第14話
バスケットの中身もそろそろなくなってきた頃、恭が何の気なしに呟いた。
「俺さぁ、未来の俺に会いたいなぁ」
結菜さんが口をえ、の形にしたまま止まっている。
「なんで?会って何すんの?」
私がそう尋ねると恭は沢山食べたお腹を触りながらうーん、と唸った。
「別に何をするとかじゃなくてさ、ただどんな感じになってるのかなぁって」
「それは……やめた方がいいと思う……」
結菜さんが今にも消え入りそうな声でそう言う。
結菜さんらしくなくて私たちは一瞬戸惑いの表情を浮かべる。
「なんでですか?」
私がそう聞くと結菜さんは俯いたまま、黙ってしまった。
今度は私と恭が顔を見合わせて訝しげな表情をする番だった。
結局、結菜さんはその後も一言も喋らずに帰路に就いた。
「いやぁー結菜さん、急にどうしたんだろうねー」
恭がソファに座り、あぐらをかきながら背もたれに背中を預ける。
「どうしたんだろうねー」
「おい、結月、大丈夫か?」
「へ?」
考え事をしながら返事をしたせいか、思いの外気の入っていない答えになってしまった。
「いや、何か悩み事?」
「え、いや、違うと言えば違う」
「なんだよ、それ。めっちゃ気になる」
「いや、恭は聞かない方がいい」
「はぁ?なんでだよ。余計気になる!教えて教えて!」
「嫌だ。恭に教えたってどうせ意味わかんないと思うよ」
「結月って面倒くさいなぁ」
「面倒くさいって失礼だなっ。女子の悩み事に勝手に踏み込んでくるなっ」
「えー?結月って女子なの?知らなかったー」
「んだと?お前!」
「やるのか?」
「やってやろうじゃないの!」
私たちが取っ組み合いを開始しようとすると結菜さんが丁度リビングに入ってくるところだった。
「二人とも何してるの?喧嘩はだめよ」
結菜さんはそう言い残すとキッチンで洗い物をし始めた。
私は気を利かせて結菜さんに声をかける。
「あの、私手伝います」
「あ、いいわ。すぐ終わるから。二人で遊んでなさい」
結菜さんはいつもの元気はどこへいったのか低い声でそう告げる。
「なんか意気消沈って感じだな」
ソファの方に戻ると恭がそう私に耳打ちする。
「確かに」
結菜さんは洗い物を済ませるとまた自室へと戻ってしまった。
「なんか怒らせるようなこと言ったか?俺ら」
「いいや、言ってないと思う」
恭の不安気な言葉に私は首を横に振る。
「何にも思い当たらないよなぁ」
「うん」
恭の言葉に適当に相槌を打ちながらも心の中で別の返答をする。
いいや、心当たりなら一つある。
夜中、私は喉が渇いたので水を汲みにリビングに向かった。
するとリビングには電気が煌々とついていた。
「結菜さんかな……?」
私が一人でそう呟きながらリビングに近づき、ガラス張りのドアから中を覗いてみると結菜さんがソファに座って額を膝にくっつけていた。
何をしているのだろう……?
よく目を凝らしてみると泣いているようだった。
それが分かると今度は嗚咽も微かに聞こえた。
よく分からなかったが私はとりあえずリビングのドアを開けた。
するとその音に反応し、結菜さんの肩が震える。
「あ、結月ちゃん……。どうしたの?」
結菜さんは頬に流れている涙を手の甲で拭いながら聞く。
「水を飲みに……」
「あ、水ね。水。ちょっと待ってて」
そういうと結菜さんは急いでソファから立ち上がり、キッチンへ向かう。
「いや、私がやるのでいいです」
私が結菜さんに言うと結菜さんは無理に笑いながらこう言った。
「いいのよ。これくらい。私がやるわ」
私はその言葉に素直に従い、ソファで座って待っていた。
「どうぞ」
結菜さんはテーブルに水の入ったコップを置くと自分も向かいのソファに腰を下ろした。
暫くの沈黙が流れた後、私は思い切って切り出すことにした。
「あの……。どうしてさっき、泣いていたんですか?」
「え」
そう聞くと結菜さんは下を向いていた顔を思いっきり私の方に向ける。
「さっき、見ちゃって……」
「あ、ごめんね。ちょっと思い出しちゃっただけで……。あ、そうそう。思い出し泣き……みたいなやつ」
結菜さんはまた笑顔の仮面を貼り付ける。
私は少しきつい調子で言ってみた。
「その仮面、疲れませんか?」
「へ?」
結菜さんは私の問いに間抜けな声を上げて返答する。
「その笑顔の仮面です。いつもの笑顔じゃない。ぎこちないです」
「そ、そうかな……?高校生に言われるなんて私はまだまだだなー」
結菜さんはそう笑って頭を掻く。
私は切り札を使うことにした。
「結菜さんに聞きたいことがあります」
「ん?何?」
結菜さんは今度は本物の笑顔で私に聞く。
「これは真剣な話です。これから聞くことに素直に答えてもらいたいです」
そう言うと結菜さんは不思議そうな顔をしながらも頷いてみせた。
これで、結菜さんの秘密を暴けるのだ。
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