第22話「ガラスの靴」
刑事から入手した
「──事案概要はだいたい把握した。殺人未遂とは別件だと刑事は言うが、まだ確定ではないってことだな」
「だと思います。とりあえず刑事が接触したと言うチカの友人から、もう一度詳しく話を聞く必要があると思います。今度は防犯係の目線で」
「その友人の
「
「それは学校が把握している情報か」
「そのとおりです。一応学校に話は通していて、件のアカネを学校に残してくれるよう依頼しています」
「そのアカネが対象のチカのことをどこまで知ってるか、ってとこだな。いろいろ知っていればいいんだが」
部長はちらりと腕時計を見た。つられて私も時刻を確認する。午後四時二十分。日が傾き始めようとする時間だ。
私は車内で、刑事の
対象の
だけどひとつだけ、普通の人とは少し違ったところがあった。戸籍のページをめくると、父親とは血が繋がっているけれど、今の母親とはそうでないことがわかったのだ。
戸籍謄本によると、五年ほど前にチカの父親は前妻と離婚している。その後父親は再婚したので、チカにとっては継母になる。
「どうした、上沢」
「改めて戸籍のページを見てみたらわかったんですけど、チカは父親とは血が繋がっていますが、今の母親は継母のようです」
「今回チカの実父に殴られて意識不明になっているのは、チカにとっての継母ってことか」
「はい、実父は五年前にチカの実母と離婚して、その二年後に今回の相手と再婚しているみたいです」
「父親とも今の母親──つまり継母とも、チカは不仲って話だったな。それにその家は一見して、一人娘がいるような痕跡がないって情報だった。どういうことだ? まるで見えてこないな」
部長の言う通りだ。一体、どう言うことなのだろう。
チカはどんな女の子で、そしてどんな生活を送っていたのだろう。
そしてなぜ行方不明になったのか。あるいは、そうならざるを得なかったのか。今は全てが謎のままだ。
「……もうすぐ学校に着く。アカネは頼んだぞ、上沢。俺は先生からチカの学校生活を聴取する」
「了解です」
「アカネと上沢が二人になれるよう、取り計らってもらおう。先生の前では言いにくいこともあるかもしれないからな」
「わかりました」
私は強く頷いた。まだ全く見えてこない、今回の行方不明事案の全容。早期解決が急務とされる事案には違いない。私はもう一度気合いを入れ直して、目の前を見据えた。
────────────
「
県立高校の先生に案内された応接室の中へと入る。鷹取部長は、その先生から事情聴取中。つまりこの部屋には私とアカネの二人だけだ。
私の問いに小さく頷くと、彼女は上目遣いでこちらを見た。線の細い華奢な女の子だ。何かに怯えている、そんな雰囲気をどことなく感じる女の子だった。
「遅くまで学校に残ってもらってごめんね。私は水瓶署生活安全課防犯係の上沢です。よろしくね」
「……相川、アカネです」
「さっきもウチの署の人が来たでしょ? ごめんね、同じ話を聞くことになって」
「いえ……、大丈夫です」
「正直、怖くなかった? さっきアカネさんに話を聞きに来た人は」
……いえ、そんなことは。小さな声でそう言って、アカネは俯いた。明らかにウソっぽい言い方だ。
刑事のヤツらめ、一体どんな話の聞き方をしたのか。あいつらは無遠慮が過ぎる。いくら情報が大事だからって、聞き方と言うものがあるだろうに。
とりあえず、まずはこのアカネを安心させなければ。ちょうどいい。刑事をダシに使ってやろう。
「ほんとにごめんね。さっきのは刑事課のヤツらなんだよ。私は生活安全課で、言わばあいつらの敵だね」
「……敵? 同じ警察官なのに、ですか?」
「不思議に思うよね。でも本当なんだ。担当してる仕事が違うっていうか、目指してるところが違うっていうか。とにかく嫌いなんだよ、私。モノの言い方とか知らないし、あいつらほんと常識ないから」
「確かに……、どことなく上から目線って言うか、偉そうって言うか。あ、ごめんなさい。こんなこと言ってしまって」
「いいに決まってるよ。私なんか、刑事の悪口言い出したら止まんないよ」
その言葉を聞いて、アカネは少しだけ笑みを見せてくれた。上沢さんって、面白い人ですね。そう言いながらアカネは、俯くのをやめて私の方を向いた。
「上沢さんも、同じ話を聞きに来たんですよね。チカが家出をしたって話を」
「うん、そうなの。チカさんがいなくなったって聞いて、私たちはその行方を捜してる。無事を確認したいんだ。
「はい……。一昨日、チカが学校を休んで。不思議に思って何度かメッセージを送ったんですけど、既読にならなくて。どうしたんだろうって思ってたら昨日、メッセージが来て」
「どんな内容だった?」
「あの、これです」
アカネは自身のスマホに、ワイアのメッセンジャーを表示させた。受信日時は昨日、つまり十二月二十二日の午後一時十五分となっている。
『アカネ、心配かけてごめん。もういろいろと無理になったから家出するよ。あの家はもう限界、もう我慢できない。遅かれ早かれ死ぬのなら、せめて自分がしたかったことをやり終えてから死にたいと思ったんだ。だから行くね。アカネと会えなくなるのは、寂しいけど。でも今まで私の親友でいてくれて、本当にありがとう。さよなら』
それ以降、アカネがどんなメッセージを送っても、チカからの既読はついていなかった。
私はそのメッセージを見て思う。これは
でも焦りは禁物だ。目の前のアカネはチカの友達。アカネが不安にならないように、言葉を慎重に選ぶ必要がある。
「これは、心配だね……」
「はい、心配です。大事な親友なんです。チカとは中学の時からの同級生で。私たち境遇が似てて……。上沢さんはチカのこと、いろいろ知ってるんですよね?」
「いろいろって?」
「両親が、離婚していることとか」
「あ、うん。調べさせてもらったから大体のことは」
「私の両親も、離婚しているんです。チカと同じ時期くらいに。だから私たちは、何でも相談しあえる存在なんです。だけど……」
アカネはまた少し俯いた。前髪が目に掛かって、その表情がよく見えなくなる。
「だけど。最近チカは、あんまり悩みを話さなくなってしまって。大丈夫? って訊いても、大丈夫だよって寂しそうに笑うだけで。全然、大丈夫そうじゃなくて」
「チカさんは、何かに悩んでいたのかな」
「チカの家は、私とは違って両親が再婚しているんです。でもチカと継母は合わなかったらしくて。父親とは元々、仲が悪くて。だからチカは、家ではいつも空気のように過ごしているって」
「空気?」
「チカは両親から虐待を受けていたみたいなんです。だから毎日、空気みたいに過ごして、自分が親から殴られないようにしてるって、前に言ってたんです」
「ご両親から、殴られていたの?」
「はい、父親も母親も。実際、アザをつくって学校に来たこともあったんです。それに両親同士も仲が悪いらしくて。いつもケンカばかりで酷い時はチカのせいにされて、両方から同時に殴られたこともあるって。それで、」
アカネは言葉を一旦止めて。そして深呼吸をした。薄く開いた目から、少し涙が零れているように見える。
「チカは最近、殴られているとも話さなくなった。でもアザは酷くなる一方で、どんどん元気がなくなっていって。チカが居なくなる前に、ぽつりと漏らしてたんです。もうあんな家からは逃げ出したいって」
「そっか……」
「チカは本当に可哀想な子なんです。親が何もしてくれないから、お昼ご飯代だってスマホ代だって、バイトで稼いだ自分のお金で賄ってた。それでも学校に行けるだけ幸せだって、笑ってた。とても強い子なんです」
「チカさんは、どこかでバイトを?」
「駅から少し離れたコーヒーショップで働いていました。学校が終わった後とか休みの日とかに。あ、これは学校には内緒にしておいて下さい。ウチの学校、バイト禁止だから」
「もちろんだよ。貴重な情報ありがとう。他に何か、チカさんに関して知ってることはあるかな。どんなことでもいいんだ。チカさんがどこに行ってしまったのか、そのヒントになるようなことは」
アカネは少し考えるような仕草をして。そう言えば、と切り出した。
「チカは昔から自分の部屋がなくて。両親が何も買ってくれないらしいから、自分の持ち物も本当に少なくて。でも最近、チカの家にたまたま寄った時に、見せてくれたものがあったんです」
「それはなに?」
「……ガラスの靴です」
「ガラスの靴? シンデレラの?」
「はい。チカは、ディスティニーアニメのキャラクタが好きで。中でもシンデレラに憧れていて。こんな辛い生活だけど、いつか王子様が迎えに来てくれるかもって、笑いながら言ってたんです。見せてくれたそれは置物なんですけど、ガラスの靴を貰ったって嬉しそうに言ってたんです」
「誰から貰ったのかな」
「チカは最後まで名前を言わなかったんですけど、問い詰めたらバイト先の男の子から貰ったって言ってました。男の子からの誕生日プレゼントなんて、本当に久しぶりだって恥ずかしそうに喜んでいました」
「彼氏さん、なのかな?」
「私もそれを聞いたんですけど、チカは『そうだったら嬉しいんだけどね』って。でもきっと、チカはその人に好意を寄せてるんだと思います」
新たな情報だ。チカには交際相手か、それに近い存在がいる。チカのバイト先だというコーヒーショップ。そこに当たる必要がありそうだ。
「……あの、上沢さん」
「うん、なにかな」
「チカを、どうか見つけてください。何があったのか、わからないけど。でもきっとチカは寂しい思いをしているんだと思います。チカは私の親友なんです。大事な存在なんです。だからどうか、どうかチカを見つけてあげて下さい。お願いします」
深く頭を下げるアカネを見て、思わず言葉が詰まってしまった。警察官は、できない約束はしない。それは相手の期待を裏切ってしまうことに繋がるからだ。
警察学校時代にも、署に配置されてからも、安易な約束はするなと上司から口酸っぱく教えられている。
全力で対象を探すことはもちろんだ。だけど約束はしない。それは組織の不文律。
それでも。それでも私は、アカネに言った。それは覚悟の表れだ。可哀想な人、困っている人を救いたい。その一心で、私は警察官になったのだから。
「……任せて。必ず見つけるよ、必ず。チカさんは、私が絶対に見つけるから」
【続】
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