佇む君へ
きょんきょん
佇む君へ
「知ってる?うちの通学路にある歩道橋にお化けが出るらしいよ」
「はいはい。そんなのどこにでもある怪談話でしょ」
「ほんとに出るんだって。B組のカナも見たっていってたし」
「あの子ちょっと痛い子じゃない?」
「それな。てか今日カラオケ行こうよ」
「いいねー行くわ」
近くの学生だろうか。怪談話をしながら登校するなんて物好きもいるもんだ。
なんでも怪談話や恋愛話に話を持っていきたくなるお年頃なのだろうか。
そんな話を聞いていると、今日もあの子がいつもの場所に立っていた――足下に供えられた花の前に。
もう見慣れた光景だ。
あれは何年前だったか、もう覚えてもいないくらい昔のことだけど、この時間になると決まってあそこに立っている。
何か規則性でも有るのだろか。
「おいっ、カナ、ここでお化けが見えるんだろ。どこにいるのか言ってみろよ」
ああ、今日はあの霊感があるっていう子が無理矢理連れてこられたようだ。
「あ、あそこに、いるよ」
「バッカじゃねえの。ここにオバケがいるって言うのかよ。本当電波だなーお前は」
あのカナという子の言われようには同情するけど、残念ながら指差してる所にあの子は立っていない。いつもの時間ではないからだ。
一瞬あの子と目が合ったような気がしたのは気のせいだろうか。
私にはお化けが視える。
でも同級生は誰も信じてくれないし、信じてもらおうとも思っていない。なのに、先日同級生につい打ち明けてしまったのは大誤算だった。
おかげで無理矢理連れてこられて馬鹿にされてしまった。きっとあのお化けもいい気分はしないだろう。
そういえば、あのお化けは何故毎日同じ場所に立っているのだろうか。気になる。
普段視るお化けは、気持ち悪くて、吐き気がして、恐怖で胸が苦しくなるけど、あのお化けは何故だかとても寂しそうだった。
今日だってちゃんと視れたなら何かわかったかもしれないのに…。
なんであそこに立ち続けているのか、不謹慎だけど自分なりに調べてみようと思う。
季節が移り変わるのは本当に早い。
昨日ランドセルを背負っていた子供が、もう真新しい学生服に袖を通している。
人は皆変わり続けていく。
昔の事は覚えていないけど僕も変われるだろうか。
変わっていくのであれば、あの子もどうか変わってほしいと願う。
「ほんとカナって頭おかしいよね」
「あいつクラスでぼっちだってことわかんないのかな」
「お化けが友達なんじゃない?」
「ウケるー」
今日もカナという子をいじめてた学生達がやってきた。本当に酷い言い草だ。
色んな人達を見てきたけど、どうしてここまで残酷になれるのだろうか。
それにカナという名を聴くと心がざわつく。何でかわからないけれど、何か大事なことを忘れている気がする。
「こんな所に花置いてあるんだけど」
「供えられてるんじゃね?」
「ふーんじゃあ邪魔だから処分しないとね」
「てか蹴るとかウケるんですけど」
それはやっちゃダメだよ。
それは大事な人が―大事な人?何を言ってるんだろ。よくわからないや。
とにかく君達、それは赦せないよ。
学校には居場所がないし、今日はずる休みをして例の歩道橋を調べてみることにした。
スマホで検索するとここ最近でそれらしい事件事故などはヒットせず、代わりに都市伝説を扱うサイトがヒットした。
本来の目的とは違うが、そのサイトをタップしていた――
内容は聞いたことのある話から、口裂け女が立っていたり、違う世界に通じるトンネルがあるなど荒唐無稽な話も見受けられたが、その中に一つ気になるスレッドがあった。
『歩道橋が建つ以前、横断歩道で小学生男児がトラックに轢かれ即死、女児が軽傷を負う事故があった』
調べてみると、確かに二十年前には歩道橋がなく横断歩道があったという。
通学路で使用されていたみたいだが、交通量も多く危険視されていたみたいであの歩道橋は不運な事故が起きた後に建ったようだ。
流石に被害者の顔写真までは見つけられなかったが、くまなく検索していると名前まではわかった。
○○信吾君(十二)
○○加奈さん(十一)
そういえば、毎日お花を供えてる女性がいたけど、あの人はもしかしたら関係者なのかもしれない。
明日会えたら話を聞いてみよう。
一息つこうとするとお母さんの声が一階から聞こえる。
「かなー先生から電話よ」
お母さん?何だろう。
「はい替わりました。何ですか先生」
「おー体調は大丈夫か。明日は来れそうなら来いよ。おっと、本題は違ったな。あのな、落ち着いて聞いてくれ。実はうちのクラスの女性徒四人が事故に遭った」
「え?」
「もうすぐ貴方が亡くなって十年ね。私は謝っても謝っても許されないことをしてしまったわ」
私は毎日欠かさずここに立ち寄る。花束を携えて。
それは私が一生懸けて償わなければならない贖罪だからだ。
巷ではこの歩道橋にお化けが出るという怪談話があるみたいだけど、その話を聴く度に私の心は張り裂けそうになる。
私がそのお化けを生み出してしまった。殺してしまった張本人だから。
そんな事を言う事も出来ず、今日も歩道橋の
どうせなら私の前に出てきて欲しいのに彼は一向に現れてくれない。
トラックに轢かれて亡くなったこの時間に来ているというのに……。
私の事を恨んで欲しい。罵って欲しい。呪って欲しい。そうでないと生きてる私が赦される筈がない。
今でもあの日を鮮明に覚えている。
「かなー早く来いよっ!学校に遅刻するぞ!」
「待ってよーしんご兄ちゃん」
「かなは本当にトロいんだから、兄ちゃんの手掴んでないとダメだぞ?」
「しんご兄ちゃんが速すぎるんだよー」
「ぶつくさ言ってないで、ほらっ、手掴んで」
あの頃私は小学生五年生で、信吾兄ちゃんは六年生だった。
保育園からずっと一緒で、実の兄弟と変わらないくらい親しかった。
「馬鹿にする信吾兄ちゃんなんて嫌いだもん!一人で走っていけるし!」
「おい!そこの横断歩道は危ないって」
でもいつの頃か、男性として意識してる自分がいた。今思えば初恋だったのだろう。
手を繋ぐことが恥ずかしかったのだ。
意地を張って、赤信号に気付かず、横断歩道を渡ろうとした私を引っ張って助けてくれたお兄ちゃん。
でもお兄ちゃんは私を引っ張った勢いで道路に飛び出しちゃったんだよね。
事故後、直ぐにこの歩道橋が建ったけど、あれ以来事故は起きていないらしい。
貴方が守ってくれているのかな――
なんて思ったりもするけど、そんな都合のいい解釈しちゃダメよね。
「あの……すみません」
背後から声を掛けられ、振り向くとそこには見知らぬ女子高校生が立っていた。
「あの……間違ってたら申し訳ございません。もしかして加奈さんですか?」
「そうだけど、何で私の名前を知っているのかな?」
「えっと、実はここの歩道橋について調べてて……それでもしかしたら貴方が加奈さんじゃないかなと思って声を掛けました」
「あらそうなの。貴方の言う通り私が加奈よ。貴女の名前も教えて頂けるかしら」
「私も可奈と言います。」
今日はあの二人が一緒にいる。
知り合いだったのだろうか。
でも何でだろう。
カナという名前を聴くと、酷く辛くなる。
僕は何を忘れているのだろう。
何を思い出せないのだろう。
なんで、あの顔を見ると、こんなに苦しくなるのだろ。
あの子は、カナは、かなは、
笑えているのだろうか。
加奈さんは、私を喫茶店に案内してくれた。
「私と一緒なら親子に見えるだろうから安心して」
「お、お時間取らせてすみません」
「いいのよ。それよりも詳しく教えて」
「実は……私お化けが見えるんです。その、こう言っては多分怒ると思うんですけど、えっと、話下手で……」
「いいのよ。ゆっくりでいいから」
それから私は、歩道橋で小学生位の男の子の霊を見かけると加奈さんに話した。
それも、毎日同じ時間に同じ場所で。
最初は疑うかと思った加奈さんも、
「そうなのね」と一言呟いて俯いてしまった。
やっぱり怒らせてしまったかと思い始めた頃、不意に加奈さんが話始めた。
「その時間は彼が私を救ってくれた時間であって、私が彼を殺してしまった時間なの。彼は私の初恋の人で、ある意味私の時間もそこで止まってるのよ」
私が二十年間抱えていた思いを他人に話すのは初めてだった。
「実はですね。私と同じクラスの女の子達があの歩道橋で怪我をしたんです。しかも揃って誰かに押されたと言ってるんです。先生達はふざけて落ちた言い訳だろうと決めつけてるみたいですけど……」
「事故だといいけど、もしかしたら」
「私も気になります。それにあの子は寂しそうな顔をしていました。なので、一緒に会いに行ってもらえませんか?」
あの子を知っている。
なのに思い出そうとすると、肝心なところが思い出せない。
あの子は、カナは、かなは、加奈は、だれなんだ。
頭が痛い。身体が痛い。寒い。寒い。寒い。誰か、たすけてたすけてたすけて――
私と加奈さんは歩道橋に向かって歩きながら、自分なりの考えを伝えた。
「これは私の勝手な想像ですけど、信吾さんはもしかしたらあの場所に縛られているんだと思います」
「縛られてる?」
「はい。よく聴く話だと、負の想いというか、死にきれない想いを抱えているとそこに縛られてしまうパターン。もう一つは、誰かの想いでそこに縛られているパターンです」
「縛っている……」
「あ、で、でもこれは素人の考えなんで、気にしないでください」
「いや、それは間違いではないと思う。私はずっと罪悪感でいっぱいだったから、もしかしたらそれがあの子を縛っている原因なのかも」
「だから本人に確認してみましょう」
不思議な感じだ。
いつの間にか大きくなってる加奈が目の前にいる。
僕が知らない間に、長い年月が経っていたようだ。
僕はこれではっきり思い出した。
自分が、この世に存在してはいけない存在なんだということを。
「信吾さん初めまして。私は可奈といいます。今日はお友達の加奈さんを連れてきましたので、お話を聞かせてくれませんか?」
君は――あの時の女の子だね。本当に幽霊が見える子だったんだ。それに、君もカナというんだね。
君の友達には申し訳ないことをした。
カナと言う名の女の子が、陰口を言われているのが我慢出来なくて、つい暴走してしまったんだ。
信吾さんは、申し訳なさそうに謝罪をしたけど、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
私が以前見かけた寂しそうな顔はしていない。
少しずつだけど、僕は自分の事を思い出したんだ。
何故此処にいるのか。何故死んでしまったのか。どうして、こんなにもカナと言う名に惹かれるのかを。
僕は、加奈が大好きだったんだ。
あまりに突然のことで、ちゃんと好きな子を守れたのか分からなかったし、死んでも死にきれずに此処に留まっていたんだよ。
それが長い時間が過ぎていく間に、記憶も無くなっていったんだと思う。
でも、関係ない人を傷付けてしまったのは罪を償わなければならないね。
「信吾さん……」
信吾さんの表情が変わったのは、全てを思い出して尚、責任を取ろうとしているからだろうか。
この事を加奈さんに伝えようにも加奈さんは信吾さんの事が見えないし、どうしようと困っていると、突然加奈さんが道路に飛び出そうとした。
周りから見たら、突発的な自殺に見えただろう。すれ違う車からけたたましいクラクションが鳴らされた。
『危ないっ!加奈ー!』
すんでのところで信吾さんが加奈さんの手を握った。
「……やっと掴むことが出来たよ」
加奈さんは大勝負に出たのだ。
きっと信吾さんが掴んでくれることを信じて。
そして、それに勝ったのだ。
「あのね。ずっと信吾兄ちゃんに会いたかったんだ。会って謝りたかった。それだけだったのに……それなのに、ずっと此処に縛り付けてゴメンね」
『僕も会いたかったよ。僕の方こそ、ずっと寂しい想いさせてゴメンね。でももういい加減前を向いていいんだよ。人は前を向いて歩いていく。そうやって人は変わっていくんだ。この歩道橋でそれを学んだよ』
「そうだよね……私ももう30代だし、涙を拭いて前を向かないとね」
『うん。それでこそ僕の大好きな加奈だよ』
霊感は無い筈なのに、二人の視線はぶつかっているように見えた。
何か喋っているようだけど、これ以上は聞かないでおこう。
数分も経たない間に、彼は消えていった。あの頃の笑顔のまま、私もまた笑顔で見送ることが出来た。
あれから数ヵ月たった現在も私と可奈ちゃんは頻繁に会い、学校の途中まで一緒に歩くのが日課になっていた。
ずっと後悔と罪悪感しか感じなかったこの道も、今ではだいぶ楽に歩けるようになった。
今でも花を供えるのは欠かしてはいないが、それは決して後ろ向きなものでない。
天国から私の事見ててねという意思表示でもある。
私にとっては辛い記憶しかなかった歩道橋だけど、きっとこの歩道橋を越えて前に進んでいけるだろう。
振り返ると、幼い男の子と女の子が、元気いっぱいに駆けていった。
佇む君へ きょんきょん @kyosuke11920212
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