6 ひわ
時間制限内に戻るか、時間外にはなるが毒の採取をすべて終えるまで戻らないか。
どうしても。
どうしても見つからない毒、二種類。
制限時間残り、五分。
もう一度手渡された紙の内容を確認。少し読みづらい文字を確認。
毒の種類、計三十一。採取した印をつけている毒、二十九。
二種類足りない。足りないよ二種類。
おおよその生物に内在しているが許容範囲を超えない毒を未毒と言う。
おおよその生物には、生物ごとに種類の違いはあれど、十か、十に満たない数が内在している未毒。は、採取はしてはいけない。
毒しか採取してはいけない。
眼前に採取できない未毒があろうと採取してはいけない。
(よし)
戻る戻らない、もどるもどらない、モドルモドラナイ。
逃げる。
閃いた救済策は、けれど、翠の顔を思い浮かべた時点で、彼方へと飛び散る。
(よし)
三分あれば休憩所に戻れる、と、計算した玖麦。血眼になって毒を探した。
探した。探し続けた。探し続けている。
それはもうすべての神経を開放して。毒以外目に入れないくらいに集中して。その過程で酸素が足りなくなって頭が痛くなるくらいに。
探した。探し続けた。探し続けている。
(よし)
結果を前に爽やかに微笑んだあと、休憩所へと急ぎ駆け走り出したのであった。
申し訳ございませんでした。
休憩所の扉を開けてすぐにでも土下座したかったが、入り口付近を塞がれては邪魔になるとの理性をかろうじて持ち合わせていた玖麦。師匠の下まで駆け走ってから、師匠の眼前で為そうとする寸前のことであった。
連れて帰る。
一言。恐れていた一言が、玖麦の耳に入ってきた。瞬間。
絶望の色に染まってしまった。
師匠の言に逆らえない。
ゆえにまずは。
大きく口を開いたのは謝罪の為。
「もしくは、私がついていきたいのだがな。せめて、
乾は土下座しようとしていた玖麦の腕を掴んで、動きを制止させたのち、強引に立たせた。
目を合わせた。
「玖麦」
小刻みに瞳が揺れているのは、恐怖一択ではない。
過労も含まれている。
(どれだけ、)
乾は思い切り溜息を吐いたのち、こつんと柔く拳を玖麦の額に当てた。
「莫迦者。就寝時は必ず休憩所で取れ。まかり間違っても、私と遼雅以外の者と、まして、二人きりで、人気のない場所で寝るな。今後、もし違えたら、即刻強制送還だ」
「あ、その」
玖麦の瞳が大きく揺れて、翠を捉えてのち、即座に乾へと座を戻す。
きゅっと。唇を固く結んでから、小さく口を開いた。
「寝ていないので、大丈夫、です」
半ば予想していた答え。
乾は額に当てていた拳を解いてから玖麦の後頭部に回して、そのまま前へと押し出し、自身の肩に額を押し当てた。
「起きるまで一緒に居てやるから寝ろ」
酩酊するとは今の状態を指すのだろうか。
懐かしい、体温と匂いと、力強さに。
一気に疲労を自覚して、くらくらする心身は心地よさに、休息を取り始めた。
申し訳ございませんでした。
謝罪は忘れず口にしてから。
『玖麦は恐らく、寝ていないでしょう。いえ。あなたと出会ってからの話ではありません。里を出てから、ほとんど。心を眠らせることはなかった。探し人たちと一緒に居る以外の時間は。常に気を張らせていたはず。休ませてはいた。ただ』
およそ、四年間。
安らげなかったはず。
乾に指摘されて、まず疑問に思ったのは、怒りを覚えたのは、玖麦の捜し人たち。
どうして常に傍に居てやらない。
どうして離れようとする。
どうして離れさせようとしない。どうして完全に諦めさせない。
切り捨てない。
『おまえはこれから、』
瞬間、引きずり込まれるは、過去の一場面。
絶望の一端。
しかし、過去は過去。
頭を振り、一掃する。
己と玖麦の境遇を比べてどうなる?
翠は玖麦を抱える乾に、交代を申し出ようと足を踏み出したが、開いた口はあえなく閉じた。
強く、ではなく、柔く。
玖麦を抱える乾の雰囲気が、あまりにも、優しかったから。
慈愛に満ちていたから。
相反して。
誰が譲るものかと、殺気が満ち溢れていたから。
(こんなにも溺愛しているのに、よく、自身の傍から離れることを許可できたものだ)
玖麦を里から出した時など、血の涙さえ流していそうだ。
想像して、思わず吹き出す。
苦手な気持ちは拭えないが、和らいだ気はした。
和やかな時間だった。
数秒後には一切合切消え去ったが。
「翠様」
「は、はい!」
おどろおどろしい声音に、背筋が限界まで伸びて、嫌な音を立てるも構わずその姿勢を維持。
「玖麦が起きるまで、いっぱい、あなたには約束事を交わしてもらいますよ。いいですね」
「はい!」
玖麦が起きるまで時間がかかるから覚悟を決めよう。
(なに。どれだけの日が過ぎようと、大したことはない)
翠は背を向けて歩き出す乾の後を、静かに追ったのであった。
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