第6話 退院 そして始まり

 退院の前にケアマネージャーの和田を伴って泰治と亜由美は病院で、和子が実際にどのようなリハビリをしているのかを見学した。

 和田は既に何回か病院に来ており、リハビリの進行状況を確認しながら、病院のスタッフとも色々と相談していた。

 指定された時刻に病院に赴き受付を済ませる。すると和田が既に待っていてくれた。

「細かい手続きは済ませておきましたから」

 今日は普通の面会とは違うので、本来とは少し手続きが違っていたみたいだ。三人とも手を消毒してマスクを着用して和子の病室に向かう。つい先日まで緊急事態宣言がなされていたからだ。

 エレベーターを降りて病室に向かうと、丁度靴を履いて車椅子に座った和子が理学療法士さんに車椅子を押されて病室から出ようとしていた所だった。

「ああ、丁度良かったです。これからリハビリ室に向かいます。一緒にどうぞ」

 理学療法士に言われて一緒にエレベーターに乗る。和子の病室は4階だがリハビリ室は2階なのだ。

 エレベーターを2階で降りると目の前の大きな部屋がリハビリ室だった。中に入って行くと色々な器具が並べられていた。中には泰治が見慣れたエアロバイクもあり、実際にそれを漕いでる人もいた。

 和子は中央の大きめなベッドの脇に車椅子を横付けられると目の前のポールに捕まって立ち上がろうとしていた。必死な形相の和子は、何とか立ち上がると理学療法士が少し介助してベッドに横向きに寝かされた。そして起き上がる訓練を繰り返し受けた。

「実際にお家のベッドの状況を和田さんから伺いまして、左下の方向で訓練しています。まずご自分でベッドから起きがって、出来ればご自分で車椅子に乗られるようになれば良いと思います」

 理学療法士はその他にも色々な訓練をして都合40分ほど経つと

「今日のリハビリはこれで終わりです。よく頑張りましたね」

 笑顔でそう言って和子を褒めた。

 病室に一緒に帰り今日の見学は終わった。帰り際和田が

「少しお話がありますのでお時間があれば、病院のロビーで」

「大丈夫です」

 和田と泰治と亜由美はロビーの椅子に座ると和田が

「退院してからですが、リハビリのデイサービスですが2ヶ月はリハビリの時間が40分取れますが、それを過ぎると20分になってしまうのです。これは介護保険で決められています。点数は同じなので直ぐにでも通った方が都合が良いと思いますので、この前紹介した施設に連絡を入れました。一度お母様と一緒に面接兼見学で行かれた方が良いと思うのですが、日時はどうしますか?」

「そうですね。退院した翌々日とかはどうでしょうか?」

 泰治は自分の都合のつく日を言ってみた。すると和田は

「じゃあ連絡をしてみます」

 そう言って立ち上がって、二人から少し離れたところで電話をした。途中で

「時間ですが14時でどうでしょうか?」

 和田が会話を向こうと取り持って泰治に当日の時間を言うと泰治も了承した。

「14時に家まで迎えが来ますので、その車に乗ってお二人で見学して来てください。それで良ければ実際の日時は私が調整します」

 実際の細かい調整などは全て和田がやってくれるのだ。ケアマネジャーだから当然とはいえ。頭が下がる想いだった。

 退院の日、また介護タクシーを頼んで家まで送って貰った。今度は家から持ってきた車椅子に和子が乗って帰って来るので運賃は5000円で済んだ。病院がもっと近ければ泰治が車椅子を押して帰って来ても良かったのだが、生憎とそうは行かない距離だった。

 亜由美が後から家の車で荷持を運んでくれたのは言うまでもない。

 実際に帰って来て家の中が一変した様子に少し驚く和子だった。そして玄関に置かれた昇降機に載せると

「怖いよ! 怖いよ!」

 と子供のような態度を見せた。

「大丈夫だから」

 車椅子をロックすれば危険なことは何も無い。和子の車椅子を台に載せて油圧式のレバーを踏み込むと少しずつ台が昇って行く。レバーを何回も踏み込んで台が玄関の上がり口と同じ高さになった。泰治も玄関に上がり車椅子のレバーを解除して、車椅子の方向を家の中に向ける。

「ああ安心した」

 車椅子が安定すると和子は、心から安心した表情を見せた。靴を脱がし、そのまま車椅子のタイヤを雑巾で拭いて汚れを落とし、押して家の中に入る。ここの段差には段差解消のゴム製のステップが敷いてある。

 部屋に入ると眼の前には黒い楕円のテーブルが置かれて、その向こうには電動の介護ベッドが置かれていた。そしてベッドの脇には病院と同じポールが立てられていた。

 こうして和子の家での生活が始まった。病院ではリハビリ用の介護カーで捕まって歩いていたが、家に帰って来ると和子は全くやらなくなった。和田の言った通りだった。口煩く言っても全く駄目だった。一応綿貫が用意してくれた補助カーは無駄になったので返却した。実際使わないものは要らないからだ。

 食事は今まで通り泰治が作っていたが今度は作るだけでは無く、食べられるまで用意しなくてはならなかった。つまり楕円のテーブルに食事を用意してそこに和子を車椅子に座らせて座らせるのだ。

 箸の他にフォークやスプーンも用意する。どうも和子は指の動きが少し鈍くなってきており、献立によっては箸を上手く使えないからだった。次第に和子はフォークやスプーンで食べるようになる。この時に役に立ったのが昔学校の給食で使われた先割れスプーンだった。これなら和子は器用に食べることが出来た。

 後はトイレの問題である。和子が寝る事になった部屋は以前寝ていた部屋ではなく、トイレの向かいの部屋だった。トイレとは廊下を隔てているので、ここにも二箇所段差解消のゴムのステップが敷かれている。

 そして以前和子が寝ていた部屋には泰治が寝ることになった。これは夫婦で話し合った末の結論だった。まあもう夫婦関係云々という歳では無いのでそこは問題なかったし亜由美も結構ドライで

「大丈夫!大丈夫! あなたんもイビキ聞かなくても済むから」

 そんな事を言っていた。何かあった時は時間に関係なくLINEで連絡すると決めた。しかし実際泰治は和子のトイレの回数と時間にに振り回されることになる。

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あした晴れたらいいね まんぼう @manbou

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