第4話 未練

「そうだ。秋田のおじさんに、英子さんが電話したって言ってたじゃない。あれ、もう一度詳しく教えて」

「ぁぁ、 英子さんの上に、和子さんというお姉さんがいたんだけどね、和子さんは長女で、女ばかりの姉妹だったからお婿さんをもらったのよ。婿養子にきてもらったっていうのかな。その旦那さんが、釣りが好きな人だったらしく、秋田のおじさんと仲が良く付き合っていた時期があったんですって。」

「秋田のおじさんってどんな人だったっけ?」

「純子は会った事が無いと思う。まあ、、遠い親戚なんだけどね。なんでも若い頃におばあちゃんの実家に居候してた事があって、和子さんが結婚した頃には、和子さんの旦那さんも一緒に、よく集まったっておばあちゃんが言ってた。秋田のおじさんは今でも年賀状をくれるのよ、私も実は顔はよく覚えていないんだけど、、」

「それで、今回はどうして連絡があったんだっけ?」

「それがね、すごく久しぶりに英子さんから電話があったんだって。その、和子さんの旦那さんはどこにいるのかって聞かれたって。そして、なんでも貸してあるものがあってね、返して欲しいんだって…」

「それ…、カメラじゃないかな…」


どこでどう記憶の入れ違いがあったのかわからないんだけど、どうやら英子さんの記憶の中で、カメラを貸した人が、和子さんの旦那さんになってしまっているらしい。と、私は母に電話で話した。


母は、わかったようなわからないような、、曖昧な「そうだったの…」という返事をしてきて、「いずれにしても、和子さんも亡くなってるし、、その旦那さんはね、、実は和子さんとは離婚してるのよ」

「熟年離婚っていうの? 定年退職をむかえた旦那さんがね、退職金を全部渡すから、離婚してくれって、お金と、離婚届けを置いて出て行っちゃったのよ。和子さんははじめは意味がわからないって、離婚に応じなかったんだけどね、愛想が尽きたって、いがいとあっさり離婚してあげたって。そんな事かあったのよ。もう、本家のおじいさんおばあさんも他界していたからね…和子さんもさっぱりしたかったのかもしれないねっておばあちゃんが話してた」

「へぇ…、そんな事があったんだ。和子さんのお葬式の時の喪主は息子さんだったもんね。 で、その旦那さんはもう今はどうしているのかはわからないのね」

「ううん、わかってる。だってね、離婚してすぐに亡くなったのよ」

「え?」

「その方は、離婚して田舎に帰ったの。実家がある、、愛媛だったかな? それで、ほら、和子さんのところにまだ荷物も残ってたから、離婚届出してしばらくしてから、実家の方に送ったらしいのよ。そしたら、半年ぐらい前に、、亡くなったって。交通事故だったらしいけど。きゅうに亡くなったって、、そんな感じだったな…」

「だって、、和子さんに知らせは無かったの?」

「その方が、実家に帰って、お兄さんに「離婚してきたから何かあっても向こうには連絡しないでくれ」と言ってたらしいのよ」

「…、あきれるわ。ずいぶん勝手な話じゃないの…」

「ほんとよね。なかなか優しそうなおじさんだったんだけどな…。人ってわからないわよね。 まあ、もともと出張が多くてあまり家に居ない人だったらしいのよ。自由な人で、定年したら自分で好きに生きていきたいみたいな、、そんな感じなんじゃないの?」

「へ〜、、田舎に帰りたかったのかしらね。男の人って、年をとると、自分の生まれ故郷を懐かしんだりするじゃない?」

「え?そうかしら あはは、お父さんも年をとったらやたらお墓参りとかするようになったけど そうかしら」


とりあえず、英子おばさんの認知症について、秋田のおじさんにお知らせする事と、また連絡があっても、やんわりと話しを合わせてもらえるようにするしかないわね。という話しで電話を切った。

ちなみに、、私一人じゃ抱えきれない英子おばさんの今後について、皆に共有できるように、英子さんの家の様子を撮った画像を「私、写真とか送られても見れないのよ」と、未だガラケーの母の代わりに、兄に画像を送るから、近いうち確認してねということにして。


   


………………………………………




その週末。母から電話があった。

「今、祐一が来て、写真見たんだけど!」

「ああ、ひどい部屋でしょ」

「それより、この写真の男の人、、」

「あ、それはね、仏壇にあった写真でね、英子さんのお付き合いしてた方らしいのよ」

「違うのよ。これがっ、この人が、和子おばさんの旦那さんなのよ。離婚して名前は朝比奈さんに戻ってたとおもうんだけど、、」

「え?? あさひ…」

「これ、、いつ頃の写真かしら、、ずいぶん白髪だから、、もう定年の頃よね…」

「ちょっと待ってよ。だって、、英子さんは。 あ。そうだ。カメラ! その人にカメラを貸したままで、返しに戻って来るって言ってた…」

私はもう一度詳しく、英子さんから聞いた話しを母に伝えた。

母は、しばらく言葉が出なかったが、、

「純子。この話しはこれ以上掘り起こすのは止めよう」ときっぱり言った。

そうなんだ…。英子さんにとっては、本当は墓場まで持っていくつもりの秘密だったのかもしれないんだ。

「あさひさん」と呼んでいたその人は、和子おばさんの旦那さんだった「朝比奈さん」だったんだ…。


「英子さん、だから結婚しなかったのね、きっと。ずっと、朝比奈さんと、、。

朝比奈さん、それがあって、和子さんと離婚したのかしらね…」


なんて、つらい話しなのかしら。

英子さんも、自分が長生きして、こんな形で秘密が知られる事になるとは、思ってもみなかっただろうな。

そして、、未だに、あさひさんが来るのを待っているんだ。

まだ未練があって、、あの素晴らしい日々を色褪せないようにガラス扉に閉じ込めているのかもしれない。


母が受話器の向こうから

「もう、時効だよね。私達も知らないふりをしてあげようよ」と言った。


全て、あのガラス扉と英子さんの頭の中の記憶に閉じ込めてあげよう。


「そう。もう時効よね」   〔了〕

    




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時効 モリナガ チヨコ @furari-b

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