19 渋紙

あんず様。来ちゃってたんですか?」


 しつこく貯蓄額を教えろと言う縁に教えないと言い続けていた玖麦に話しかけたのは、短髪で肉厚な上瞼、角張った顎、筋肉質な体型で身長が玖麦と同じくらいの男性だった。

 初対面、かつ、違う名前に、世界には似ている人が三人居ると言うからなと思いながら、玖麦は人違いである旨と共に名前を告げると、男性がいきなり目から大量の涙を流し出したので、一驚した。


「あの」

「ひどいじゃないっすか。他人の振りをするなんて。そりゃあ黙って来たのは謝りますけど。あなたの願いを叶える力になれればって。俺ができることなんて、たかがしれますけど。それでも、杏様の力になりたくて。これをここで売りさばいて、金を稼いでたんすよ」


 男性が見せた物に、玖麦は度肝を抜かれた。


 あやめ石だったのだ。


 贋物か本物かは判断がつかないが、この場に居る男性の発言を鑑みると、贋物か、純度の低いあやめ石の可能性が高いのではと考えた玖麦が縁を見ると、縁は目線を上げてみせたので、彼も同じ考えのようだと悟った。


(もし贋物じゃなくても)


 自分はゆいしゃなのだ。下っ端も下っ端だが、あやめ石の重要性は知っている。

 あやめ石は国によって管理される、ゆいしゃが使う希少な解毒薬なのだ。

 本物だろうが、贋物だろうが、純度の低かろうが関係ない。国を通していない時点で、犯罪だ。


(私はゆいしゃとして)


 決めたんだ。やり遂げてみせると。


(莫迦が。力みやがって)


 せっかく緩んだ糸が張り詰めてしまった玖麦の現状に呆れつつ、縁がどうするかを考えていると丁度視界の端に捉えたので、藤に向かって、人差し指でちょいちょいと男性を指さすも、それより先に藤と共に居た見知らぬ老婆が藤に話しかけるや、藤が翠と共に男性に向かって駆け走ってきたかと思えば、もう眼前に居て、藤と翠が同時に男性の肩を掴んでいたのだが。


「ごめんなさいね。私の連れなの」

「杏様」


 新たに現れた人物に、翠と玖麦は目を丸くして、藤と縁は視線を鋭くさせた。


 玖麦に似ていたのだ。まるで、双子のように。

 

 男性に杏と呼ばれた少女は、縁、翠、玖麦、と視線をゆったりと移動させて後、藤に固定させて、静かな場所で二人で話をさせてほしいと言った。それまでは、男性を預かっていていいと。藤は了承して、その場を縁に任せてから、杏と共にこの場を後にした。




「あの男のしでかしたことは承知しています。こちらで処分いたしますし、模造品のあやめ石はすべて回収しますので、ご安心ください」

「どうせ俺がどうこう言ってもしても、どろん、ですよね」

「ええ」


 先程の大広間から出て、開催者でもある、先程藤と共に居た老婆が使っている小部屋へと案内した藤は、簡素な木の椅子に座るように勧めてから、自身も杏と相対するように椅子に腰かけた。


「俺のあやめ石を盗んだ、回収したのもあなたですか?」

「私か、私の連れね」

「模造品でしたか?」

「目を養うことね」

「どこから来ましたか?」

「内緒」

「約定を破っている自覚はおありですか?」

「おおあり。でも、連れの失態を埋め合わせる必要と天秤をかけた結果、ここに来たの」

「ほかにも理由があるんじゃないですか?」


 明らかに空気が重くなったが、杏は笑みを絶やさなかった。


「さあ」

「………国王に報告はしますよ」

「仕方ないわね。秘密裏に終わらせたかったんだけど。莫迦な連れの所為で姿を見せなくちゃいけなかったし」

「嘘言わないでください。見せなくても、あなたの連れが代わりに見せればよかったでしょう。まあ。あなた以上に見せられない事情があったのかもしれませんが」


 杏はやおら瞬きをして、口元に手を添えた。


「あらやだ。怖い男」

「お褒めの言葉ありがとうございます」

「そうね。褒めておくわ。話が通じて早く終わらせられたもの」


 杏は立ち上がって、数歩歩いてすぐ辿り着く部屋の扉を開けると、早く戻りましょうと顔を向けて言うや、そのまま立ち去って行った。


「顔はそっくりだが、全然違うな。流石、」


 藤はぽつりと呟き、杏の後を追った。








「おぬし。何者だ?」


 玖麦と別れた正義は大広間を出てから、くねくねと入り組んだ道を迷わず進んで、頑丈な石の扉をいとも簡単に突進して破壊するや、長細い部屋の中へと突入し、その場に居た人物に問いかけた。

 追いかけていた玖麦そっくりの少女と共に居た男性へと。


「我に何の薬を使った?」


 玖麦には力尽きて眠っていたと言ったが、その実、この眼前の男性に吹っ掛けられた薬で強制的に眠らされていたのだ。


 そんなことはありえないはずなのに。


 眼光を鋭くさせるも、男性はまるで意に介さず、くすりと一笑した。


「そんなに怖い顔をしないでください。私たちに難なく、しつこくついて来られるおじいちゃんにも効きそうな協力眠り薬を使って、ここに休ませていただけなんですけど。莫迦な人がおじいちゃんも商品と勘違いしちゃっただけの話ですよ」

「おぬし」


 正義が距離を縮めようとした時だった。男性は片方の糸目を開かせて紅の瞳を少しだけ露にし、唇に人差し指を立てた。

 たったそれだけの動作で、危険だと察知した正義はその場に留まった。


「申し訳ありません。時間がないもので、今回はとりあえずここにある物だけの回収で撤収させてもらいます」


 足音を立てないで、出入り口の前に立つ正義に近づく男性は止まることなく、正義を横切りそのまま去って行った。


「あやつは」


 睨み続けていた正義だったが、追うことは叶わず。男性が姿を消してから、玖麦の元へと急ぎ戻ったのであった。











「この莫迦砂三さざん。手間をかけさせて」

「申し訳ありません。杏様」


 無事に男性、砂三を引き取った杏は地下から出て、入り口で待っていた連れの男性、一刃ひとえと合流するや、一気に棚泉めがけて駆け出しながら、砂三を𠮟りつけた。砂三は小さな身体をさらに縮こませた。


「もう二度とこんな莫迦なことはしないと誓いなさい」

「俺は。この莫迦な国を赦せません」

「で。模造品のあやめ石を回して、毒消しをさせないようにして、国を亡ぼす傍ら、お金だけがっぽり稼ごうとしたの?随分息が長い計画ね」

「今度は短期間の計画を考えます」

「考えるのは私がするから。今後、私の許可なくこっちに来たら、もう赦さない。いいわね」


 一気に空気が凍りついたように感じた砂三は、大きく首を縦に振った。ならいいわ。杏は優しく言うと、横に並ぶ一刃に視線を向けた。


「一刃。久々に王子様を見た感想は?」

「変わっていませんでした。杏様はいかがでしたか?王子様と玖麦様に直に会って」

「そうね。振ったらカラコロ中身の少ない音を奏でそう」

「手厳しいですね」

「あら。少ない方が音色はいいわよ。でもまあ、今の。しかも言葉を交わしてない感想だもの。ゆっくり話す機会があれば。また違うかもよ」


 杏はくすくすと、とても楽しそうに笑った。












(2021.8.1)





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