掌編小説・『健康』
夢美瑠瑠
掌編小説・『健康』
掌編小説・『健康』
極真空手の師範代である、唐田気和李(からた・けわり)氏は、48歳になって、待望の男の子に恵まれた。5000グラムを超える、健康優良児?だった。
第一子は女の子で弓理(きゅうり)といって、この子は比較的に病弱だった。
アレルギー体質で、アトピー性皮膚炎も患っていた。偏食が激しくて、野菜が嫌いという、そういう嗜好が災いしていたのかもしれない。
運動も嫌いで、「青びょうたん」といじめられて、小学校も不登校になって、ひきこもっていた。
気和李氏は、この長女の轍を踏むまいと、次男には「健康(たけやす)」と命名した。とにかくヘルシーな、健康な子に育てたい、そういう自分の決意を名前への願いとしてこめたのだ…
で、まず食事に気を付けた。アレルギーにしないように、あらゆる食品を少しずつ与えてみて、おかしい兆候があると控えて、必須食品であれば脱感作療法を施した。
虚弱な子にならないように、過保護にならないように、冬も薄着にして、夏も冷房も極力使わなかった。卒乳してからは、ラクトフェリンとか、ナットウキナーゼとかのサプリメントを与えて、免疫力を高めた。腸内環境がまず健康のためには一番大事…
タケヤスの名に恥じない元気いっぱいの子にするのだ…そのために夫婦家族は頑張ったのだ。
男の子は元気で、文字通り健康そのもので、モリモリ食べて、すくすく育っていった。タケヤスは父の影響でか、すぐ空手に興味を持って、持て余している元気を生かして、空手道の申し子となるべく、精進努力し始めた。
父にとっては願ってもない展開で、それなりに様々な奥義やら秘伝やらを究めているという自負のある「カラテ」について、「一子相伝」の伝授教育をし始めた。
武道の神髄の、「臍下丹田」や、「上虚下実」ということも、賢いタケヤスはすぐに自家薬籠中の物として、6歳で黒帯になった。
父の英才教育、健康で元気な子供に何としても育てたい、そうしたポリシーを、賢いタケヤスは完全に理解していて、歩調を合わせるべく頑張るのであった。
健康で有り余る元気があるので、世の中のことは何でもたやすく思えた。
本当に強いものは弱者にも優しい。タケヤスは、病弱な姉のことを気遣って、ことあるごとに「姉貴、大丈夫か?」という子だった。
が…好事魔多し。
12歳で、元気溌剌で、もう極真空手3段になっていたタケヤスが、流行り病にかかってあっけなく亡くなってしまった。
この流行り病は何かの陰謀ではないかと噂される奇病、新病で、免疫力と関係なしに罹患者の命を奪う恐ろしい病気だったのだ。「健康そのものだからおれは大丈夫」、そういう慢心が彼の命を奪ったのだ…
長女の弓理はこの病気を憎んだ。
弓理はひきこもりながらも好きなことをいろいろと勉強して、曲がりなりにも大検で医学部に入学していた。彼女はこの流行り病について研究をした。
そうして、弟の命を奪った、この世界中に蔓延している憎い病気の、治療薬とワクチンを、彼女をリーダーとする研究チームが開発に成功した!
そうして、それで世界は救われたのだ…!
弓理はその治療薬に弟の遺志を継いで、「タケヤス」と名付けた。
みんなどうか治って健康になってほしい…
病気の人の気持ちが痛いほどわかる彼女だった。
そうして弓理はその年のノーベル医学賞を受賞した。…
病弱だったから医学の道に進んで栄誉を究めた姉、健康を過信して夭逝した弟…
まことに人生とは数奇な運命に人間が弄ばれる、巡る小車のような因果応報のドラマ…と言わねばならない。
<了>
掌編小説・『健康』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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