第24話「エースからの情報」


 結局、午後十時のパーククローズまで二人を捜索したけれど、その痕跡すら掴めなかった。スマホの電波による基地局探査は、GPS探査とは違ってピンポイントの場所は示されない。どうしたって範囲が広くなるし、探査時刻は午後六時前。もう四時間以上も経っている。それに東京ディスティニーリゾートのパークは、ふたつあるのだ。

 ひとつはさっき、私たちがいたディスティニーランド。もうひとつは海がテーマのディスティニーシー。示された位置探査の範囲には、ふたつのパークがエリアに入っていた。つまり、どちらのパークにいるのかまだ絞りきれていない。もしシーの方に二人がいたとしたら、さっきのランドでの捜索は完全に空振りだ。


 今日、私たちがランドを選んだのは、チカが好きだと言っていたシンデレラをテーマにしたエリアがあるからだった。さっきのパレードでもシンデレラをモチーフにしたフロートが動いていたけれど、見物する人々の中から二人を見つけることはできなかった。


 パークを出て駅へと流れていく人の波を見ながら、鷹取たかとり部長が言う。鋭い目つきのままで。


「さすがに人が多すぎるな。この中から対象を見つけるのは至難の業だ」


「厳しいですね……。もう一度、位置探査ができればいいんですけど」


「行政警察活動の位置探査は、原則一回きりだ。事態が悪化すれば二度目の探査も視野に入ってくるが、現状なんの追加情報もない」


「司法警察活動では何度でも探査が出来るのに……」


「被疑者を追う司法活動とは毛色が違うからな。こっちは令状がないし、今回の件では他者に危害が加わる可能性が薄い。そうなると、通信の秘密を侵すという違法性を阻却できない。ここが行政警察の限界だ」


 たった一度の位置探査。これに何度泣かされたことか。この近くに二人はいる。それは間違いない。だけどその場所が絞りきれない……。

 明日も二人がパークに来るという確証はどこにもない。もしかしたら明日は別の場所に行くのかもしれない。時間が経てば経つほど二人を追うのは難しくなる。


「せめて明日もパークに行くとわかればな。片っ端から近くのホテルに当たるが、偽名でも使われてたらお手上げだ」


 チカとアキトは被疑者ではないけれど、家出をしているのは間違いない。見つかりたくないだろうから偽名を使っていてもおかしくはないし、身分証を提示しなくても泊まれるホテルはある。

 部長の言うとおり、せめて明日もパークに来るとわかれば。それに賭けることだってできるのに。

 今日はここに着くのが遅くなったから、捜索活動も消化不良と言わざるを得なかった。たった二時間弱では探しようがない。


 思わず小さな溜息が漏れる。冷たい空気は私の吐息を白くさせる。でもそれは、風に乗ってすぐに消えてしまった。


「……今度は何の溜息だ?」


「今のは『もっと時間があればいいのに』って溜息です。もっと遅くまでパークが開いていれば、二人を探し出すチャンスは増えますから」


「なるほどな。やる気は充分ってことか」


「もちろんですよ。私は、チカみたいな女の子を助けたくて警察官になったんです。だから見つけます、絶対に」


 決意を新たに、自身に誓う。もしもチカが自ら命を絶とうとしているのなら。それだけは絶対に、何をしてでも止めないと。


「……さてどうする。やる気はあるが手掛かりがない。パークは閉園、この辺りにホテルは無数にある。手分けしても夜が明けるな」


 どうすれば……、と思った時だった。ポケットの中で私のスマホが鳴った。もしかして谷上班長からの追加情報だろうか。私はすぐさまそれを抜いて電話に出る。


「はい、上沢です」


「──ずるい」


「え?」


「ずるいずるい、ずーるーいーっ!」


 電話越しに聞こえる大きな声。耳を少し離しても「ずるいずるい」と怨嗟のようにまだ聞こえてくる。この声の主は間違いなくあいつだ。私の後輩で、何故か鷹取部長を好きだと豪語する伊川いかわ眞子まこ。きっとどこからか、私たちが出張していると聞きつけたのだろう。


詩織しおり先輩、聞きましたよ? 鷹取部長とディスティニーリゾートでクリスマスデートですってね。はぁ、なるほどなるほど。つまりアレですね。先輩は私と敵対するってことでいいんですよね?」


「あのね眞子。これ仕事だから。行方不明者を捜索中なの、別に遊んでる訳じゃないから」


「そんなのどうとだって言えますよ! ていうか泊まりですか? パーク周辺に今日は泊まりなんですか?」


「いやどうかな……、泊まりっていうか見つかるまで捜索だとは思うけど。もちろん朝まで」


「それを世間では泊まりって言うんですよ! 私も泊まりですけどね、ていうかただの当番勤務ですけどね! あー、羨ましい。私も防犯係だったらよかった。次の登用試験で絶対受かってやりますよ、今本気で決めましたよ私は!」


「まぁ、頑張って……ね」


「うわぁ! 持てるものの余裕ってヤツですか悔しー!」


 今日の眞子は絶好調だ。ていうかこれ何の電話なの。眞子が鷹取部長にご執心ってことは前から知っていることだけど、まさかこんな電話をしてくるまでだとは。

 でもこれは仕事だ。どこまでも仕事。つまりデートでもお泊まりでもなんでもない。


「……それで眞子、この電話はなに?」


「ただの恨み節だけでもよかったんですけどね。でも私は腐っても警察官だから、ひとつここは有用な情報を詩織先輩に授けようと思いまして」


「有用な情報?」


署活系無線しょかつけいむせんで、詩織先輩たちが追いかけてる行方不明者の情報、地域課にも下りて来てるんですよ。淡路あわじチカと柴島くにじまアキト、その二人にかかる情報を得たら本署に速報せよ、って下命がね。で、自称地域二課のエースたる私は、その情報を誰よりも早く得たと。つまりはそういうことです」


 ふふん。電話越しに眞子は鼻で笑う。自信に満ちた声。どんな情報かわからないが、これは聞く必要があるようだ。


「ねぇ眞子、それどんな情報なの?」


「ふふふ。いくらで買います? 詩織先輩」


「ちょっと、冗談言ってないで教えてよ」


「あれれー、それ人にモノを頼む態度じゃないですねぇ。そうだなぁ、この前言ってた鷹取部長と三人でのごはん会、来月中に先輩が確実にセッティングしてくれるなら、教えてあげてもいいですよ?」


「──三人? 二人きりじゃなくて?」


「ええと、いきなり二人は緊張するし……」


 まごつく眞子の声に色が付いているなら、それはきっと桜色だ。最初は冗談だと思っていたけれど、眞子はわりかし本気で鷹取部長のことを想っているのかもしれない。

 いやそんな話は今どうでもいい。とにかく情報が欲しい。私は眞子に「わかった約束する」と告げて、セリフの続きを促した。


「絶対ですよ、来月ですよ詩織先輩。じゃあ言いますね。取れたてほやほや、まだ本署にも報告してない鮮度バツグンの情報です。実は柴島くにじまアキトの友達に当たったんですよ、職質で!」


「当たった?」


「その子、生意気にもタバコ吸ってたんですよねー、制服で。補導してやろうと思って近づいたら、すぐピンと来たんです。あ、この制服って例の行方不明者の高校だって。今日は創立記念日でお休みだったらしいんですけど、部活はあって学校に来てたんですって。それで、」


「それで? あぁちょっと待って、メモ取るから」


 電話を耳に当てながらメモを出そうとすると、隣の鷹取部長が自分のそれを差し出してくれた。私は頷きながらメモを貰い、眞子との会話をスピーカーモードにする。ここは人が少ないから、誰かに聞かれる心配はない。


「それでタバコはダメだよーって声掛けして、そう言えばって柴島くにじまアキトのことをダメ元で聞いてみたんです。そしたらですね、その子、アキトと一番仲の良い男の子だったんですよ! 彼の名前は吹田すいた君って言うんですけど、私のヒキ、なかなかのものでしょ?」


 地域警察官に必要な能力は数あれど、一番評価に繋がるのは運だと言っても過言ではない。職質した相手が被疑者、あるいは事件に関する情報を持っている参考人であることがポイントなのだ。眞子はその引きが昔から図抜けている。


「それでですね。私、吹田君に取引を持ちかけたんです。タバコ吸ってるだけで悪い子じゃなさそうだったから、補導に目を瞑ってあげる代わりにアキトの居場所を電話で聞き出せってね。そしたらなんと、電話が繋がったんですよ!」


「アキトと繋がったの?」


「そのとおりです! アキトは情報どおりディスティニーリゾートに来てて、そして明日は朝からランドに行くって話ですよ。ちなみに一緒に来ているのは、例のバイト先の女の子。つまりもう一人の行方不明者、淡路あわじチカです」


 ──間違いなく二人はここにいる。そして明日はランドに行く。これは一番欲しかった情報だ。


「でもどのホテルに泊まるのかまではわかりませんでした。あんまり根掘り葉掘り聞くと怪しまれそうでしたし、世間話程度にしか聞けてません。でも、ちょっと不思議なこと言ってたんですよねー」


「アキトが? どんなことを?」


「チカと一緒にきてる、って。家出って言い方ならわかりますけど、ってどう言うことですかね?」


「他には? 他には何か言ってなかった?」


「アキトは以前、吹田君に『新しく始めたバイトで、幼なじみの女の子と久しぶりに再会したって』嬉しそうに言ってたそうですよ。運命の再会、ってヤツですかね?」


「二人は、幼なじみ……」


「あと吹田君がチカとの関係を訊いたら、『俺の好きな女の子だ』ってはっきり言ってましたよ。男らしいですよね。あぁそれと『どうしてリゾートに?』って訊いたら、こう答えてました。『チカの最後の望みが、ここに来ることだったから』って」


「最後って、どういうこと?」


「吹田君も同じこと訊いてました。でもアキトは『しまった』みたいな声色で、『忙しいからまたな、頼むからこのことは誰にも言うなよ』って。そこで通話は終了です」


 最後の望みがここに来ること。最後ってやっぱり、チカは本当に自殺するつもりなのだろうか。好きだと言ってくれる男の子が傍にいて、この夢の王国に来ることができたのに。どうして。


「とりあえず情報は以上です。吹田君の人定ジンテイは押さえてますし、怪しまれない程度にwireワイアで探ってね、って言ってますけど、追加情報はちょっと厳しそうですねー」


「ありがと眞子、本当に助かったよ。本署に報告して、谷上たにがみ班長にも伝えて。私にはもう伝えてるって」


「後輩に頼んで、同時並行で本署には連絡しましたよ。これで私、防犯係に推薦あげて貰えますかね?」


「もちろんだよ。私も絶対推薦するから」


「憧れの鷹取部長と早く一緒に働けるといいなぁ。あ、そうだ先輩! さっきのごはん会のセッティング、絶対ですからね! あと鷹取部長にどんな女性がタイプか訊いといて下さい! そんな女性を目指しますから!」


「いや、ええと……」


 ちらりと部長を見る。スピーカーモードだから、もちろん部長にも聴こえている。部長は腕を組んだまま厳しい目つきでこちらを睨んでいた。いやなぜ私が睨まれないといけないのだろう……。


「それじゃ先輩、またです。朝まで捜索頑張って下さいねー。ちなみに鷹取部長とホテルに泊まったりしたら絶交ですから、絶交」


 ぷつりと通話が切れる。いや絶交て。久しぶりに聞いた言葉だ。小学生くらいしか使わないのではなかろうか。

 そんなことよりも、なんか気まずい。眞子の気持ちが部長に筒抜けてしまった。どう取り繕うかと思っていると、今度は部長の電話が鳴る。

 ディスプレイに視線を落とした部長は「班長からだ」と短く言い、その電話に出る。


 班長と二言三言話した後で、部長は「了解」と静かに言って電話を切った。何か下命があったのだろうか。


「上沢、移動するぞ」


「何か動きがあったんですか?」


「逆だ、今は動くなって指示だ。伊川の情報で、二人は明日ランドに来る可能性が高い。下手に動いて感づかれたらまずいからな、明日に備えて休息を取れと班長からのお達しだ」


「と言うことは……」


「今から泊まれるホテルを探す。勝負は明日に持ち越しだ」




【続】

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