3 似紫

「あらら。物思いに耽っちゃっているかね」



 廊下の壁に貼りついてしまっている扉を小さく叩いてから、怜条は中央の卓の上に置いてある桔梗まで歩み寄り、その傍の椅子に腰を下ろす縁を一瞥しては、桔梗を撫でた。

 玖麦に看てもらう前は全体の色素は微かに灰色がかっていたが、今は名の通りの色も、否、色だけではなく、張りと艶やかな感触も戻っていた。



「あたしらには灰色にしか見えないけど、あの子らには違う色に見えるんだってね」



 灰色がかっているのは、毒を持っている証拠。灰色の濃淡は、乃ち毒の強弱を示す。

 ゆいしゃ以外は毒を灰色一色にしか視認できないが、ゆいしゃは違う色、それこそ千差万別に見えているらしい。



ひさに任せるんじゃなかったか?」

「そう思ってたんだけどね。ちょいと心変わりをしたんだよ」



 怜条は机の中に納まる椅子の背を掴んでは向きを変えて腰を下ろし、縁に向かい合って横顔を直視した。



「あの子があんたの探し人なんだろ」

「………」

「不貞腐れるんじゃないよ。あんたの頭なんだからそれぐらいはわかるさ」



 縁は怜条を一瞥してはすぐに桔梗に視線を戻した。怜条は顎に手を添えて目を細めた。



「あんたのことをお願いしますってさ」



 実際は微動だにしてもいないが、片眉が飛び跳ねているのが丸分かりだった。



「だいぶ拗らせているね」

「……あいつを見ていると、無性に苛々する」

「自分は見ているのにあの子は見てくれないって拗ねているのかい?」



 無表情に徹しようと思っていた縁だったが、つい眉根を寄せてしまった。

 拾われた時から、いつまで経っても頭が上がらない存在。千里眼でも持っているんじゃないかと半ば本気で疑うくらいに、何でもかんでも見通している。不思議と疑心や恐怖は抱かない。守られているという実感。面白くなく感じることも、まあ、時々。



「見たくなかろうが、見ざるを得ないからな」

「ふぅん」

「またここに来るさ。今度はじじいと兎を連れてな」

「情けない顔をしているね」



 怜条は小さく笑った。莫迦にしているわけではない。ただ、可愛いなと思っただけだ。可愛くて、美しいと思っただけ。


 縁はどうして自分を拾ったのか未だに疑問に思っているようだが、拾った時に告げた言葉が変わりようのない真実である。

 美しかったから。ただそれだけ。

 霞んで見える玖麦や翠は美しいと感じず、磨く気さえさらさら起きないので早々に追い出したわけだが。



(さぁて。どうなるかね)



 見込みがないわけではないのだ。身近に置いておく楽しみもあれば、気長に遠くから観察しては楽しむ対象もあっていいだろう。




 自分は。




「偶には迎えに行ってやんな。どうせ待っているだけだろ、いつも」




『見つけた!』




 刹那、安堵故の笑顔を浮かべる玖麦が脳裏に過る。

 自分に、自分たちに向けられているのではないとわかっている。


 あいつにだけ、


 わかっている。わかっているのに、

 楽しんでいただけだったのに、いつからこんなにもの感情を抱くようになった。



「……動くのたりーからやだね」



 まだ強情を張る縁の発言に、怜条は思わず吹き出してしまった。











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