8 緑青








 ちゃぷん、ちゃぷん。ざぷん、ざぷん。ざぶん、ざぶん。

 月、太陽、風、プレート、火山など、様々な要因で波は生まれる。

 月と太陽によって地球の外側が引っ張られて、遠ざけられて。風が海を動かして。プレートの移動や火山爆発によって、内部から地球を動かし、波が生まれる。



 耳に届く、壮音な波。

 耳に届かぬ、微音の波。



 天空から落ちる水滴。何百、何千、何億、何兆。限りはある。

 水滴が集まりし水面みなも。水滴が落ちて、小さなちいさな産声が、耳に届かぬ波が生まれる。

 水面が拡大して誕生する海原わたのはら。月や太陽、風、プレート、火山などに動かされて、産声が大きくなり、単音を発し、単語を口にし、意思疎通ができるようになり、流暢に話せるようになる。



 天空から海は誕生した。



 しかし、水滴からかどうかはわからない。

 水をたっぷり含んだ隕石や氷の隕石が衝突して瞬時に海が誕生したのかもしれない。



 そもそも、他の要因がなければ、水は生まれなかったのか。

 元々あったと何故考えないのか。その証拠が見つからない?見つからないだけ。

 何故誕生を気にするのか。目の前にある。終了。で、いいではないか。






 真面目に教えてくれていたと思ったら、結局、見て、感動。はい終了で締めくくる。

 いいんじゃないか。彼は云う。

 いいだろ、何でもかんでも考えたら頭が爆発する。たまにゃあ、何も考えずにぼーっとしてろよ。頭空っぽ。できない?なら、頭が空っぽになるまで、身体を動かそう。鬼ごっこするぞ。捕まったら。そうだな。手料理を作ってもらおうかな。嫌だって即答すんな。




 玖麦と、彼に名前を呼ばれる事が一番幸福だった。

 比べてしまうけれど。師匠からも、仲間からも、名を呼ばれて幸福に感じていた。

 名前を呼ばれて苦痛を感じる日が来るなんて、思いもしなかった。



『玖麦』

『私が!』


 

 玖麦と、名を呼ばれることに苦痛なんて、感じたくなかった。

 名を与えられて、一人の人間と認識されて、怖くて、煩わしくて、嫌で仕方なかったのに。

 嬉しいと、胸がくすぐられるような感触を覚えたその日に、とても、とても大切にしようと決めていたのに。




 名を呼ばれたくなかった。

 名の次に紡がれる言葉を聞きたくなかった。

 私が呼ばれないと知っていたから先手を打った。

 嫌だと叫んだ。

 離れたくないとせがんだ。

 だから、あの人は折れたのだ。折れてくれたのだ。



『そうだな。玖麦に頼もうかな』



 あの刻の顔が灼きついて離れない。

 海原に身を沈めたとしても、決して消えはしないだろう。

 永遠に消えはしないだろう。








 兄上と呼んでいた人と離れると師匠に告げた時。


 感情が強く揺さぶられると思っていた。



 それこそ無数の矢に貫かれるみたいに、

 それこそ一陣の風に晒されるみたいに、



 後悔はなかった。清々しくもなかった。悲しくもなかった。

 何もなかった。




 何もなかったのだ、






『花嫁とそなたとわしで国中を旅できればいいのにのう』


 拾い上げた希望に、即座にそれはないと内心で拒否をした。


 けれど、


 応援はしたくなった。

 花嫁さんとその願いを、もしくは、花嫁さんと新たな希望を作って叶えられればいいと思ったのだ。

 だから、微力ながら助力しますよ。






「玖麦。見てみよ。なんと可愛らしい植物であろうか」

「……いちいち立ち止まらないでください」


 花嫁捜索は忘却の彼方に消え去ったのではないかと疑うくらいに、のんびりと旅を楽しんでいる翠に対して、応援したいという気持ちを抱いたのは間違いだったのではと、少しだけ、否、大いに後悔する玖麦であった。











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