20 鶸茶
藤と杏が去って、玖麦、翠、縁、砂三が無言で待つこと、十五分。戻って来たかと思えば、杏はごきげんようと言うや、砂三を連れて颯爽と居なくなり、三人の視線を集める藤の解決したの一言で、各々追求することなく連れ立って地下から出て、報告しに行かなければいけないと藤だけが去って行った。
「玖麦。すまなかった。おぬしを見間違えるとは、一生の不覚。赦してくれ」
藤と入れ替わるように地下から出て来た正義は玖麦に突進する勢いで眼前へと迫ったかと思えば、おいおいと声を上げながら滂沱の涙を流し続けた。
(いや、正義。案外間違えてるけどね)
何回目のやり取りだろう。正義はきっと忘れているんだろうけど。
玖麦は思いながらも、口にはせず、見間違えることなんてよくあるから気にしないでと言った。
「そうそう。唯一の特徴の逃げ足も平々凡々なんだから気にするなよ。じじい」
「口を閉じろ、縁。特徴がないわけではない。少しぼさついた短い髪、こんなに目も口も鼻も輪郭も丸くて小さくて愛らしく、すらりと伸びた手足に、少しやせ気味の胴体と、特徴がありまくるのが問題なのだ」
正義の熱弁に、玖麦は乾いた笑い声を出した。
「うん。正義。髪の毛の手入れくらいは頑張るよ」
「何を言うか。旅を一生懸命続けている証なのだ。そのままでいい」
「この孫莫迦め。いつまでも付き合ってられるかっての。さっさとやるぞ」
「じゃあ、翠さん」
縁の発言に、玖麦は翠に少しこの場を離れてもらおうとしたのだが、縁がそれを遮った。
「いい。こいつにも居てもらう必要がある」
「どういうこと?」
説明を求めても薄く笑うだけの縁。玖麦は正義と抱える蒼を見るも、縁と同意見なのだろう。何の反対もしなかった彼らを見て、戸惑いながらも小さく頷き、蒼を正義に預けた。
「玖麦。今から何が始まるのだ?」
縁、正義、蒼から少し離れたところでことを見守っていた翠は隣に居る玖麦へと尋ねた。玖麦は少し間を置いて口を開いたが、それよりも前に縁たちが光り出したので、見てもらって説明した方が早いと判断し、翠によく見ているように告げた。翠は深く頷き、口を閉じた。
光は最初、淡い空色の点滅を放っていたが、徐々に色も濃くなり光も強くなって、目に痛みを感じ始めた頃、落雷に似た激しい音が鳴り響くや、緑の煙が縁たちから放たれ、一気に吸い寄せられたかと思えば、その場に居るはずの縁たちの姿はなく。代わりに居たのは。
「兄上」
玖麦が探し求めていた遼雅であった。
玖麦は翠を見てこの奇々怪々な現象について説明しようとしたのだが、目を見開いたまま石化していた翠は、遼雅が動くと同時に、石化が解けたかと思えば駆け走り。
「探していたぞ。わしの花嫁!」
思い切り、遼雅を抱きしめたのであった。
「え?」
玖麦の目が点になった。
「え。え?」
「玖麦。やはりわしたちが出会ったのは運命だったのだ。まさか、わしの花嫁がそなたの兄上だったとは」
きゃっきゃきゃっきゃ。遼雅の両腕を掴んで飛び跳ねる翠の、久々に見た明るい笑顔と、彼から放出される四季折々の花々に、翠さんが喜んでいるよかったなあと、現状を遠くに感じながら素直な感想を抱いていたのだが。
「え?」
口から出るのはこの一音だけで。
「あー。玖麦。久しぶり。で。俺の嫁さんでこの国の王子様」
のそのそと片腕にしがみつく翠を連れて玖麦に近づいてきたかと思えば、人生で一番と豪語できる爆弾発言を、しかも二つも述べた遼雅に対して、二人の甲高い悲鳴が駆け走った。
「わしの正体を知っていたのか」
「翠さんが兄上のお嫁さんで兄上が翠さんのお嫁さんで国の王子様」
さあっと、血の気が引いた翠と玖麦は、仲良く同時に気絶したのであった。
「師匠」
「相変わらず覇気の顔だな」
玖麦たちが『彩環』へ行くのを『支暖』の邸で見送っていた乾。すでに連絡を取り要請していた応援部隊との合流地点へ行く為に邸を後にしてから、『彩環』の地下付近でことを見守っていたのだが、地下から出た藤からの説明により、別の出入り口から地下へと突入して、開催者である老婆とその手下を逮捕。参加者からは有り金物品を巻き上げたのであった。
老婆に模造品であるあやめ石を流入していた男性に対しては、不問という形になってしまったのは口惜しいが、事情が事情だけに致し方なかった。
自国の犯罪者は自国でしか裁けないという約定を交わしているのだから。
「そもそも互いの国に行き来できるのは、品物を運んでくる城の者か、王族くらいだからな。他国で犯罪を起こさない、勝手に行かないというのは不文律で、実際『雪綾目国』の者の犯罪など聞いたことがなかった。あやめ石の模造品問題も自国だけだったしな」
「約定刷新の時期が近付いているのかもしれませんね」
乾が玖麦を背負い、遼雅が翠を背負いながら、横に並んでゆったりと歩き出した。
「まあな。もう一つの約定なんて、秘密裏に行われていて、王族と一部の者しか知らん。意味が全くない。とは言えんか。守られていたわけだしな」
「沽券に関わる。目を光らせなければって。王族が頑張っているので効力があるとも言えますが、そもそも、いにしえの約定を変えるのが怖いんじゃないですか?祟りとかに襲われそうですし」
「否定はできん」
「ですよねえ」
ははっと小さく笑った遼雅は、乾に背負われている顔色の悪い玖麦を見て、眉尻を下げた。
「師匠が王子様はすごい敬え自分たち如きが話せる相手ではないって脅し続けた所為で、翠が王子だと知って卒倒しちゃったじゃないですか」
「懐いてもらう為に物語は有効だと思ったのと、王族に関わらせないようにする為だった。仕方ない」
乾は断言をしながらも、口を少し尖らせて、眉尻を下げた。
「だが、今の姿を見たら、少し悪かったなと思う」
「これから三人で一緒に旅をするのに、大丈夫かな」
「………おまえの情報網は本当にどうなっているんだ?」
「心強い味方がたくさん居ますから」
半眼になって見やるも、照れくさそうに笑う腑抜けた顔だけがあって。
乾は重々しい溜息を吐き出しながら、連れて行くのは確定なのかと尋ねた。
「おまえも一緒に居過ぎてたら、お嫁さんに行く日が遠ざかると悩んでいただろう」
「玖麦も俺と同じことを考えていたらしいんですけど。こうやって、お嫁さんを見つけましたし。俺の眼鏡にかなう人物か見定めるのも、兄の役目かなと思いまして」
「本音は?」
「まだ一緒に居たいです」
「………翠王子と本当に結婚する気か?」
「はい。城で遠くから見た時に、一目惚れしましたから。相思相愛なら問題ないでしょう」
「問題ありまくりだと思うが」
「王族の血縁者ならまだ居ますから、世継ぎ問題は大丈夫だと思いますよ」
「まあ、王族もおまえもどうでもいいが。旅に関しては、玖麦が自ら喜んで行くと決めない限り、私が了承しない。いいな」
「もちろんです」
目を細めた遼雅に対し、乾はこのままの速度で歩くぞと告げたのち、暫く言葉を交わすことはなかったのであった。
(2021.8.1)
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