第23話「繋がる事案」


「ほな、状況を整理しよかぁ」


 防犯係の課室かしつに、谷上たにがみ班長の相変わらずのデカい声が響いた。時刻はまもなく定時の午後五時半。一応の初動捜査を終えた私たちは、班長の下命を受けて一旦帰署している。

 班長は適当に作ったインスタントコーヒーに口をつけて、参った参ったと呟いた。確かに頭を抱えたくなる事態だ。ただでさえ難しい未成年の行方不明事案が、同時に二件も発生するなんて。


「まずはそっちからや。わかってる情報を端的に頼むで、詩織シオリィ」


「了解です。こちらの行方不明の認知は本日午後四時過ぎ。刑事課からの情報提供によるものです。夫婦間の殺人未遂事件を処理中、その家庭に娘が存在することがわかりました。名前は淡路あわじチカ。管内の県立高校に通う十七歳、高校二年生です。そのチカが一昨日、つまり十二月二十一日から学校に来ていないことが判明。なお殺人未遂事件が発生したのは翌日の二十二日。夫は逮捕され、妻は現在も意識不明の重体。チカの行方は未だ不明です」


「その殺人未遂事件と、チカの行方不明事案は全く別件ってことなんか?」


「刑事の見解では、事件発生時にチカはそこにいなかった可能性が高いと」


「ほーん、なるほどな。で、チカの行方不明の原因は、何か掴んどるんか?」


「チカと同じ園芸部に所属する友人の相川あいかわアカネから聴取したところ、チカは日常的に両親から虐待を受けていたようです。ちなみに今回の被疑者である父親は実父ですが、母親は継母です。チカはどちらとも不仲だったようで、恐らく積もり積もった不満に耐えきれず家出したのかと」


 説明すれば尚のこと、チカが不憫でならなかった。部屋も食事も満足に与えられず、身の回りのことを全て自分でしていたチカ。

 十七歳だから、それくらいのことは出来なくはない。それでも子供は子供だ。それになりより、自分の子供だからといって暴力を振るっていいわけがない。


「チカの最終確認はいつや?」


「十二月二十日は、いつもどおり学校に来ていました。二十一日から学校を欠席。つまり行方をくらませてから今日で三日目です」


「そのチカの顔写真は手に入れられたんか」


「はい、それも友人のアカネから。電話番号もです。チカは背の低い、小柄で可愛らしい女の子です」


「届出権者がおらんけど、特例受理でいくんやな?」


「はい、そのつもりです」


 父親は現在、逮捕され勾留中。母親は意識不明の重体だ。届出権者がいないこの場合、行方不明者届については特例受理が可能となる。


 チカがアカネに送ったメッセージは、自殺を仄めかしていると言える内容のもの。早急に発見保護しなければならない、自殺じさつ企図きとの特異行方不明者である。


「よし、大体のことはわかった。ほな次はこっちや。名谷なたにィ、説明頼むで」


 了解、と短く言った名谷部長は、手元の行方不明者届出受理票を見ながら説明を始める。


「こっちの行方不明者は管内の私立高校に通う十八歳、高校三年生の男だ。名前は柴島くにじまアキト。かなり優秀な生徒で、成績は常に上位。私立大学の附属高校だから、すでに大学進学は決まってるらしい。アキトに関して特異事項は全くない。警察情報ログも真っ白で家庭環境も良好、学校では誰にでも優しい人気者。クラスの中心人物ってヤツだな。おまけに素行不良ってワケでもなく、行方不明になるのも今回が初めてのことだ」


「名谷部長、原因らしい原因は全くないんですか」


 そう問うたのは、自席でパソコンを触っている鷹取たかとり部長だった。その問いに名谷部長は大袈裟に首をすくめて見せ、「皆目見当もつかねーよ」と付け加える。


「アキトはそっちのチカと比べて恵まれてる。いいとこに勤めてる父親に専業主婦の母親が揃ってて、虐待のギの字もない。友達も多いし、金の掛かる名門私立大学への進学も決まってる。アキトの友人に聞いても、悩みなんか聞いたことがないってハナシだ。見た目だっていいぜ。こりゃあモテるに違いねーな」


 受理票の末尾の写真。スラリとした背の高い、いかにもイケメンって男の子。性格も良いらしいので、クラスの人気者だと言うのも頷ける話。そんな恵まれた男の子が、何故なにも言わずに行方不明となったのか。


「アキトは行方不明の原因がわからない。とりあえず事故遭遇者として特異行方不明者手配をしているところだ。アキトの最終確認は昨日、つまり二十二日。いつもどおり普通に学校に来ていたらしい。ただ、」


「ただ?」


「アキトはその後、母親に『友達の家に泊まる』って親に連絡してんだよ。今日の二十三日は学校の創立記念日で休みだからってな。ちなみにそれは本当で、アキトの学校、今日は休みだったんだよ。先生は普通に出勤だったから助かったけど」


 アキトの母親は、夕方になっても帰ってこないアキトを心配して連絡をしたが、電話が全く繋がらなかった。そしてアキトの友達に聞いてみたところ、昨日アキトを家に泊めた友達は誰もいなかったことが判明する。そして警察に行方不明を届け出たという流れだ。


 一見して、両者の行方不明事案には繋がりがないように見える。でも。

 そこには確かにあったのだ。見逃せない繋がりが。


 チカは自分の生活のためにバイトをしていた。大学への進学が決まっているアキトは、社会勉強のためと称して少し前からバイトを始めた。そしてその店舗が、同じコーヒー屋だったのだ。


「しかしまさか、この二つの行方不明事案に繋がりがあったとはなぁ。チカもアキトも、おんなじコーヒー屋でバイトしとったんやろ? ほんで、二人とも同時のタイミングで長期の休み希望を申し出たと。そうやな、名谷ィ?」


「そのとおりっす、班長。しばらく忙しくてバイトに入れないって昨日、店に連絡を入れたそうっすよ。恐らくですけど、チカとアキトは一緒にいる。そう考えるのが妥当でしょう。店の責任者からも、あの二人は特に仲が良かったって証言が取れてますし」


「まぁ状況からして間違いないやろな。二人が付き合っとるとすると、駆け落ち旅行でもしとるんか? まぁ確定するんは、二人のスマホの位置が取れてからやな。鷹取ィ、位置探査はどないや」


「既に依頼済み、現在本部がキャリアに照会中です。そろそろ電話が来るころかと」


 と、鷹取部長が言ったところで。タイミングよく鳴り響いたのは部長の目の前の警電けいでん。受話器を取った部長は、手元のメモに何かを書きつける。

 部長に近寄ってそのメモを覗き込むと、そこにはまさかの文字が踊っていた。


「これって……」


 思わず声が漏れる。その声に、班長と名谷部長も近づいてくる。

 鷹取部長が書いているメモ。それには二つの端末──、つまりチカとアキトが今、どこにいるかを示す場所が書かれてある。

 キャリアが違うから若干の誤差があるけれど、二つの端末がほぼ同位置にあるのは間違いない。

 それを見た班長はすぐに私に指示を出す。


「詩織ィ、すぐ新幹線のチケット取れ。二枚分や、先行部隊はお前と鷹取に任せるで。署に私服置いとるやろ、それに着替えて行け。はスーツやと浮くやろからなぁ」


 班長の言うとおりだ。そこには数えるほどしか行ったことがないけれど、確かにスーツ姿では思い切り浮きそうな場所。準備を始めた私と鷹取部長に、名谷部長が重ねる。


「しかしまぁ、よりにもよってとはね。班長、おれらはどうします?」


「ワシと名谷はバックアップや。まだこの街で調べなあかんこともあるかも知れんし、おっさん二人やと悪目立ちするやろ。詩織と鷹取なら、まぁ行けるんちゃうか?」


「班長の言うとおりっすね。そんじゃよろしくな、二人とも」


「新幹線代とかその他もろもろは立替払いで捜査費切っとけよ。あと領収書、貰い忘れたらあかんで」


 班長の言葉を背に受けて、私と鷹取部長は課室を後にする。

 目的地はここから遠く離れた場所。そこに二人がいる。


 位置探査が示す、その場所は。

 十二月二十三日午後五時四十分現在、千葉県浦矢須市の舞濱駅を起点に六時方向。距離は不明。

 つまりそれは──、という回答だ。



   ───────────



 そこは煌びやかな場所で。とっても活気に溢れている場所で。道ゆく人たちはみんな楽しそうな笑顔で、手を繋ぐカップルや家族がいっぱいで。

 それにどんなに元気をなくした人だって、ここに来るときっと元気になれる。訪れる人みんなが、それぞれ幸せになれるような特別な場所。

 私は目の前に広がる幸せな光景に、目を奪われていた。


「──おい上沢、なに見惚れてんだ。仕事で来てんだ、遊びじゃないんだぞ」


 幸せな気分を一瞬で元に戻したのは、鷹取部長のいつも以上に冷徹な言葉だった。十二月下旬、海沿いの風とも相まって、その声は酷く冷たい。触れたら凍てつく、そんなレベルだ。


「お前がパレードに目を奪われてどうすんだ。それを見ている人間を注視しろ。行方不明者の容姿は、どちらも頭に入ってんだな?」


 ……そうだった。今一瞬だけ、仕事であることを忘れていた。だって、と言えば言い訳にしかならないけれど、こののパレードは素晴らしいのだ。美しい電飾をつけたフロートがゆっくりと進む、ここ東京ディスティニーランドの夜のパレード。それも年に一度のクリスマスバージョン。それを鷹取部長と二人で見ている。いや正確には、パレードを見ている人を見ている。私たちはここで、行方不明者を捜索中なのだ。


「……すみません、ちょっと見惚れていました」


「気持ちはわかるけどな。なんたって、仕事ではまず来ない場所だ。だが気を引き締めろ。事態がどう転ぶか、まだわかってないからな」


「了解です、頑張って探します」


 とは言うものの、見渡す限りの人の海。この中からたった二人の行方不明者を、一体どう見つけろというのだろう。


 この状況から察するに、二人は共謀して家出をし、どうしても行きたかったこの夢の王国に来たと思われる。当初は自殺企図の行方不明として受理していたものの、この状況ではその可能性は薄いと思われても仕方がない。なんたって場所が場所だ。ただ親に黙って遊びに来たとしか考えられない。


 でも。チカの置かれている状況を考えれば、そう簡単に安心できないのも事実だ。チカは一番の親友であるアカネに、「もう会えない」旨のメッセージを送信している。ただ遊びに来たのなら、帰ればいいだけの話。あのメッセージからは、もう家には帰らないというチカの強い意思が感じ取れる。


「さすがに人が多いな。特にクリスマスシーズンは」


「クリスマスの夢の王国は、誰しもが一度は憧れる場所なんですよ。ほら、みんな楽しそうでしょ?」


「俺は憧れたことはない。人の多いところは苦手なんだよ。それよりこの状況、お前はどう思う」


「どう思うって部長、どういうことです?」


 色とりどりのフロート。それを幸せそうに見る人たちに視線を這わせながら、部長は言う。


「簡単に言えば、家出した娘が彼氏とディスティニーリゾートに来た、ってだけの話だ。別に珍しい話じゃない。ただチカの両親はあんな事件を引き起こしている。ニュースにもなったし、チカが知らないってことはないだろう。だとすると殺人未遂事件が起こったのに、チカはこんなところに来ているってことになる。不思議に思わないか」


「でもチカは、両親と不仲だったんですよ。こんなこと言うとあれかもですけど、チカとしては重荷がなくなったんじゃないです?」


「重荷が取れたから夢の国にか? いまいち納得できないな」


「それじゃあ部長は、どう考えてるんですか」


「チカがアカネに送ったメッセージに書いてあっただろ。『せめて自分がしたかったことをやり終えてから死にたい』ってな。ここに来ることがだったとしたら。その後、チカはどうすると思う」


「まさか……自殺を? でもどうして。重荷である両親は、もうあの家にはいないのに」


「ひとつだけはっきりしていることがある。ここでチカを見つければ、それを止められるかもしれないってことだ」


 鷹取部長は、マウンテンパーカのジップを首元まで上げた。煌めくフロートの電飾が、そのメガネに反射する。

 時刻は午後八時半。部長は鋭い眼差しのまま、行き交う人々を隈なくチェックしていた。



【続】

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