの表情が一瞬にして固まった。
何分経過したのか結菜さんが乾いた声で言葉を紡ぐ。
「し、知らないわ……。そんな、過去に戻る方法なんて……。私に聞かないで」
「言い逃れするんですか?私たちだって早く元の時代へ戻りたいんです。ずっと未来に留まっているわけにはいかないんですよっ!」
最後の方で声を荒げてしまい、結菜さんが肩を大きく震わせる。
これでは、どちらが年上か分からなくなってしまう。
「……ごめん……。本当に無理……」
結菜さんはそれだけ吐き出すと逃げるようにリビングから出て行ってしまった。
私は一人リビングに取り残される。
あの様子は絶対に知っている。
知っているのに隠すなんて余程の理由があるとしか思えない。
一体なんなの?
気がついたら朝だった。
知らぬ間に私はリビングのソファで寝ていたらしい。
「いたた……」
少し痛む腰を起こしながらソファに座る。
まるで年老いたお婆ちゃんみたいだ。
私がそう考えながら窓の外を放心したように見つめているとリビングのドアが開き、結菜さんが起きてきた。
「あ、お、おはよう……」
結菜さんがそうぎこちなく挨拶をしてくる。
「おはようございます」
私は結菜さんから目を逸らさずにそう返すと結菜さんは少し上擦った声を出しながら言った。
「あぁー今日はいい天気だなー!こういう日はお散歩でもしたいなー」
わざとらしい。
私はそう心の中で悪態を突くとすぐに笑顔の仮面を貼り付け、結菜さんに尋ねる。
「昨日の話ですけど……」
「おっはよー」
私がそこまで話した途端、恭が元気よくリビングへ入ってきた。
ああ、もう、こいつはいつだってタイミングが悪いんだから。
最近毒舌が多くなってきているのには気にせず、私は結菜さんへの話を邪魔されたことへの不満が募る。
流石に恭の前であの話はできないな……。
恭の前では結菜さんとは普通に振る舞おう。
私は諦めるとソファに座り直した。
「今日の朝飯、なんすか?」
恭がキッチンに向かいながらそう聞く。
「今日はねぇ……、パンケーキ!」
「パンケーキ!?俺、それ好きじゃない」
「好き嫌い言わないの!蜂蜜かけると美味しいのに」
「えーやだなー」
恭がそう言いながら冷蔵庫の中身を漁る。
「あー!これ、俺が好きだったやつ!未来にもまだあるんだ!」
そう言って恭が取り出したのは茶色のパッケージの牛乳パックみたいなもの。
「なにそれ」
私がそう聞くと恭が早速コップに自分の分を注ぎながら答える。
「結月、知らないのー?コーヒー牛乳だよー美味しいじゃん?」
「いや、飲んだことないし」
私がそう呟くと恭が私のところへ茶色の液体が並々と注がれたコップを持ってくる。
「はい。これ、結月の分」
「は?要らないし。欲しいなんて一言も言ってないんだけど」
「まあ、いいじゃん!美味しいんだから」
私は仕方なく恭から透明なガラスのコップを受け取り一口飲んでみることにした。
「あっま」
それは舌にぬらつく甘さであった。
「美味しいだろ?」
恭が私にそう詰め寄ってくる。
「うん。まあまあかな」
「まあまあ!?そんなわけねーだろ!超美味しいじゃん!」
恭がそう言い張るので私は話を合わせることにした。
「まあまあじゃなかったかも。美味しかったよ」
すごい嘘をついているがこれでいい。
恭は満足そうに頷いてコーヒー牛乳のパックを冷蔵庫に戻しに行った。
「はーい!できたよー」
その時結菜さんが丁度朝ご飯の準備が整ったらしく、声をかけた。
「俺、いらなーい」
恭がそう言って寝室に戻ろうとするが私がその首根っこを捕まえて引き戻した。
「だめ。好き嫌いなく食べなきゃ。結菜さんがせっかく作ってくれたのに」
私がそう説教すると恭がちぇ、と舌打ちしながら食卓につく。
テーブルの上には三人分のパンケーキが皿にのっていてメープルシロップや蜂蜜、ホイップクリーム、バニラアイスなども置かれていた。
「パンケーキにバニラアイスのせるの?」
恭が不思議そうに大きなタッパーに入ったバニラアイスを持ち上げる。
「そうよ。甘くて美味しいのよ。熱いパンケーキと冷たいアイスを合わせるのって定番じゃない?」
結菜さんが自分のパンケーキの上にバニラアイスをのせ、その上から更に蜂蜜をかけた。
そこにホイップクリームを少量絞り出し、最後にいちごをのせる。
「うわー結菜さんの、甘そうー」
恭がそう呟く。
「恭くんもなんかかけなよ」
結菜さんはいただきます、と言うと早速食べ始めた。
「んー!美味しい〜」
結菜さんは今にも
恭も少し興味を示したみたいでパンケーキに蜂蜜をかけ、バターをのせていた。
「いただきます。結月も食べなよ」
恭が私にそう勧める。
「あ、うん」
私も恭に習い、パンケーキの上に適量の蜂蜜とホイップクリームをのせると食べ始めた。
「あ、美味い」
恭がそう頷きながら呟く。
「うわーよかったー!」
結菜さんがもう半分なくなった皿にフォークを置きながらそう言った。
「実は母さんのが不味かったのかもな」
恭がそう言うので私は恭の頭に思い切り拳骨を喰らわしてやった。
「いってー」
恭が叩かれた頭を抑える。
「だめでしょ。そんなこと言ったら。おばさんに失礼」
私がそう怒った口調で言うと恭は「ごめんなさーい」と半分棒読みでそう言った。
すると結菜さんが穏やかに笑いながら私に聞こえるほどの声量で独り言を呟いた。
「上手くいくように願ってるよ」
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