通りゃんせ

みよしじゅんいち

通りゃんせ

はい。坂本です


もしもし。直美です。結婚式の事なんだけど、いま、大丈夫?


もちろん。――さっき仕事終わったとこ


すごい風の音。木枯らしかな


――うん、銀杏の葉が舞ってる。コート着てくるんだった


急に寒くなったもんね。進一、風邪ひかないように気を付けてね


ありがと。直美のお陰で心はホカホカです


ふふ。よかった。で、ね。式場なんだけど、いいとこ見つけたんだ


お。探してくれてたんだ


五木神社なんだけど、知ってる?


――というと、神前式?


あれ。進一、私の白無垢を見たくないの?


ごめん。できたら、教会の方が


えー


着物、苦手なんだ


問題そこなんだ。また、どうして?


そのね、話せば長いけど、むかし見た怖い夢があって


夢?


うん。子供の頃よく見た夢。赤い着物を着たおかっぱ頭の女の子が出てくるんだけど、その子に会うといつも金縛りにあって、口がきけなくなってたんだよね


あはは。赤い着物でおかっぱ頭って。怪談としてはベタ過ぎない?


笑わないでよ。本当なんだから


ごめん


その子が現れると、空気が凍るような嫌な感じがするんだ。かくれんぼしたり、一緒に手毬で遊んだりとかするんだけど、緊張で息が詰まって声が出ない。飴を貰ってもお礼が言えない


ほほう。何かありそうだね。深層心理的な何かが


自分なりに考えてみたんだけどさ、猫が関係してるんじゃないかと思って


猫?


そう、猫。五歳頃だったと思うんだけど、近所の子たちと野良猫をからかってたんだよね。脚の悪い白猫。捕まえて変なもの食べさせようとしたり、石とか投げてた奴もいたかな。いじめだよね。それでその猫、逃げ出しちゃって


そうか。猫好きの私としては胸が痛むな


で、何日かしてうちのそばで見つけたんだ。追いかけたら、家の床下に入り込んじゃって。呼んでも出てこないの


猫はなかなか懐かないからね


嫌われてたと思う。寝るときとかときどき床下から鳴き声が聞こえてたりしたけど、その内聞こえなくなったんだ。それからまたしばらくして――


どうなったの?


夢を見るようになったんだよね。あの、例の着物の女の子の


ほうほう


で、基本、会うと喋れなくなる。そういえば、うちの実家、建て替える前は縁側に板張りの廊下があったんだけど


ふむ


夢であの子が手毬を置いたのこの辺りだったかなと思って、廊下の床板を調べてみたんだよね。ちょうどそこに節穴が開いてた。何気なく覗いてみたら、そこにね、あれがあったんだよ


――何が?


猫のミイラ


やだ。死んじゃってたの?


うん。廊下の床下ってさ、木の棒がたくさん仕舞ってあったんだけど、その棒の隙間に足が挟まって抜けなくなったみたいだった


悲しいね


可哀そうだからお墓を作ってやりたいって父さんに言ったんだけど、結局、家を建て替えるときのどさくさで、どこかに消えちゃったんだ。ずっとそれが心に引っかかってて。その頃には例の夢は見なくなってたんだけど


なるほどね。それが着物が苦手な理由?


うん。いまでも着物見ると、ヒヤッとする


でも、猫は嫌いじゃなかったよね


平気


変ねえ。それで、私の白無垢はお預け? 憧れだったんだけどなあ


いや、あの、まあ、大丈夫。我慢できる、と思います


我慢?


いや、ぜひ、見たいです。五木神社でお願いします


よし、五木神社で決まり。あとさ、披露宴のフォトムービーなんだけど、お願いしてた写真、送って貰えないかな。友達が早めに作業したいんだって


写真ね。こないだ実家からアルバム送って貰ってデータにしてあるから、すぐ送れると思う。ちょっと待ってて。ちょうどいま部屋の鍵、開けてるところ


おお。ナイスタイミング


まずは暖房、暖房


ふふ。ごゆっくり


ええと。これでよし、と。いま送信しました


早! どれどれ――おお、いっぱいあるね。ありがとう


ふふ。がんばりました


進一、子供の頃からイケメンだったんだなあ


ありがとう。直美のもこんど見せてね


うん。あとで送る――あれ。この写真


どれ


着物のやつ。これ、七五三かなあ


ああ。覚えてないけど、お祭りかなと思ってた


そっか。進一、自分が着物着るのは平気なんだ


まあね。写真映りいいでしょ


その、七五三と言えばね、ちょっと悲しい記憶があって


え、こんどはそっち?


あ、聞いてもらえますか


あ、はい。お願いします


あのね、うち四つ下に妹がいたんだよね。千秋っていうんだけど


そうなの。初耳


うん。それがね、七五三のときに神隠しに遭って――



そのまま帰って来なかったの


ええっ


七五三 行きはよいよい 帰りは怖い――って言うじゃない?


いや、そんな交通標語みたいな感じで言われても


みんな必死で探したんだけど、どこにもいなくて。なんでしっかり見てなかったんだって叱られた。父さんは私を殴るし、母さんはずっと泣いてるし、最悪だった


そんなことが


私まだ七歳だったんだよ。おでこの傷そのときのなんだ。ひどい父親だよね。


そうだったんだ。かわいそう


神様も千秋のこと可愛くてしかたなかったんだろうな。私、千秋の分まで幸せになるね


うん。幸せになろう。おれ、がんばる


結婚式さ、本当は千秋にも来て欲しいなって思って。神前式なら、私の幸せが千秋にも届くんじゃないかと思って、だから


それは失礼しました


分かればよろしい。あ、じゃあ、私の写真も送るね


ありがとう


はい。送りました


おお、かわいい写真だらけ。宝物にします!


ふふ。よきにはからいたまえ


あれ。この写真


どれどれ


あの、これ細川天神だよね


あーと。あ、それか。そう。そこ、千秋がいなくなった神社。でも、変だなあ。さすがにそれは抜いておいたつもりだったんだけど


うちの実家の裏の天神様だよ。直美の実家からは離れてるよね?


うん。お婆ちゃんに着付けして貰ったから。ほら北島呉服店の


そっか。おれ、直美の2コ下だから、同じときにお参りしてたのかも。この千歳飴持ってるのが直美?


ううん。そっちじゃなくて、その石灯籠によじ登ってる方


ふふ。お転婆だったんだね。あれっ。この着物って――。ねえ、他の写真残ってない?


あー。うん、まあ、あるけど。千秋がいなくなった日の写真だからなあ。何か変なもの映ってないか心配。本当に見る?


見る。送って


どちらにしようかな、天神様の言う通り、怖いながらも通りゃんせ通りゃんせ。——はい。送った


あ、ああ……


どうしたの?


あのさ、


うん?


この子だよ、夢に出てきたのって


えっ


ほら、おかっぱで、赤い着物――


本当だ


これ、直美?


うん、そうだけど


どういうことだろう?


――あのさ、さっきの話でちょっと気になったこと聞いていい?


何?


その、小さい頃、いじめてたのって、本当に猫だった?


……


何だか変だなあと思って。進一が猫を平気なところとか。私が夢に出てたこととか


――待って。なんだろう。何か変


ほら、小さい頃の嫌な記憶って都合よく書き換えてしまうことがあるって言うじゃない。私の妹ね。本当は何日か経って神輿蔵みこしぐらで見つかったんだって


……


かくれんぼしてたのかな。倒れたお神輿につぶされてしまってたんだって


……直美?


いい気味だなって思っちゃった。ううん。私は悪くないんだよ。父さんと母さんが悪いんだ。千秋ばっかり可愛がるから


ごめん。息が、――息が苦しい


即死じゃなかったみたい。もしかしたら助けを呼んでたんじゃないかな


声が――出ないんだ。変なんだ。待って……


あ、でも、無理に本当のこと思い出さない方がいいのかも。進一の言う通り、助けを求めてたのはきっと、千秋じゃなくて猫だったんだよ


……


心配しないで。大丈夫。私、誰にも言ったりしないよ。幸せになろうね、進一

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