13 紅緋




「玖麦!我だ!我!正義!まーさーよーしーだ!」

「………」

「何故何も言わん!」

「………」

「いつも置いて行ってばかりだから怒っているのか!そうだな怒らせてばかりだ!悲しませてばかりだ!すまん!土下座で謝る!謝ったところで、我たちの言動は改められはしないがそれでも、赦してほしい!」

「………」

「く~む~ぎ~」

「………ねえ、本当に老人?老人顔の若者か、狐か狸が化けてるんじゃない?私たちについてきてるんだけど」



 ビュンビュンビュンビュン。風を切る音が、響きが、確かな痛みを伴って身体を通り過ぎる中、距離を詰められこそしないが、離すことさえできない現状に、正義に追われている少女は首を傾げ、ついてきている連れの男性に話しかけた。



「…判別できませんが。どうします?泣いちゃってますし、一度止まって人違いだと説明しますか?」



 いいえ。少女は断固として拒否を示した。



「私の勘が告げているわ。あの男に関わったら面倒なことになるってね」

「そうですね。万が一、城の者に見つかりでもしたら大事になりますし。とは言っても、もう、大事になっていますけど」

「大丈夫よ。さっさとあの男を捕まえればいいんだし」

「あの男だけに集中していればよかったんですよ。模造品まで回収しようとなさるから、こんな目に遭っていることを、重々お忘れなきように」

「偶々目に入っちゃったんだからしょうがないでしょう。まさか放置するわけにもいかないし」

「兎に角。もう時間があまりないことも、きちんと頭に刻んでおいてください」

「はいはい。閉じちゃう前にね」

「時間が来たら、問答無用で連れ帰りますから」

「はいはい」

「はいは一回」

「はい」



 頬を膨らませた少女は、しかし瞬時に気持ちを入れ替え、今この刻だけ、捕まえるべき男を思考から遮断して、玖麦という少女に思いを馳せた。



(……私に似ている子。名前は、玖麦、ねえ)



 見間違いの可能性も無論否定できないが、もし本当に、自分に似ているとしたら。



 証拠の一つになり得る。



(会ってみたいけど、まあ、無理よね。時間がないわけだし。名前が知れただけでも)



 少女は年に似つかわしくない、妖艶な笑みを浮かべて、引き離すわよと告げた。











 飛鏡と桂林の境目にあり、雪綾目国との貿易港の一つである『支暖しのん』。

 東を向けば森林が、西を向けば棚泉が、南を向けば海が、北を向けば銀兎まで続く川が見えるこの場所が、あやめ石を盗んだ犯人が向かった候補地であった。




『盗人の仲間にゆいしゃが居るかもしれない』



 ここに来る道すがら、藤は推測を話していた。

 理由は、金儲け一択と考えている。

 ただし、誰が関わっているのか、また、手段に関しては、いくつか可能性がある。



 一、ゆいしゃが独自に行っている。

 二、ゆいしゃ。泉膜を自由自在に操れる何者か。両者が手を組んでいる。

 三、ゆいしゃ以外の水桜国の者が行っている。

 四、ゆいしゃ以外の水桜国の者。泉膜を自由自在に操れる何者か。両者が手を組んでいる。

 五、雪綾目国の者が行っている。

 二と四の場合、泉膜を自由自在に操れる何者かとは誰か。水桜国の者か、もしくは、雪綾目国の者か。



 本物だけを横流ししているのか。模造品と混ぜて横流ししているのか。

 模造品とは、全くの贋物か、それとも、純度を下げた物なのか。




「……あの、どう考えても、特殊任務請負方だけが扱う事件ではないですか?」



 だけ、を強調した玖麦。顔は青ざめていた。



 ただの盗人捕縛の協力のはずが、どうやらそうではないらしい。範囲が深く、広すぎる。これは国家に関わる専門職の仕事だ。しかも他国も絡んでいる可能性有。自分たちが関わるものではない。



 辞退。一言浮かんだ思考は、霧消するも、新たな疑問が浮かび上がる。



(ゆいしゃの私はともかく、どう考えても、ゆいしゃじゃない翠さんが関わるのは。いやでも、泉膜を通れるから……それだけ?)



 突拍子もない思い付きは、けれど、焼き付いて、消えてはくれない。



(……国家の事件…なら、王族が出て来ても、おかしくは、ない、)



 かつて、この国を興し、今は表立っては姿を見せないと流布される、鬼、を、翠が名乗る理由。

 王族に憧れているからか。王族だからか。



(隠したいはずなのに、わざわざ名乗るってことは、前者の可能性が高い、のに、)



 城があるから銀兎に行きたくないのではないか。王族だとばれる可能性があるから。お忍びで外に出ていて、城に連れ戻されるかもしれないから。



(食い逃げ、じゃ、なくて、)



 その可能性を完全に打ち消すには、知らなさ過ぎていた。



(もし、翠さん、が、王族、だった、ら、)




「玖麦っ。どうした!?」


 翠は泡を食った。玖麦の顔色が紙のように真っ白になっていたのだ。

 藤の推測を聴いて、そんなに大事だったのかと自分も驚いたが、玖麦はそれ以上だったはずだと考えると、もう少し詳しく話を聴かなかったのが悔やまれた、が。

 関わらなければよかったとは、到底、思えなかった。



 無論、金稼ぎの為でもあるが、


 国の為に。何か自分にもできることがあるかもしれない現状に、胸が熱くならないかといえば。

 嘘になる。



(しかし、玖麦を巻き込むのは、)



 目を離さないとの誓い。乾に言われるまでもなく、断固としてそうするつもりだったが、今は。



「玖麦」



 真剣な顔。初めて見る。思わず、竦んでしまうほど。


 退きたい。発生する警鐘とは裏腹に、


 どうしてか、離してはいけないと、強く思ってしまった。

 そう、気づいたのは、翠の裾を掴んでいる自分の手を認知した時。

 裾にできる深い皺と、見開く目を間近に見据えて、腹をくくる。



(…違う可能性もある。もし、王族でも、今は、期限内は、翠さんは、王族じゃない)



 追わなければ、知らなければ、痛い目を見るかもしれない。それでも、

 考えまいと決めたならば、蓋を閉め続けよう。

 近づけないように、線を引き続けよう。



(認めてしまえば、旅は続けられなくなる)



 望んでいない。今は、



「藤さん。ゆいしゃとは言え、こんな大事に巻き込んだんです。報奨金は期待できますよね?」



 藤は目を丸くしてのち、一笑を噴き出した。



「どうせ金が行くとこは同じだ。そこは無償でやってもいいと答えるべきじゃないか?」

「心持ちが違います」

「わかった。きちんと成果を出したらな」

「お願いします…翠さん」

「う、うむ」



 掴んですみませんでした。謝って手を放し、裾の皺を伸ばしてから、玖麦は言葉を紡ぐ。

 先程の顔はどこへ消えた。指摘したくなるくらいに、挙動不審な翠に向かって、挑むような笑みで以て。



「さっさと片付けて花嫁さん探しを続けますよ」



 ぞわぞわぞわ。この刻、どうしてか、鳥肌が立った。

 じわりじわり。胸の内から、じれったいくらい時間をかけて、熱が、名の知れない感情が、全身に巡りゆく。



「玖麦。すまない」

「謝られたくらいじゃ、赦しませんよ」

「え?あ。う、」



 思ってもみない返しに、慌てふためくも。感じる柔らかい気配に、励まされるように、考えを口にする。



「花嫁を絶対に見つけるから」



 赦してほしい。



 拳を作り、勢い込んでそう告げれば、返ってきたのは、晴れ晴れとした笑顔だった。











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