12 涅




 藤殿の同行を許してくれ。

 盗まれてしまった大切な物を取り戻すのに助力したいのだ。

 どうしても、わしたちの手で取り戻したいのだ。




 藤と互いに名前とゆいしゃであると挨拶し合ってから、翠に鬼気迫る勢いで詰め寄られても、玖麦は、はいわかりましたと素直に応じはしなかった。するつもりも毛頭なかった。


 盗品であれば、警官に任せればいい。

 優先かつ、実行すべきは花嫁探し、他人の探し物捜索まで請け負う時間はない。

 もっともなことを言われて怯む翠、ではなかった。


 盗品を取り戻すのに協力してくれた暁には、報奨金を出すと言われているのだ。

 金稼ぎができる貴重な機会。引く気はさらさらなかった。



「………」



 後方でやり取りを黙視している藤に視線を向けてから、玖麦は彼と二人で話したいので翠には耳を塞いで、目も瞑って、視界の端に入る程度の距離まで離れてほしいと頼んだ。

 翠は口を尖らせた。



「玖麦が断っても、すでに約は交わしている」

「約は破棄できるものなんですよ」



 早く行ってください。素っ気なく言えば、いけずと返された。

 希望通りの位置に辿り着いた翠を確認してから、近寄った藤に疑問を投げかけた。



 あなたは城の特殊任務請負方ですか、と。



 ゆいしゃの中でも、わかる者にしか通じないその職種。

 とぼけるかどうするか。藤は怪しく笑った。



「…そう思うか?」



 問わないのならば知っているのだ。時間を引き延ばして何になる。玖麦は少しだけ苛立ちながら肯否を告げず、案内所で見せられたあやめ色で網目模様のある花の石を口にした。


 最初に目にした時は気にも留めなかったが、あれは里で見たことがある稀少なものに似ていた。

 特定のゆいしゃには必要不可欠と言っても過言ではない、けれど手にするのは難しい高価な薬。



「あれが本物だったら、城の特殊任務請負方である可能性が五分五分。贋物だったら、やはり、五分五分と言っておきます。本職でも見間違うこともあるでしょうから」

「特殊任務請負方じゃなかったとしたら?」

「盗人か、詐欺者ですね」



 ふっと。藤は息を密やかに押し出すように笑った。



「盗人と特殊任務請負方。半々だと言っておこうか」

「……どちらでも手伝ってくれる同業の方は居ますよね。彼を巻き込まないでください。彼はお花嫁さん探しで手一杯なんです」

「追究なしか?」

「しません。面倒事に巻き込まれるのはごめんですね」

「兄さんとは温度が違うな」

「……私たちを巻き込まなければいけない事情があるのですか?」



 手放す気はないらしい態度に少しだけ追究する。事情など、なければいい。憶測を口にしながら願ったが、無駄だったようだ。ある。藤は断言した。



「一つ。盗人は泉賊である可能性が高い。二つ。眉毛と口髭が白でえらい長いじいさんがな。我は正義まさよしだ。正義だ。玖麦。何故逃げるって。おまえの名前を声を張り上げて呼びながら盗人を追っかけて行った」



 玖麦は肩を落とした。人違いではないようだ。探し人である。


(でもなんで私の名前を?)



 高齢だし見間違えたのだろうか。可能性は大である。



(でも悲しいな。盗みを働くと思われていたなんて。まあ、ほかの理由で追いかけていたのかもしれないし……正義は気になるけど大丈夫。一か月は花嫁さん探しを優先するって決めたし。関われば、翠さんに深く踏み込むことになるかもしれないし)



 深く踏み入りたくは、なかった。



「知人みたいですが、あとでどうにもなるので大丈夫です。あと、泉賊だとして、翠さんが棚泉の中に入れたと言っても、偶然ですよね。当てにしない方がいいのではないですか?」

「答えてなかったな。あれは本物だ。ゆいしゃのおまえなら、あれの価値は知っているだろう。それを見過ごす?ゆいしゃとしてあり得ない行動だな」



 切り込むような声音だからではない。重要なのは内容だった。動じてもよかった。動じて当然の言葉だった。



 ゆいしゃならば、


 

 遼雅の顔が玖麦の脳裏にちらついた。



「……適材適所という言葉があります。私は役に立つとは思えない。翠さんはともかく、」



 知っている身体能力と、知らない事情。

 もしかしたら、この人は知っているのかもしれない。ふと、思った。

 知っているから、協力を求めているのかもしれない。

 一方的に知っているだけかもしれない。承知の上なのかもしれない。



 訊けば早い。だが、訊きたくない。踏み込みたくない。期間限定の関係なのだ。大体が、言わないだろう、訊かないだろう、お互いに。それが有難かった。少なくとも自分は、



(面倒なことには、関わりたくない、のに)



「それに、兄さんはおまえと一緒に行動すると言う」



 別行動も許さない。藤は言う。どちらともに追う理由はあると突きつける。

 詰んだ。玖麦は観念した。手を柔く握り、気分転換を図って、心を固める。



(ゆいしゃとして)



 ゆいしゃを口にしたのならば、当然、尋ねる事項が一つある。

 盗人と特殊任務請負方の半々と言ってのけたのだ。恐らく、否は言わないだろう。



「雪綾目国のあやめ石を道に沿って使うと誓って言えますか?」






 あやめ色で網目模様のある花の石、通称、あやめ石。海を挟んだ隣国の『雪綾目ゆきあやめ国』でしか生成できないものであり、どうやっても『水桜国』では生成不可能な薬は、雪綾目国が稀少を謳う輸入品ということもあって、高価な値で売買されている。


 ゆいしゃの、或る条件下での解毒に使用されるのだが、隣国限定、しかも稀少と名のつくものには尾ひれが付きまとう。


 曰く、すべての病を治す。曰く、幸福をもたらす。曰く、縁結びの効果がある。上げればきっとキリがないだろう。加えて、加工もできるとあって、装飾品としても好まれていたので、解毒効果を知らないゆいしゃ以外の人間も、売買の制限もなく自由に手にすることができていた。



 過去の話。ゆいしゃの解毒薬に重きが置かれている今では、国が独占。



 その取引運搬を一手に引き受けるのが、特殊任務請負方。城に籍を置くゆいしゃである。


 自国での解毒方法は確立している上にこのあやめ石があれば解毒できるので研究は必要ないと判断している城方(主に国庫の財布を握る財政課)と、解毒方法はまだまだ研究の余地がある上に、或る条件下でしか解毒に使わないので研究は必要、自力で集められる金にも限度がある、金を寄こせと訴える城に籍を置かないゆいしゃは対立しており、特殊任務請負方は城方に理解を求めるべく奔走しているとかしていないとか。



 ただ、国が独占するようになったとは言え、その存在が忘却されたかと言えばそうでもなく、世間一般的に広く国中に知れ渡っていた。



 手にした者は何でも願いが叶えられる伝説的存在としてだったり、高まってしまった稀少性故に独占欲を刺激する現実的な存在としてだったり、あやめ石を解毒以外の目的で狙う者は、そう少なくなかった。


 現実に解毒として使うゆいしゃにとっては、至極迷惑な話であった。






 玖麦が注視する中、藤は片手を上げて口を開いた。


「道に沿って使うと誓って言う」


 玖麦は少しばかり意気消沈した。



(…特殊任務請負方ですかと尋ねた時点で、足を突っ込んだも同然だったのに。集中できていなかった、)



「……無駄な時間を使わせてしまって申し訳ありません」

「……あー、いや。盗まれた俺が悪いんだし」



(意地悪をし過ぎたか)



 どうやらなかなかに落ち込んでいる様子の玖麦に、藤は少々ばつの悪い思いを抱きながら、気にするなと口にして、次には、向かった場所候補はここだと告げた。

 翠は話が終わるのをまだ、おとなしく待っていたのであった。












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