フォッグスドッグ
砂地屋
フォッグスドッグ
冬に差し迫った秋のある朝だっただろうか。
黒い毛並みの少し痩せた犬が現れた。
薄い霧のかかった林道を寒いなあなんて能天気に考えて歩いていた時だったと思う。
僕の数メートル先の側溝からヌッと姿を現して、僕の顔を見るや否やその犬は動きを止めてジッとしてこちらを見てきた。
犬は寒いのか皺の寄った顔の眼は細められており、僕の挙動を注意深く見ているようにより感じた。
僕が横を通り過ぎると犬は側溝へすぐに消えて行った。
そんなことが幾度か続いた。
側溝から現れて僕を眺めては消えていく。
吠えるわけでも襲ってくるわけでもない。
ただ眺めてくるだけという行為にいつしか慣らされてしまったのだろうか、出会うたびに同じ事をされると初めに感じていた恐怖は薄れて妙な愛着が生まれてくる。
「霧の犬-フォッグスドッグ」
その犬に出会うことが普通となった日に僕はそう名付けた。
名前をつけると愛着が湧くのは良くあることだと思う。
人が愛着を持つと次はゆっくりエスカレートをしていく。
眺めているだけだったのに干渉をし始めて最後は過干渉になり、関係は破綻する。
負の螺旋階段をいつしか登ろうと僕はしていた。
名付けたその日の帰り道、林道の側溝で僕は立ち止まった。
冬の曇り空の下、時折車が通るだけで他に通行人がいない事を良いことに、少しはしたないと思いながら、地面に膝をついていつもこちらを見てくる付近の側溝の隙間から溝の中を覗いてみた。
暗くて奥の方は何も見えなかったが、何かがいる気配はしなかった。
臭いも獣臭さは無く、枯葉と泥の臭いがするだけだった。
寝床にでもしているのだろうかと思ったが見当違いだったようだった。
その日はそれでその場を後にしよう。
そう思って立ち上がろうとした時だった。
足元に激痛が走った。
あまりの痛さに手を地面について四つん這いの姿勢になってしまった。
身体中の筋肉が硬直しており振り向くことはおろか立ち上がることも出来なかった。
(何かに噛まれている)
そう思った時、背筋をゆっくり脂汗が落ちていった。
(あの犬が噛んでいるんだ)
そう思った。
身体を無理矢理動かす為に、歯を食いしばるが情けない声が口から漏れただけだった。
痛みは最初よりも酷くなっている。
足元全体が熱くなっており、血溜まりに足があるのではないかと思われた。
(このままだと死ぬ...)
そう思った時だった。
「あら、どうしたのそんな格好で?」
背後から女性の声が聞こえた。
その瞬間、身体が動けるようになった。
急いで振り返ると足元は何もなっておらず、不思議そうな顔をした女性がこちらを見ていた。
何が起こっているか上手く理解が出来なかったが、恥ずかしい格好を見られたという羞恥心が込み上げてきた。
「いやあ、ちょっと...」
血の気の失せた顔に照れ笑いを浮かべながら、足をさするがやはりどうもなかった。
「転んだのかい」
女性の顔に困惑が広がっていく。
「そういう訳ではないので大丈夫です」
心配をかけるのは申し訳ないと思い、この場を早急にと思い立ち上がり、膝の土を落とす。
「ご心配、ありがとうございます」
そう言って立ち去ろうとした時だった。
「あなた、黒い犬に気をつけなさいよ」
そう言われてドキッとした僕を残して女性はその場を立ち去っていった。
偶然にしても凄いなと思い、後ろを振り向くと口から血を流した犬がいた。
それからである。
登校中の背後に犬の気配を感じるのは。
振り返ればいつでもそこにいる。
フォッグスドッグ 砂地屋 @Sunachiya
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